「先輩、大丈夫ですか?」
オフィスフロアのパソコンの前、カタカタとキーボードが鳴り響く。眼鏡をかけて夢中になっていた。後ろから声をかけてきたのは後輩の
「うん、ありがとう」
「あまり一生懸命になると体に毒ですよ。ゆっくり行きましょう」
「まさか、青山くんに言われると思わなかったわ……そんな優しい言葉、かけられたのはいつぶりかな」
「……先輩。僕は、仕事が増えるのが嫌なだけですよ」
「な、何をぉ~」
舌をペロッと出して自分のデスクに戻っていく。優しい言葉でほろりと涙するくらい嬉しかった。家に帰ってもわがまま息子の相手にいじわるな夫の対応に追われて、優しさに欠ける家族。後輩みたいに優しくしてくれる人が夫だったと考えてしまう。紙コップに入ったホットコーヒーにシュガースティックとフレッシュミルクを注いだ。左脇からマドラーを差し出された。
「あ、ありがとう」
「いーえ。どういたしまして」
ニカッと微笑む青山にドキッとする私だ。シャキッとしなきゃとため息をついた。自分の頬をパチンとたたく。
「ダメだ、ダメだ。しっかりしないと!」
―――数時間後、あまりにものんびりな動きのため残業確定になってしまう。パソコンのキーボードの上でスマホをスワイプして、夫にメッセージを送る。今日は珍しく夫が先に自宅に着くらしい。何も言わずに夕飯を作ってくれていたら、どんなに嬉しいか。
「先輩、んじゃ、お先に失礼しますね」
「え、お願いした案件、もう終わったの?」
「あ、はい。デスクに置いてました。チェックは明日、お願いします。すいません、今日、用事があるので……」
「あ、はーい。お疲れ様」
キーボードをたたきながら、手のひらをパタパタと振って見送った。もう、夫が仕事の早い青山だったら良いのに……そんなことを考えながら残った仕事に集中しているといつの間にか眠ってしまったらしい。
―――パチッと目が覚めると、日差しが差し込む白いベッドの上、後ろからギュッと誰か抱きしめてきた。夫は、いつも別室で寝るはずで珍しいと思いつつ確かめた。
「
夫ではない。職場の後輩の青山正寿が、隣にいる。夢なんだろうか。望んでいたことが目の前に。夢ならそのまま醒めないでほしい。
「まーくんと一緒にいたいの」
「うん」
窓から眩しい光が差し込んだ。よく見るといつもの夫だった。