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第35話 退職代行業の退職代行

「お電話ありがとうございます。退職代行のクローバーの坂本です」


 ここは、退職代行業のクローバーオフィス。従業員は5名ほどで経営している。仕事の稼働率はまぁまぁ高い方だが、この仕事もブラックだという者もいる。退職を依頼者の代わりに行う業務だが、コミュニケーション能力が問われる。そんなに難しくないから大丈夫だろうとお手軽気分で入った 林田 孝之はやしだ たかゆきは、ディスクの上で電話が鳴っても一切出ず、手の中にはさっき食べたばかりの飴玉の袋を触っていた。


「林田くん!」


「……へ?」


 係長の佐々木 倫子が声をかけた。


「昨日の案件の方で、下田様からメッセージ届いてるけど、分かるかな?」


「……あー。面倒くさい人のことですね」


「ちょっと、顧客を面倒くさい人って言わないで。ささっと処理しちゃってよ。待ってるんだから」


「えー、俺がやらないといけないんですか」


「……うん。それが、仕事だから」


 佐々木 倫子も不機嫌な顔になる。林田 孝之も同様、ため息をついて、パソコン画面に目をやった。佐々木 倫子は、その態度を見て、ささっと忍者のように社長の坂本 隆太のデスクの隣で小さくなって話しかけた。


「社長!」

 小さな声で言ったためか、気づかない。額に筋を作ってもう一度声をかける。


「社長! 聞いてますか?」


 結局、大声になってしまう。


「え、あ。あー。はい。佐々木さん? そこで何してるんですか」


「あ、はい。すいません。あの、最近、入った林田くんいるじゃないですか」


「あー、うん。林田くんね。適当人間くんだから軽くあしらってくれていいよ」


「な?! 社長。適当ってどういうことですか。仕事、まともにしてくれませんよ」


「……まぁ、こんな仕事なわけだし。緩くていいじゃないの」


「……もういいです」


 佐々木倫子は呆れて、デスクに戻る。ここの会社も緩すぎる。仕事のやりがいや生きがいが感じられなくなった。


「佐々木さーん、メッセージに既読つきませんけどぉ?」


「もう勝手にやってぇ……」


 額の髪をかき上げてうなだれる佐々木倫子だ。


―――翌日。


 ひらひらと佐々木倫子のデスクの上に1通の茶封筒が落ちてきた。

『退職届』と書かれたものが瞬間移動してきたのだ。


「おはようございます……あれ、誰も来てない?」

 社長の坂本 隆太は佐々木倫子のデスクを見て、目を見開いた。


「めっちゃハイテクな退職代行もあるもんだなぁ。その能力、俺も欲しいな」

 ボソッと呟いてデスクに座る。また1人、従業員が減ってしまった。



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