「お電話ありがとうございます。退職代行のクローバーの坂本です」
ここは、退職代行業のクローバーオフィス。従業員は5名ほどで経営している。仕事の稼働率はまぁまぁ高い方だが、この仕事もブラックだという者もいる。退職を依頼者の代わりに行う業務だが、コミュニケーション能力が問われる。そんなに難しくないから大丈夫だろうとお手軽気分で入った
「林田くん!」
「……へ?」
係長の佐々木 倫子が声をかけた。
「昨日の案件の方で、下田様からメッセージ届いてるけど、分かるかな?」
「……あー。面倒くさい人のことですね」
「ちょっと、顧客を面倒くさい人って言わないで。ささっと処理しちゃってよ。待ってるんだから」
「えー、俺がやらないといけないんですか」
「……うん。それが、仕事だから」
佐々木 倫子も不機嫌な顔になる。林田 孝之も同様、ため息をついて、パソコン画面に目をやった。佐々木 倫子は、その態度を見て、ささっと忍者のように社長の坂本 隆太のデスクの隣で小さくなって話しかけた。
「社長!」
小さな声で言ったためか、気づかない。額に筋を作ってもう一度声をかける。
「社長! 聞いてますか?」
結局、大声になってしまう。
「え、あ。あー。はい。佐々木さん? そこで何してるんですか」
「あ、はい。すいません。あの、最近、入った林田くんいるじゃないですか」
「あー、うん。林田くんね。適当人間くんだから軽くあしらってくれていいよ」
「な?! 社長。適当ってどういうことですか。仕事、まともにしてくれませんよ」
「……まぁ、こんな仕事なわけだし。緩くていいじゃないの」
「……もういいです」
佐々木倫子は呆れて、デスクに戻る。ここの会社も緩すぎる。仕事のやりがいや生きがいが感じられなくなった。
「佐々木さーん、メッセージに既読つきませんけどぉ?」
「もう勝手にやってぇ……」
額の髪をかき上げてうなだれる佐々木倫子だ。
―――翌日。
ひらひらと佐々木倫子のデスクの上に1通の茶封筒が落ちてきた。
『退職届』と書かれたものが瞬間移動してきたのだ。
「おはようございます……あれ、誰も来てない?」
社長の坂本 隆太は佐々木倫子のデスクを見て、目を見開いた。
「めっちゃハイテクな退職代行もあるもんだなぁ。その能力、俺も欲しいな」
ボソッと呟いてデスクに座る。また1人、従業員が減ってしまった。