好きなのに好きになれない。歯がゆい気持ちにさいなまれている。
それは、彼女アレルギー。
いつ頃からか、どちらかが告白したわけでもなく、すっと隣にいることが多くなり、交際しているという立場になった。彼女の名前は、
「心海、先に昇降口に行ってて。教室に忘れ物したんだ。取ってくる」
「うん。わかった」
いつも一緒に帰るその直前。教室にバックに入れ忘れた筆箱を取りに戻った。テスト勉強のために早めに帰宅できるというのにロスタイムだと思いながら、取りに行く。待たせて悪いと思った俺は、ラウンジで飲み物を買った。彼女の好きなイチゴミルクの紙パック。ガコンという音が昇降口まで響いた。靴箱の前で待っていた心海が来た。
「あ、気づかれちゃった。驚かそうとしたのに……」
「わかりやすいよ。音聞こえるもの」
「だよね。はい、待たせたお詫び」
「いいよ、別に。でも、ありがとう」
そう言いながら、彼女はイチゴミルクの紙パックを受け取った。その時だった。ぞわぞわと、自分の体の全部の毛が逆立った。まるで天敵に遭った動物のようだ。逆立ったと思ったら、プツプツと発疹が浮かび上がる。じんましんが体に湧き出た。かゆくてたまらない。思えば、こんなに至近距離で彼女に触れたことがない。ただ隣にいるだけ。恋人らしいことなどもしない。彼氏彼女と言っても、一緒にいるだけだ。俺にとっての恋人はその境界で済んでいたと思った。でも、相手はそうは思っていないのかもしれない。手を繋ぎたいしそれ以上のこともしたいのかもしれない。
「か、かゆい!!」
心海から数メートル離れて、全身にできたじんましんをあちこちかいた。爪でかかない方がいいってわかっていてもついついかいてしまう。
「大丈夫?」
心海が手を伸ばしたが、無意識にさっと体が離れる。好きなのに、発疹が出るなんて、ひどいことしてるってわかっていても無理だった。
「ご、ごめん。俺、かゆい!!」
耐えられなくてその場から急いで駆け出した。靴箱から乱雑にスニーカーを取り出して、上靴を入れた。靴のかかとをつぶして、外に出た。心海は悲しそうな顔だった。
―――数カ月後、心海は、家で猫を飼っていたことがわかった。彼女ではなく、猫アレルギーだった。