国営ニュース番組:《ワールドレポート20》
放送時間:毎夜20:00
提供:国連情報局/夢規制庁
■構成イメージ:
•男性アナウンサー:楠木 航(くすのき わたる)
→ テンションゼロ、ロジック一本槍。AI音声のような喋り方。
•女性キャスター:由利 玲那(ゆり れいな)
→ 柔らかいけど徹底的に“夢を否定する穏やかな狂気”タイプ。笑顔で恐怖。
•ゲスト:クレメント・ボーン博士(仏・ソルボンヌ夢科学研究所長)
→ 旧人類世代。夢の科学的危険性を論理で徹底解説する狂気の知性。
《ワールドレポート21》
楠木 航:
「午後8時を回りました。《ワールドレポート21》の時間です。今夜は、去勢施術導入から16年目を迎える中で──“夢去勢比率”が、最新の統計で17.3%に達したとの速報です。本日は特集でお送り致します。」
由利 玲那:
「夢を見ないことで、より安全で安定した社会が築かれてきました。その恩恵を最も受けているのが、私たちニューセンチュリー・ジェネレーションです。」
楠木:
「本日はこの話題を専門的に解説していただく為、フランス・ソルボンヌ夢科学研究所より、クレメント・ボーン博士をお招きしています。博士、よろしくお願いします。」
クレメント・ボーン:
「Bonsoir. 過去の“夢依存”社会から脱却することは、人類の精神衛生と秩序維持において極めて有効でした。
最新の研究では、去勢済みの若年層における暴力衝動・反社会性・自殺率が94.6%低下しています。」
玲那:
「つまり、夢は“感情のバグ”とも言える……?」
クレメント博士:
「Oui.夢とは、理性の制御を失った情報の錯乱です。21世紀初頭、人類はそれを“ロマン”と誤解していました。ですが今は違います。夢なき人類こそが、完全な人類です。」
楠木:
「統計によれば、2030年代生まれの最終夢世代が90歳を超える2040年には、夢を見る人類は2%を切る見込みです。」
玲那:
「そして、夢が完全にこの世界から消えた時──私たちは“完璧な現実”を手に入れる。そんな気がしてなりませんね。」
楠木:
「それではここで、所謂「カッター」と呼ばれる去勢者と、「リカッター」と呼ばれる非去勢者へのインタビューをご覧頂きたいと思います。」
国営特集:「夢なき時代に生きる、私たちの声」
1人目:15歳・中学生・ジン(仮名)
「夢……? うーん、聞いたことはありますけど、実感はないっすね。親が“昔は空を飛ぶ夢を見た”とか言ってたけど、正直キモいっていうか……なんで制御できない感情に価値があるのか、分かんないっす。」
(カメラが目線から外れると、彼の瞳はガラスのように無表情になる。)
2人目:32歳・企業職員・メグミ(仮名)
「夢があった時代って、特に若い子達の間では争いも多かったですよね。私は今のほうが安全で安心です。毎日、同じ時間に起きて、同じ食事を摂って、同じ作業をして──誰も感情を暴走させない世界。、それが“幸せ”じゃないですか?」
3人目:10歳・小学生・コウ(仮名)
「ぼくは、おとなになったら、おおきなロボットになりたいな!」
(記者)「……それ、夢ってこと?」
「……あれ?」
(母親が遠くから静かに首を横に振る)
「……ごめんなさい、なんでもないです。」
4人目:61歳・元夢世代・カナエ(仮名)
映像は、薄暗いベンチに座る一人の女性。肩にショール。手には古びたノート。顔の半分が影に落ちている。
「……本当に、見てないの?」
(リポーターが尋ね返す)
「“夢”のことですか?」
「……夜が来て、まぶたを閉じて、
そこに誰も──誰一人、あなた自身さえ──現れない。
それが、“普通”になったのね。」
(リポーターは何も返せない)
「……夢を奪われたってことすら……気づいてないのね。」
(沈黙のあと、カナエはノートを開く)
「昔の子どもは、夢を日記に描いたの。
“今日、夢の中で空を飛んだ”って──
“明日もまた、どこか行けるかな”って──」
(カナエ、少しだけ笑って)
「それが、“犯罪”になるなんてね。」
(彼女の瞳が、カメラに向く)
「……でも、消されたものほど、深く残る。
誰かがまた、夢を見る。その時、思い出すのよ。」
「“あぁ、あの女が言ってた通りだ”って。」
玲那:
「以上、街頭でのインタビューとなりますが、その世代によって夢の在り方に大きなギャップが生じており、政府からの丁寧な説明が必要ではないか、と感じるばかりです。」
「あなたは今夜、夢を見ましたか?」
楠木:
「今夜の特集、“夢去勢17%の真実”。ゲストはクレメント・ボーン博士でした。博士、ありがとうございました。」
クレメント:
「Merci. Bonne nuit.」
ハルは、バイトに行くまでの時間、この特集を観ていた。特集が終わり、別のチャンネルに切り替える。そこでも同様にD.N.S.C.法について激論がされていた。
そこでは、ペイヤーについて議論が交わされていた。
“Payer(ペイヤー)”。
■意味
「支払う者」罪、夢、親の記憶に対する“贖い”としての自己去勢。
■属性
元非去勢者(=夢を見ていた世代)であり、任意でCutterになった人間。
■動機
自分の子供、愛する人が夢を持てない事実への絶望と自己否定。
■立場
非公式にはCutterとして扱われるが、心の中に夢の喪失の痕跡を持ち続ける。
■社会的扱い
英雄視される場合もあれば、“裏切者”として非難されることも。
「……ごめんな、カナ。パパは、君が夢を見られないのに、自分だけ……そんなの、耐えられなかったんだよ。だから……Payerになった。自分を……夢を……消したんだ。」
着替えを終えたハル。
テレビを消して、家を後にする。
CMで流れる政府広報活動を思い出しながら。
「あなたの罪を、未来に持ち込まないために。
国連が推奨する新しい贖罪のかたち──
《Payer制度》、始まっています。」
ハルのバイト先は自転車で10分。裏手に自転車を止めて、裏口から店に入る。
居酒屋:天屋碗屋。
「こんばんは!」
「おっ!!ハルか!!ちょうど良かった!直ぐにホールに回ってくれ!!なつみんが熱出して休みなんだよ!団体も来てっし、いっちょ頼むわ!!」
「分かりました!!」
直ぐにバックヤード、自分のロッカーに向かう。キレイに畳まれているホール用のエプロンを身に付けて、ホールに向かう。ホールでは、
「環さん、ヘルプ来たよ!」
「ハル!!2番さんから御願い!!」
2番テーブルの注文を受け付けた後、次々にオーダーを取る。世間ではボーナスが支給される月であり、その時期は連日満員御礼の状況が続く。
ハルは本来、調理を担当しているが、今日のような状況になると、ホールにも行く。
1名を欠いた調理場では、ナギとシュウが並んだ伝票をに追われながらも、手を抜く事無く次々に料理を真っ白な皿の上に料理を描いていく。
久米町で一番人気の居酒屋は、今日も大盛況だ。
「しっかしよぅ、アレだ。今の奴らは夢も見れねぇなんてよぅ」
「確かになぁ……見た夢に影響されて犯罪に走るからって……」
「んな訳ねぇだろよぅ!そんなら俺はぁ、死刑もんだぜぇ!」
「おめぇは、夢見なくてもムショ行けらぁ!」
「うっるせぇーよ!!」
「はいはい、極悪人さん達!キンメの煮付けと菜の花のお浸しね!!」
「あぁー、環!俺まで極悪人かよーー!!」
環は笑って調理場に戻る。
「ったく……」
22時過ぎ。客も落ち着いて来た時間。天屋碗屋は、18時開店〜24時閉店(LO23時半)。市場が閉まる日曜日が定休日。
ハルは、21時からラストまで毎日バイトをしている。ホールが落ち着いたのを確認すると、調理場に向かい洗い物を捌く。
オーダーも落ち着いて来たので、シュウは手早く賄いを作り始める。スタッフの空気が、穏やかになる瞬間。店長の環も、大きく息を吐く。
「順番にやっちゃってねぇ!!」
環は、調理場の食材の量を見て、バックヤードに移動していく。明日は土曜日。一番忙しくなる。その為の食材を確認しているのだ。
「店長、ヤードか……シュウ、先に頂くわ。」
ナギが賄いを手に取り、小上がりを上がる。
シュウは賄い担当であるが、その日あまり出ていない食材を、サクッと調理してスタッフに提供する。
いつもは、環、ナギ、シュウ、なつみん、ハル、と大盛り用に+1人前の、6人分を作っている。
今日は、シュウ特製のオクラ焼き飯。おくら、ベーコン、卵、かつおぶし、白ごま、ポン酢、塩コショウ。仕上げにきざみ海苔。あとは、サラダと汁物代わりのモツ煮。
「くぅぅぅ!!!うめぇ!!!また、腕上げやがったかシュウはよ。」
ナギは、26歳。高校を卒業してから、この天屋碗屋で働いている。当時は、環の両親が経営をしていたが、今は21歳の環が店長として店を継いでいる。ナギは環の参謀役として店の多くを任されているのだ。
「シュウ!ごっそさん!!美味かったぜ!!」
「へへっ!ども!!」
シュウ。23歳。早くから両親を交通事故で亡くし、施設で育って来た。小さい頃から手の付けられない悪ガキで、警察署長にも顔を覚えられるくらいだった。
15歳の時、工事現場で働いていたシュウは、同僚から嗾けられた喧嘩を買って、相手を半身不随にしてしまう。逮捕歴も多く、また心象も悪かった事から、家庭裁判所の審判を経て、検察官に送致(逆送)される事になる。このままでは刑事裁判=刑務所行きが濃厚だったが、当時の警察署長がシュウを養子として引き取る事を申し出たのだ。再び、家庭裁判所での審判となり、施設側もシュウを護る立場を申し出た事から、最終的に養子縁組の手続き完了迄は、少年鑑別所に勾留され、無事、養子として警察署長の養子となった。
署長。本名:
今回のシュウの件について、2人はお互いが納得いくまで話し合いを続け、そしてシュウを養子として受け入れたのだ。
鬼塚は、シュウを連れて家に戻る。
シュウは、あまり理解出来ないままパニック寸前。
「なーんだぁ?このど不良が!!」
シュウの肩に手を回して、鬼塚は豪快に笑う。
「シュウ!!!今日からここがお前の家だ!!!
んでぇもってー、今日からお前は俺達の息子だ!!!」
奥から和南が出て来る。
シュウは和南の眼を見た。
全然、本当の母親と違う。
こんな、こんなに優しい眼をして、僕を迎えてくれている。嘘なのか?本当な……
和南は、シュウを抱きしめた。
「これからは、3人で笑って暮らそうね」
シュウの記憶………
実の母親には、暴力を受けた記憶しかない。
母とは、こんなにも優しく、暖かく、全てを包んで護ってくれる……あたたかいなぁ……
シュウの肩が震える。
鬼塚は、後ろで満足げに微笑んでいた。
これ以降、シュウが犯罪を犯す事は無かった。
「よっし!!あすのリスト完成だ!!」
環がヤードから戻って来た。
「お疲れです!環さん、先にやっちゃって下さい!」
「あら?ハル喰わんのー?」
「洗い物終わったんで、外掃いて来ます!!」
「うぃ!なら、先頂いちゃうね!」
店前を掃くハル。いつも思う。
天屋碗屋は、リズムが良い、と。
全てのスタッフが奏者のように、リズムに乗って動いている。小さなオーケストラみたいに。この流が曲となり、またお客さんも心地良い雰囲気で楽しめているんだ、と。
「僕も、頑張んないとな……」
客もいつもの呑兵衛達が数人となり、ハルも特製オクラ焼き飯を頬張った。う、うめぇー!
最後の客を見送り、店内の清掃、割り箸や薬味の補充を行なう。最後にメニューのカードケースを拭きあげて、終了。
「お疲れ様でした!」
「おぅ!ハルお疲れさん!また明日な!!」
「はい!!」
シュウは、自転車て家路を目指す。
街頭の灯りも、今日は和やかに感じていた。