「父上、戯れが過ぎます!」
思わずシェリーズは声を荒げる。ヤドリギ一族を蹂躙してきたことも許しがたいが、まして子供を標的にした狩りを行なうなど、言語道断だった。
オウトウは鼻を鳴らして、
「シェリーズ、おぬしは甘すぎる。やつらヤドリギ一族は我らにとって安全保障上の脅威じゃぞ」
「しかし、まだ子供です」
「関係ないじゃろ。老若男女、誰もが魔法を使えるらしいではないか。それに、魔法の種類も多様とな。わしの体調を回復させることもできるやもしれん」
オウトウは大きな咳をする。
シェリーズはもう反論する気になれない。
歯痒い想いはジンも同じだった。今すぐ同胞の少年を助けに行きたいが、そのようなことをすれば、
――俺がヤドリギだと疑われかねぬし、そうなればシェリーズ王子にご迷惑をおかけしてしまう。
「ま、見てなよ、シェリーズ」
プラナスは得意気に、
「ぼくがあの子を苦しませずに逝かせてあげるからさ」
不敵に笑って、弓を引く。
ひょろひょろ……
と、一メートルほどで矢が地に落ちる様はなんとも情けないものだった。
プラナスは少々顔を赤らめ、もう一度矢をつがえると、今度はよく飛んだ。飛んで、護衛の者に命中した。
「くう……」
よせばいいのに、意固地になり、プラナスは何本も何本も矢を滅多やたらに放つが、すべて明後日の方に飛ばしてしまう。
そうこうしている間にも、ヤドリギの少年は遠くへ走り続けている。
「危ない、危ない。もうよせ」
「え?」
「わあ、こっちに向けるな……このバカ息子が!」
とうとうオウトウがプラナスを叩いて、代わりに少年を射倒した。
「なんということを……」
すぐさま、シェリーズが少年の元に駆けて行く。
オウトウは尚も怒りが収まらないようで、プラナスを数発殴る。
「手間をかけさせおって。勉学はできん、弓術は不得手、何の取り柄も持っておらん。所詮は平民の血筋じゃな」
「パパ、ぼく……」
「しばらく、わしに面を見せるなよ」
「うう……」
年甲斐もなく、プラナスはわんわん泣いた。国王が去った後も、担当の護衛たちでさえ近づきがたかった。暴力を振るわれ、唇の端から出血さえしているというのに。
そこでジンが渋々ハンカチを差し出した。
「プラナス王子、これでお拭きなさい。ちょうど応急手当ての道具を携帯していてよかった。さ、早く。……どうなされた?」
プラナスはジンの手を包み込むようにして握った。
「ああ、ジン。きみだけがぼくに優しいよう。後でぼくの部屋へおいで。たっぷりお礼をしてあ・げ・る」
* *
「あの勘違い野郎、本当に最悪です!」
ジンはシェリーズとともに廊下を歩く。狩りが終わってから、少々時間が経過している。
ジンはよほどプラナスが気に入らないらしい。と言うのも、これまでも事あるごと、プラナスからアプローチをかけられているのだ。食事の誘いならまだましな方で、
「秘湯を見つけたから、小旅行に行こうよ」
など、下心を隠さない露骨な口説き文句が常であった。
さすがにジンは辟易していたが、相手が王子なので、毎度丁重にお断りするしかなかった。
「気持ちはわかるが……プラナスは私の兄上だ。そう悪く言ってくれるな」
と、シェリーズは苦笑する。
「何です、慰めてくれないんですか?」
「慰めるよ……後でたっぷり」
「はあ……さすがご兄弟。よく似てらっしゃる。それなら別にプラナス様のお相手をしても、今と変わりないかな」
「悪かったよ、ジン」
シェリーズが右手を胸に当てる敬礼ポーズで、降伏を示す。
ジンが満足したところで、話題はヤドリギの少年の容態へ。
「大丈夫。死んではいない」
オウトウの放った矢が致命傷を与えていなかったことを、シェリーズはその目で確かめた。
ただし、生き長らえたことは、必ずしも少年にとって良いことではない。なぜなら、
「魔法のやり方を吐かせるため、拷問にかけられるだろう」
シェリーズの額に血管が浮かんだ。
「あんな子供まで……いや、大人であっても、王の都合で虐げられていいはずがない」
* *
王室護衛団。
その名の通り、王族を守るために結成されたこの組織は、現在、五つの班で構成されている。国王担当班、王妃担当班、シェリーズ王子担当班、プラナス王子担当班、側室担当班である。別の班との交流はなく、運営の方法もそれぞれでやや異なる。
ジンは同班の者と交代し、寮に戻った。
いつもなら、ここでぐっすり眠って英気を養うわけだが、今日は違う。
――早急に王子暗殺計画の全容を解明せねばならぬ。
ヤドリギ一族は様々な分野に間者を放ち、それとなく世間の関心を自分達から逸らすよう誘導してきた。国家を転覆するとかテロを起こすなどといった大胆不敵な行動は避けていたのだ。
それが今度は、ヴィスクムという殺し屋を放った。
――シェリーズ王子が夜な夜な王宮を脱け出ると知っている者がいるはずだ。それも、おそらく身近なところに。
ジンは窓から手を伸ばし、庭に自生しているセイヨウミザクラから、サクランボをひとつ摘んだ。ヘタごと、ひょいと口の中に入れ、しばらく口をもごもごしていたかと思うと……
すぅっ――
と、透明になった。魔法【かくれんぼ】である。
さて、誰からも見えない姿になったジンは、まずプラナス王子の居住区へ向かった。
白檀のお香が焚き染められている点を除けば、シェリーズが暮らす場所と大差なく、豪勢で広々としている。ただし、なぜかそこには、
――誰もいない……?
ジンが立ち尽くしているところへ、
「はぁ~~~あ~~」
聞こえよがしの大きな溜め息。続いて、プラナスが入ってくる。しばらくは護衛や物に当たり散らかしていたが、どうしたことか、突然すんっと落ち着いて、
「きみ達、出て行っておくれ。一人にしてほしいんだ」
「はぁ……しかし……」
護衛団員が承服しかねると、プラナスは、
「きみ、子供が生まれたばかりだってね? ……失いたくはないだろう?」
などと平気で脅迫をするものだから、ジンは驚いた。シェリーズだったら絶対にしない振る舞いだ。
プラナスは虚空を見つめながら、
「ぼくはいつもお香を焚いているんだ」
と一人言を始めた。
いや、次の瞬間に、一人言ではなく会話なのだと判明する。
「だから、違う匂いがしたら、すぐにわかるんだよ。出ておいで。会いに来てくれたんでしょ、ジン」