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第04話 無理矢理、奪われて

 ――俺って、そんなに臭うのか……!?


 ジンは動揺するが、無言のまま。


「かくれんぼのつもり? いいよう。見つけてあ・げ・る」


 プラナスはくんくん嗅ぎながら、着実にジンに近づく。

 仕方ないので、ここはいったん退散して、改めて出直そうかとジンは考えた。

 すると、それを見透かしたように、プラナスは、


「もうすぐママがここへ来るよ」


 確かに、プラナスの母の声が遠くから聞こえる。今は廊下を歩いているのだろうか。おそらくこの部屋に向かっていると思われる。


「きみがここに忍び込んでること、ママに告げ口しちゃおっかなあ。そしたら……困るよね?」


 そう言いつつ、プラナスは出入り口の真ん前に立ちはだかった。これでは部屋から逃げ出すことができない。

 ジンは意を決して、口の中からサクランボのヘタを取り出した。同時に、ジンの姿が可視化される。


「あっ。そこにいたんだ!」

「プラナス様、どうかお慈悲を」


 ひざまずくジンを、プラナスは満面の笑みで見下ろす。


「ふ、ふふ……命乞いしてごらん」

「う……プラナス様、どうか命だけは……」

「じゃあ、ほら……」

「……?」

「ぼくの靴に口づけおしよ」

「く……」


 屈辱に打ち震えるジン。頭を下げて、靴に顔を近づけていく。 唇が汚れる寸前……


「冗談!」


 言うや否や、プラナスはジンの手を取って、カーテンの後ろに立たせた。


「匿ってあげる。きみには優しくしてもらった借りがあるからね。ほんのお礼だよ。……なんだかドキドキするね」


 耳元で囁かれて、ジンは悪寒でぶるっと震えた。

 プラナスはそれをいいように解釈したらしく、満足げな表情を顔に浮かべ、カーテンを閉めた。

 その時。


「プラナス! ここにいるのかい!?」


 妙齢の女性が護衛を引き連れて、部屋に飛び込んで来た。

 プラナスの母ウィルダだ。

 黒いドレスの胸元はたんまりと露出され、足のスリットは下着が見え隠れしそうなほどの大胆さ。およそ王族とは思えない出で立ちであるが、王がこの人を側室にするのも当然と言えるだけの美貌ではある。


「どうしたの、ママ。そんなに大きい声出してさ」

「何をのんびりしてんだい、あんたは! ん? あんたの護衛はどこへ行ったんだい?」

「追い払ったよう。ぼく、一人になりたくってね」

「ああ、ちょうどいい。あんた達、しばらく入って来ないどくれ」


 ウィルダは自分を担当する護衛たちを部屋から出すと、息子をソファーに座らせ、彼女はその膝の上へ腰を下ろした。

 母子二人きり。少なくともウィルダはそう思っているだろう。だから、王族の仮面を外した、素の態度が出ていた。


「コラ、バカ息子! あんた、いい加減にしなさいよね」

「バカじゃないもん」

「弓もろくにできなくて、王様に怒られたら涙目で逃げ出して、これのどこがバカじゃないんだい。あんた、もうじき国王になるんだよ。しっかりしとくれ」


 ウィルダがプラナスの頬を引っ張る。

 カーテン越しに耳をそばだてながら、ジンの緊張が一気に高まる。聞き逃せない発言だった。


「ぼくは王様になんかなれないでしょ」


 プラナスが母の手を振り払い、


「だって、ぼくの方が早く生まれたけどさ、ぼくのママは側室だから、正室の子のシェリーズが王位を継ぐことになってるんだもん」

「でも、シェリーズが死ねば、次はあんただよ」

「死なないよ。すごく元気だもん、あいつ」

「おまけに悪運も強いようだね。まだ生きてやがったなんて」


 極めて単純に考えると、シェリーズが暗殺されて最も得をするのはプラナスだった。王位を継承できるのだから。

 ヤドリギ一族としては、愚かなプラナスを傀儡にし、自分達の安全を確保できるというメリットがある。だから、プラナスの近くにヤドリギの間者がいるとジンは推測し、真っ先にここへ訪れたわけだが……


 ――まさかそれがウィルダ様であられたとは。いや、そうと決めるにはまだ早いか?


 ウィルダは噛みつかんばかりの勢いで、


「とにかく、シェリーズ坊やはママが必ず処理してあげようじゃないか! だから、あんたはしっかりおし! 男だろ! 男だったら、王位なんざ奪ってやるくらいの気持ちで、どんと構えてな!」

「そう言われても……」

「大丈夫。卑屈になるこたないよ。シェリーズ坊やは真面目な顔して、あれで結構遊んでるみたいよ」

「へぇ? どんな遊びなの?」

「そりゃ、もう、夜な夜な王宮を脱け出してさ……」


 きひひ……とウィルダが笑う一方、ジンはカーテンの裏で顔を真っ赤にしていた。汗もかいている。

 さて、


「そろそろ、あたしゃ戻るよ」


 とウィルダが息子に口づけをしようとして、


「あ、いけない」


 口の中からサクランボのヘタを取り出した。

 プラナスは首を傾げて、


「ママ、ヘタごとサクランボ食べたの?」

「へへ。さっき、旦那にキスするために使ったのさ」

「意味わかんない」

「まだわかんなくていいよ」


 ウィルダは息子の唇にキスをしてから


「ところで、キスが上手いと、口の中でヘタを結べるんだよ。知ってたかい? あんたも練習しときな」


 と言って部屋を出て行った。

 残されたプラナスはしばらく思案顔だったが、やがてカーテンをめくって、ジンに安全を告げた。


「どうも、助かりました」


 ジンはそそくさと去ろうとするが、プラナスはそれを許さない。


「さっきママが言ってたことだけど……」


 と、シェリーズが夜な夜な遊んでいることに言及した。

 適当な嘘をついて誤魔化せばいいのに、ジンはどうしても赤面を抑えられず、目をそらす。これがいけなかった。

 普段は察しの悪い間抜け王子だが、さすがにこれくらいは理解できる。


「……ぼくだって……」

「プラナス様? どうなされた?」

「ぼくだって、ジンのことが好きなのに……」


 プラナスはジンの唇を奪った。

 ジンは反射的に口を離したものの、再び唇を重ねられた時には後頭部と手首をきつく掴まれ、逃げられなくされた。それでも、舌をじ込もうとするプラナスに対し、初めこそきっと唇を結んで抵抗はしていた。

 ところが、次第に二人の呼吸が荒くなる。

 歯と歯がぶつかる硬い音。そして、水と水が溶け合う音。

 プラナスはいつしか手の力を緩めている。今ならジンは、走り去ろうと思えば走り去れるはずなのに、動かない。すっかり目を閉じている。心では嫌悪と憎悪に燃えている。が、舌は相手の激しい動きに合わせている。

 つぅっと涙が頬を伝う。

 早い話が、それだけプラナスは上手だったのだ。

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