――俺って、そんなに臭うのか……!?
ジンは動揺するが、無言のまま。
「かくれんぼのつもり? いいよう。見つけてあ・げ・る」
プラナスはくんくん嗅ぎながら、着実にジンに近づく。
仕方ないので、ここはいったん退散して、改めて出直そうかとジンは考えた。
すると、それを見透かしたように、プラナスは、
「もうすぐママがここへ来るよ」
確かに、プラナスの母の声が遠くから聞こえる。今は廊下を歩いているのだろうか。おそらくこの部屋に向かっていると思われる。
「きみがここに忍び込んでること、ママに告げ口しちゃおっかなあ。そしたら……困るよね?」
そう言いつつ、プラナスは出入り口の真ん前に立ちはだかった。これでは部屋から逃げ出すことができない。
ジンは意を決して、口の中からサクランボのヘタを取り出した。同時に、ジンの姿が可視化される。
「あっ。そこにいたんだ!」
「プラナス様、どうかお慈悲を」
ひざまずくジンを、プラナスは満面の笑みで見下ろす。
「ふ、ふふ……命乞いしてごらん」
「う……プラナス様、どうか命だけは……」
「じゃあ、ほら……」
「……?」
「ぼくの靴に口づけおしよ」
「く……」
屈辱に打ち震えるジン。頭を下げて、靴に顔を近づけていく。 唇が汚れる寸前……
「冗談!」
言うや否や、プラナスはジンの手を取って、カーテンの後ろに立たせた。
「匿ってあげる。きみには優しくしてもらった借りがあるからね。ほんのお礼だよ。……なんだかドキドキするね」
耳元で囁かれて、ジンは悪寒でぶるっと震えた。
プラナスはそれをいいように解釈したらしく、満足げな表情を顔に浮かべ、カーテンを閉めた。
その時。
「プラナス! ここにいるのかい!?」
妙齢の女性が護衛を引き連れて、部屋に飛び込んで来た。
プラナスの母ウィルダだ。
黒いドレスの胸元はたんまりと露出され、足のスリットは下着が見え隠れしそうなほどの大胆さ。およそ王族とは思えない出で立ちであるが、王がこの人を側室にするのも当然と言えるだけの美貌ではある。
「どうしたの、ママ。そんなに大きい声出してさ」
「何をのんびりしてんだい、あんたは! ん? あんたの護衛はどこへ行ったんだい?」
「追い払ったよう。ぼく、一人になりたくってね」
「ああ、ちょうどいい。あんた達、しばらく入って来ないどくれ」
ウィルダは自分を担当する護衛たちを部屋から出すと、息子をソファーに座らせ、彼女はその膝の上へ腰を下ろした。
母子二人きり。少なくともウィルダはそう思っているだろう。だから、王族の仮面を外した、素の態度が出ていた。
「コラ、バカ息子! あんた、いい加減にしなさいよね」
「バカじゃないもん」
「弓もろくにできなくて、王様に怒られたら涙目で逃げ出して、これのどこがバカじゃないんだい。あんた、もうじき国王になるんだよ。しっかりしとくれ」
ウィルダがプラナスの頬を引っ張る。
カーテン越しに耳をそばだてながら、ジンの緊張が一気に高まる。聞き逃せない発言だった。
「ぼくは王様になんかなれないでしょ」
プラナスが母の手を振り払い、
「だって、ぼくの方が早く生まれたけどさ、ぼくのママは側室だから、正室の子のシェリーズが王位を継ぐことになってるんだもん」
「でも、シェリーズが死ねば、次はあんただよ」
「死なないよ。すごく元気だもん、あいつ」
「おまけに悪運も強いようだね。まだ生きてやがったなんて」
極めて単純に考えると、シェリーズが暗殺されて最も得をするのはプラナスだった。王位を継承できるのだから。
ヤドリギ一族としては、愚かなプラナスを傀儡にし、自分達の安全を確保できるというメリットがある。だから、プラナスの近くにヤドリギの間者がいるとジンは推測し、真っ先にここへ訪れたわけだが……
――まさかそれがウィルダ様であられたとは。いや、そうと決めるにはまだ早いか?
ウィルダは噛みつかんばかりの勢いで、
「とにかく、シェリーズ坊やはママが必ず処理してあげようじゃないか! だから、あんたはしっかりおし! 男だろ! 男だったら、王位なんざ奪ってやるくらいの気持ちで、どんと構えてな!」
「そう言われても……」
「大丈夫。卑屈になるこたないよ。シェリーズ坊やは真面目な顔して、あれで結構遊んでるみたいよ」
「へぇ? どんな遊びなの?」
「そりゃ、もう、夜な夜な王宮を脱け出してさ……」
きひひ……とウィルダが笑う一方、ジンはカーテンの裏で顔を真っ赤にしていた。汗もかいている。
さて、
「そろそろ、あたしゃ戻るよ」
とウィルダが息子に口づけをしようとして、
「あ、いけない」
口の中からサクランボのヘタを取り出した。
プラナスは首を傾げて、
「ママ、ヘタごとサクランボ食べたの?」
「へへ。さっき、旦那にキスするために使ったのさ」
「意味わかんない」
「まだわかんなくていいよ」
ウィルダは息子の唇にキスをしてから
「ところで、キスが上手いと、口の中でヘタを結べるんだよ。知ってたかい? あんたも練習しときな」
と言って部屋を出て行った。
残されたプラナスはしばらく思案顔だったが、やがてカーテンをめくって、ジンに安全を告げた。
「どうも、助かりました」
ジンはそそくさと去ろうとするが、プラナスはそれを許さない。
「さっきママが言ってたことだけど……」
と、シェリーズが夜な夜な遊んでいることに言及した。
適当な嘘をついて誤魔化せばいいのに、ジンはどうしても赤面を抑えられず、目をそらす。これがいけなかった。
普段は察しの悪い間抜け王子だが、さすがにこれくらいは理解できる。
「……ぼくだって……」
「プラナス様? どうなされた?」
「ぼくだって、ジンのことが好きなのに……」
プラナスはジンの唇を奪った。
ジンは反射的に口を離したものの、再び唇を重ねられた時には後頭部と手首をきつく掴まれ、逃げられなくされた。それでも、舌を
ところが、次第に二人の呼吸が荒くなる。
歯と歯がぶつかる硬い音。そして、水と水が溶け合う音。
プラナスはいつしか手の力を緩めている。今ならジンは、走り去ろうと思えば走り去れるはずなのに、動かない。すっかり目を閉じている。心では嫌悪と憎悪に燃えている。が、舌は相手の激しい動きに合わせている。
つぅっと涙が頬を伝う。
早い話が、それだけプラナスは上手だったのだ。