王族はみな公務で忙しく、日中は予定を合わせられないため、朝と昼の食事はそれぞれのタイミングでとる。唯一、晩餐だけは全員参加で開かれる。
「今夜の料理は、わしらが狩りで捕らえた獲物を使っておるんじゃ」
家族を前に、国王オウトウはいかにも楽しげなご様子。ただし、彼の言う「わしら」の中に、プラナス王子は含まれていないようで、
「わしも王族として弓術の腕前を磨いてきたが、シェリーズもなかなかのものじゃ。やはり王族と言えど、椅子の上にふんぞり返っておるだけではいかんの。実力を持っておらねばならん。その点、シェリーズや、おぬしは実に頼もしいぞえ」
自身とシェリーズの活躍だけを大いに語った。
これにプラナスは何も反発しない。実際、狩りで活躍できなかったし、それどころか迷惑をかけてしまったという負い目もあるのだろうが、
――ぼくが褒めてもらえないのは、いつものことだもん。
と諦めきっているのだ。だから、家族団欒の場なのに、ずっとうつむいている。
「でもさ、プラナスも頑張ったんじゃないかい?」
黙って見ちゃいられないとばかりに、側室ウィルダが息子を持ち上げ始める。
オウトウは苦笑する程度の反応しかしなかったが、その横でスウィータがにこにこ笑って話を聞いている。スウィータは国王の正室、つまり王妃であり、シェリーズの母にあたる。派手に着飾らずとも、内面から品の良さと高貴さが滲み出るタイプの女性だ。穏やかな声音で、スウィータは、
「あらあら。プラナスさん、えらいご活躍やったんやねぇ」
「え、ええ! そうなんですよ。うちの子、引っ込み思案なだけで、やる時ゃやるんでね!」
「ふふ。かっこいい子供がおって、あなたも鼻が高いでしょう」
もちろん、スウィータは皮肉を述べているわけだが、学のないウィルダは素直に受け取って、ご満悦。
だが、ここで、
「冗談を抜かしておる場合じゃないぞ」
オウトウが大きな音を立て、グラスを机に置く。
「分別も能力もない者に王族の一員たる資格などあるものか。わしは、もう長くはなかろう。じゃからこそ、より一層、自覚を持ってもらわねばならん」
ここ最近、晩餐の空気が重苦しくなりがちだった。オウトウが体調を崩し始めた時期と重なる。今夜は酒も進まないようだし、せっかく狩りで獲った獣の肉にも、あまり手をつけていない。
典医からは静養した方がいいと進言されたそうだ。しかし休む暇などない。ヤドリギ一族を捕まえ拷問することに血道を上げているのだから。
――せめて、まともな理由で忙しくあっていただきたいものだ。
シェリーズは心の中で毒を吐いてから、
「父上、ご無理をなさいますな」
「む……今日はもう休むとするかの」
「そうなさるがよいでしょう」
「シェリーズ」
「は」
「おぬしには期待しておる」
オウトウは席を立った。家族一人一人に簡単な挨拶をするが、プラナスには一瞥もくれない。
そのまま晩餐は散会となった。
この間、護衛は王族の後方に控えており、ジンもいた。ほんの数時間前に痴態を演じてしまった記憶がいまだ生々しく、いつになく職務に集中できずにいた。
一方、プラナスはジンの前を通りすぎる時だけ、鬱々とした表情が和らいでいた。
* *
「はぁ……」
シェリーズの部屋に戻った途端、ジンは盛大な溜め息を漏らした。
シェリーズは面白そうに、
「珍しいな。疲れたか?」
「え……別に、何でも……」
いくら何でも正直に言えないジンだった。
もちろん、ジンは被害者の立場ではある。あるのだが、ろくに抵抗もせず、気づかぬうちに自分から腰を密着などさせてしまっていたため、プラナスに、
「意外と大胆なんだね」
と笑われる始末だった。
プラナスはいつまでも部屋に籠っているわけにいかなかった。晩餐に出るため、身だしなみを整えるなど、やることがあった。そうした時間的な縛りがなければ、あれからどうなっていただろうか。
おそらく、
――口吸いだけでは済まなかったであろう。
だから自己嫌悪してしまう。それでも、咄嗟に、
「今夜はプラナス様と逢い引きしとうございます」
と誘えたのは大成功だった。欲望を満たしたいがゆえではなく、思惑あっての申し出だ。シェリーズにも報告していないし、するつもりもない、ジンの一存であった。
何も知らされていないシェリーズは、慰めるようにジンの頭を撫で、
「食後のデザートがほしいんだが……」
と甘え始めた。
「てめぇらまた盛りやがるのか」
縛られたままのヴィスクムが悪態をつく。と言うより、本気で引いている。ぎゃあぎゃあ喚いて、雰囲気をぶち壊しにかかる。
「こやつ、腹が減って苛立っておるようです」
「昨夜から何も食べさせてなかったな」
「餌をやりましょう」
王子と護衛は、へらへら笑いながら、乾いたパンなどをヴィスクムに食べさせた。
そうこうしていると、先程までの淫靡な空気は消滅したようで、ジンは内心、
――助かった……。
ほっとした。シェリーズに抱かれていいコンディションではなかったからである。
「さて」
シェリーズがこほんと咳払いしてから、
「どうやら私は命を狙われているようだが、どうしたものだろうか」
「ヴィスクムめは身動きひとつ取れませぬし、他に間者らしき者は見つけられませんでした。しばらくの間は安全と見てよいでしょう」
「ふむ……では、ゆるりと酒でも飲もうか。ジンもおいで」
「は」
ヴィスクムはまだ物足りないらしい。
「肉はねぇのかよ」
「貴様にはカビたパンだけで十分だ」
「げぇ! これカビてたのかよ! ジン、てめぇ!」
二人はそれを無視してバルコニーへ移動した。
シェリーズはキルシュをショットグラスに注いで、ジンと乾杯。
「それで、本当のところは?」
「ウィルダ様はヤドリギです」
「なんだと……」
都合の悪いところは端折りつつ、ジンは見聞したところの一切を語った。その上で、オウトウの体調が優れない理由はウィルダの魔法が原因であり、つまり、狙われているのはオウトウとシェリーズなのだと推理した。
シェリーズは身内に謀反人がいることに驚いたが、つとめて冷静に、
「となると、狙いは兄上の即位か」
「王子……心中お察し申し上げます」
「悲しいやら情けないやら、だな。見ろ、ジン」
シェリーズはボトルに直接口をつけて酒を飲むと、城下の町を見下ろした。
小高い城からは、国民の暮らしぶりが手に取るようにわかる。
今、町にはほとんど明かりが灯っていない。まだ夜の帳が下りたばかりだというのに。これはつまり経済が停滞していることを意味する。当然、昨日今日に始まったことではない。
統治者たる者、こうした変化にいち早く気づき、早急に手を打たねばならない。それなのに、
「国王陛下が関心をお寄せになるのはヤドリギ一族と、その魔法のことのみ。一体この国はどうなるのやら。……ジン、私はこの国を変えたい。救いたいのだ。私の力になってくれ」
ジンは一滴も酒に口をつけていない。
「この身はとうにあなたへ捧げております」
決戦の夜が始まろうとしている。