「とんでもないことをしてくれたな」
シェリーズはジンに詰め寄る。
プラナスを見舞った後、シェリーズはふらふらと御料をさまよい歩いた。護衛はジンのみ。気分転換がてらのお散歩……ではない。周囲に誰もいない場所でジンを責めるためだ。声を低くしているが、ジンの胸ぐらを掴む手は震えている。
あの夜、シェリーズはジンに指示された通りに動いた。
「
その言葉を信じた。あくまでヴィスクムとウィルダを現行犯逮捕に追い込むだけだと聞いていたのだ。まさかにプラナスまでもが始末の対象にされていようとは、
「思わなかった……」
のである。
従って、兄がヴィスクムの毛の餌食になった際、加減をする余裕などなかった。弓術に才覚のあることが、この時は、むしろ
「誰のことも殺したくはなかった。私はあくまで平和的に物事を解決したいのだ。常々、きみにも伝えていたはずだ。どうしてだ、ジン。答えろ。どうして、こんなことをした?」
「王子のためです」
「私はこんなの望んでいない!」
「畏れ多くも、力なしに世の中を変えようなど、戯言に過ぎませぬ。国王になることでしか叶えられない夢があるはずです」
「し、しかし……」
「もう後戻りはできぬのですよ。過程はどうであれ、あなたは人を一人殺したのですから」
「貴様……!」
シェリーズは思いきりジンを殴った。殴った途端、暴力を振るってしまった自分自身に驚き、それから、涙を堪えつつジンを抱き締めた。
きつく抱かれながら、ジンはこっそり微笑んでいた。
* *
「あたしゃ側室だよ! この国の王様の女に、こんな仕打ちして、ただで済むと思ってんのかい!?」
ウィルダが叫ぶ。獣のように凄まじい迫力がある。獣は檻に入れられるものだ。彼女は閉じ込められ、鎖に繋がれている。だが、芸をしこまれているのではなく、拷問にかけられている。
彼女がヤドリギ一族と判明してから、国王オウトウの裁決は早かった。反逆罪などで断首にしては、
「もったいない!」
と言って、すぐさま拷問の用意を整えさせた。
逮捕以来、寝る間もなしに、ウィルダはずっとひどいことをされている。だが、泣かない。気高さゆえ……と言うより、負けず嫌いな性格のためであろう。拷問係に自分の地位をちらつかせつつ、ひたすら身の潔白を主張している。
ところが、相手が悪かった。
「元気なお人やね」
臣下に拷問の指示を与え、自分は優雅にサクランボティーを啜る女性。彼女はスウィータ。この国の王妃だ。
いつもはヤドリギ一族の拷問になど、まったく興味を示さないのに、今回は自ら挙手した。
「女の落とし方は女にお任せくださいな」
と夫を説得した。
「ウィルダさん、あなたもお疲れでしょう。早く喋ったら休めますよ」
「わかったよ、とっておきの情報を教えてやる」
「どうぞ」
「王様は赤ちゃんプレイが好き」
「剥いでおしまい」
「鬼!」
ウィルダの手の爪が剥がされる。生まれてこの方、一度も空気に触れたことのない体の一部があらわになる。新鮮な薄紅色が、サクランボよりも鮮やかな赤に染まる。
スウィータは無意識に舌舐めずりしている。
――さて、お次はどうしましょう。
その時……。
護衛が傍に寄り、何やらスウィータに耳打ちした。
スウィータは口元を扇子で隠すようにして返事をした。それからウィルダに満面の笑みを向け、
「私も鬼やないですから」
武士に囲まれ、プラナスが連れて来られた。
「息子さん、あなたにどうしても会いたかったんやと。ええ子やね」
スウィータは面会の許可を出してあげたのだった。
一瞬、ウィルダの表情が和らいだ。が、すぐに硬直する。
息子は車椅子に乗っている。
「ああ、どうしたんだい、そんなものに乗って。足が痛むのかい? 平気? こっちにおいで」
「ママぁ」
自ら車椅子を動かして母に近づこうとしたプラナス。だが、拷問係の者に、
「それ以上、近寄るな」
と、蹴倒されてしまう。
「何をするんだい、うちの子に! 王様の子供だよ! この無礼者!」
「ふん。ヤドリギの汚い血だろうが」
プラナスに敬意を払う者はいない。妾腹の子という立場ゆえ、元々白い目で見られがちではあった。その上、勉学にも弓術にも長けていないものだから、実の父である国王にさえ、ろくに愛情を傾けてもらえなかった。そうした風潮が今や、士族階級にまで広まっている。床でもがくプラナスは、護衛によって首根っこを掴まれ、車椅子に戻された。
「不憫やねえ」
スウィータが溜め息まじりに、
「この子、もう一人では立ち上がることもできんのやから」
「……え?」
「あら、まだ伝えてへんかったっけ? プラナスさん、下半身が不随になってしまって、一生車椅子生活らしいで」
信じられない……という顔で、ウィルダは息子を見やる。
プラナスはしくしく泣いている。母に尋ねたいことはいくらでもあったろう。拷問はつらいか? 本当に母はヤドリギなのか? 魔法の秘密を知っているのか?
だが、実際に彼の口から出たのは、そのどれでもなかった。
「死にたいよう」
ウィルダは絶句した。しばらく口を開いたまま微動だにしなかった。やがて、スウィータに対し、
「お願い……があります。どうか、最後に、この子にキスをさせてください」
少し迷うスウィータ。が、恩を売れば、魔法に関する情報を引き出せるのではないかと考えついた。二人きりにしてほしいだとか、国中から最高の医者を見つけてほしいだとか、面倒な願いなら断ったろうが、
――たかがキスやし、すぐ済むもんね。
という思いもあった。
ところが、ウィルダは息子の口に舌を差し込んだ。
周囲から見ても、単なる唇と唇の触れ合いでないことは明らかだった。拷問係も、護衛も、そしてスウィータもドン引きした。拷問部屋で親子が舌を絡める異様な光景。だから、誰も見抜けなかった。
実はこの時、ウィルダは胃の中に収めていたサクランボのヘタを口まで戻し、それを息子の口の中へ移動させていた。プラナスは母の酸っぱい胃液を味わっていたことになる。
「もうええでしょう」
とっくに顔を背けているスウィータが、
「あんたら
二人は引き離された。
心細げなプラナス。
にっこり微笑むウィルダ。