「陛下……」
シェリーズが膝から崩れ落ち、父であるオウトウの亡骸にすがりつく。
オウトウは胸から大量に血を流している。
「何があった!?」
ジンが他の護衛に食って掛かる。
「突然、射抜かれたんだ」
「矢で? だが、お体を貫くほどの威力だぞ」
「本当だ。まさに矢だった。しかも、光る矢だ」
「光る矢……?」
「おそらく魔法だろう」
ヤドリギ一族による暗殺と見て間違いなかろうとのこと。
ジンは周囲を警戒しつつ、
「であれば、ただちに王子を安全な場所へお連れせねば」
「いや、待て。犯人がどこに潜んでいるかわからぬのだぞ。下手に動く方が危険だ」
「む……矢はどの方向から放たれたのだ?」
「あっちの方から……そう、ちょうど王子殿下とお前がいた辺りだ。怪しいやつは見なかったのか?」
その護衛が指し示した方を目で辿ると、城に行き着く。もしかすると、
「既に、ヤドリギの刺客が城内に潜入しているのかもしれぬ、というわけか……」
会話を聞いていたシェリーズはすぐさま立ち上がり、
「城へ戻るぞ!」
涙を拭いた。彼は王子なのだ。それも、王位継承順位筆頭。国を預かる責任がある。
護衛たちに囲まれる陣形で、シェリーズは移動を開始した。
果たしてヤドリギ一族の仕業なのか? 国王を貫いたのは魔法なのか? 敵は幾人いるのか? 何もわからない中、幸いにも追撃は受けず、無事、王宮へと帰還することができた。
「戒厳令を発出せよ!」
瞬く間に城が慌ただしくなる。
城内の警戒度が上がり、士族総出で非常事態に備える。
最中、鐘が鳴る。普段とは違う特殊な鐘の音は、王宮内はもちろん、城下の人々まではっとさせた。
――国王陛下がお隠れになった!
* *
「王位をシェリーズさんに継承していただくことになりますが、よろしいでしょか」
その日のうちに、急遽、王族会議が開かれた。
参加するのはスウィータ、シェリーズ、そしてプラナスの三名。
突然の夫の訃報をスウィータは受け入れ、気丈に会議を仕切っている。一国の王妃として、政治に空白を生じさせてはならないという責任感。一方で、息子に王位を継がせられそうなことに、どこかほっとしてもいる。
ところが……
「ぼくは反対でーす」
車椅子に座ったプラナスがサクランボをつまみながら、
「だってなんか怪しいんだもん」
「あら、プラナスさん。面白いことおっしゃいますやん。何が怪しいて?」
「だってさ、パパは
つまり、シェリーズが国王暗殺の犯人ではないか、と。
思ってもみなかった主張に、シェリーズは珍しく怒り気味の様子で、
「兄上、妄言はお控えください。私がいったい何の目的で陛下を狙うのですか」
「王様になりたいから?」
「そんなことで……前にも言いましたが、私は王位に興味などない。あなたに譲ってもいいとさえ申し上げた通りですよ」
「じゃあ、譲ってくれる?」
シェリーズなら、この申し出を受けてもおかしくない。
母として息子の性分を知り抜いているスウィータだからこそ、返事をする隙を与えず、ぴしゃりと、
「王位継承順位は法律で決められとるんです。安易な変更は混乱を招きますよ。それに、プラナスさん。王位をほしがってるのは、あなたの方やないんです?」
「でも、どうやって、ぼくがパパを殺すんですよう? 弓術が上手いのはシェリーズ。ぼくは下手っぴじゃないですか」
付け加えるなら、謀反を起こすだけの胆力がプラナスにあるとは誰も思わない。ポンコツであることは、この場合、とても説得力のある証拠になった。
ただ、プラナスはシェリーズを失脚させられるだけの材料を持っていたわけではない。所詮、すべては状況証拠に過ぎないのだ。それを突かれると、
「やっぱ無理だったか……」
プラナスはしょんぼりした。
いつもの彼であれば、ここまでごねることはないだろうし、仮にごねたとしても、叱られた後は拗ねて大人しくなるものだ。ところが、今日は違う。サクランボをヘタごと口に入れ、もごもご口を動かす。
「じゃ、実力行使しかないね」
「兄上……?」
シェリーズが瞠目する。
何も持っていないプラナスの手に、色鮮やかに光る弓矢が出現した。車椅子に座ったまま、スウィータに狙いをすませ、放つ。
* *
時を少し遡る。
プラナスがウィルダと別れ、布団の中で一人、サクランボのヘタを結ぶ練習をしていた辺りだ。
プラナス自身、特別な意図があって、そのようなことをしていたわけではない。強いて言えば、
「キス上手の証明がほしい」
ため意地になっていた。実のところ、彼はキスが上手い。常人の倍ほども長い舌が蛇のようにうねうね動く。先日、ジンがこれに負かされたことからもわかる通り、この長さと動きがどんな男をも虜にしてしまう。
要するに、プラナスには素質があった。
ヘタを舌の上で転がし始めてから一日も経たないうちに、ヘタを複雑な形状に織り成したのだ。ウィルダが作ったものと寸分違わず同じ形である。
――思ったよりも簡単だったな。
布団から顔を出して、にんまり。
すると、偶然それを見た護衛が、
「なに笑ってんだよ、気持ち悪い」
とっくに王子としての尊厳を失っていたため、このようにひどい侮辱を受ける。
プラナスはまず怒り、次に諦め、そして自分を抑圧する。自力で立ち上がることすらできなくなった自分に、人を叱る資格はない。そう思い込む。だが、頭ではそう考えていても、体は正直に反応してしまう。怒りに手が震えるのだ。包み隠さず有り体に表現すれば、
――殺してやりたい。
というのが本音だった。
「……え?」
目を疑う。
震える手に、光を放つ弓矢が握られていた。
「お前、それ何だよ? 手品か? いや、まるで……魔法……」
生意気な護衛は正しい。
そう、これは魔法なのだ。
プラナスは知らず知らず、魔法の発動方法を修していたのだ。サクランボ王国の歴代国王が喉から手が出るほど欲しがった秘密を。
頭の片隅でそうしたことを理解しつつ、プラナスの頭の大部分は他のことに気を取られていた。
――こいつ、まだタメ口を使ってる。
無意識だった。あるいは本能的と言うべきか。
「死ね」
プラナスは光る矢を射った。