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第11話 国家権力の頂点に立つ者

 弓術はからっきし。的を狙い矢を射っても、まさに的はずれ。そんなプラナスが、今、護衛の心臓を一発で貫いたのだった。

 そう、文字通り、貫いた。

 矢は護衛の体を貫通して、壁に突き刺さっている。石でできた壁だ。いかに威力が凄まじかったかが知れよう。


 ――魔法だ!


 プラナスは確信した。

 思えば、ウィルダにキスされた直後、プラナスは一時的にひどい体調不良に襲われたが、


 ――あれってママの魔法だったのかな。


 だとしたら、母はこっそり魔法を伝授してくれたことになる。


「ありがとう、ママ」

「あ、な、何が起こった?」


 プラナスが感激しているところへ、異音を聞き付けた護衛が恐る恐る現れた。部屋へ入った瞬間、大量の血と死体が視界に飛び込んできたので、腰を抜かさんばかりに驚いた。この男、王室護衛団に所属している割に肝の小さな軟弱者であった。

 プラナスは、顔も悪く腕っぷしも弱いこの護衛のことを好きではなかったため、


「その死体、こっそり処理しといてよう」


 と目も合わせずに言った。

 一方、護衛の方では身体不自由の王子を見下しており、


「あ、意味わかんないこと言うなよ。こ、これどう見ても上に報告しなきゃいけないだろ……」

「ふーん。ぼくの命令に従わないんだ?」


 早くも強気な性格に様変わりしたプラナス。にやりと笑って手元を見たものの、さっきまでそこにあった弓矢がない。もしやと思い、新しいサクランボのヘタを口の中で結ぶと、


「やっぱり! 出てきた!」

「え!? な、何だよ、その弓矢? ど、どこから出した!?」

「一度使ったら消えちゃうんだろうな」

「あ、おい、俺の質問に答えろって」

「きみの名前って何だっけ?」

「り、リオス・エリトレフだけど……」

「今からきみの家族を殺しに行くね」


 光る弓矢を向けられたリオスは、恐怖のあまり動くことさえできない。落ちこぼれの脳でも、プラナスが魔法使いであることや、転がっている死体がその犠牲者であることくらい、想像がついた。


「ほら、どうしたの? 実家まで案内してよ。それとも、きみを殺そうかな。死体の処理は次にこの部屋へ入って来たやつにやらせればいいもんね」

「う……」


 リオスは細い目を更に細めてプラナスを見つめる。すると、どうしたわけか、最初は恐ろしいだけだった王子が次第に神か天使の如き存在に見えてきたではないか。

 リオス・エリトレフ。

 どちらかと言えば、平均より下の人生を歩んでいる男だ。出世の見込みがあるでもなし、嬉しい縁談が持ち込まれるでもなし。自分でも自分の将来に何の期待もできない。


 ――だったら、ここで賭けてみるべきじゃねえか?


 リオスは平伏した。


「ぷ、プラナス王子殿下、あ、お、俺はあなたに忠誠を誓います!」


 口をぽかんと開けるプラナス。

 やがて喜びに包まれ、にんまり。


「じゃあ、すぐに死体を隠蔽して。あと、おやつを持って来てね」


 無能で根性なしで嫉妬深いプラナス。今、彼は人生で初めて他人に誇れる得意分野を見つけた。同時に、人生を逆転させる大いなる予感も……。


     *     *


 さて、話を戻そう。

 王族会議の場にて、プラナスはスウィータへ魔法の矢を放った。

 やはり威力は凄まじく、矢はスウィータの体を貫通し、壁に突き刺さる。そして、すぅっと消える。


 ――魔法!


 シェリーズは瞬時に察する。が、それより母だ。大量の血を流しながら痙攣しているスウィータは、まさに一刻を争う状況。シェリーズは母に駆け寄り、呼び掛けるが、反応はない。


「兄上! よくも……」


 はっとして、固まる。

 既にプラナスは矢をつがえていた。無論、狙いはシェリーズ。

 ここは次期国王を決定する神聖な場。王族の他は、たとえ護衛であろうと入室を許されない。よって、シェリーズは誰の援護も期待できない。


「ぼくが王になるよ、シェリーズ」

「兄上!!!」


 矢が放たれた――

 その時である。

 突如、扉が開け放たれるや、一陣の風がシェリーズをさらった。

 標的を外した矢は大理石の床を砕いた。


「王子、お怪我はありませぬか」


 耳元の囁きで、シェリーズは風の正体を知り、


「随分と無茶をしてくれるな」


 思わず笑みをこぼした。

 言うまでもなく、ジンだ。シェリーズの大声を聞いて異常を察知するや、すぐさまサクランボを口の中で結びながら、会議室へ突入した。

 いくら士族でも、王族の聖域を侵すなど、場合によっては極刑に処されてもおかしくない。ジン以外の護衛は会議室内の騒動を目の当たりにしてもなお立ち尽くしたまま、おろおろとするばかりである。

 シェリーズは己が護衛を頼もしく思うがゆえ、


「私より母を優先してくれ」


 と無茶な注文をつけることもできた。

 その様子を見て、プラナスもジンの存在に気づいたらしく、


「ジン、そこにいるの!? もしかして……きみも魔法が使えるの? ぼくもだよう。ほら見て。綺麗でしょ」


 無邪気に喜ぶプラナス。

 おかげでジンは状況を把握できた。ゆえに、心苦しくも非情な決断を下さねばならなかった。


「王子……お赦しを」

「おい!?」


 ジンはシェリーズを抱きかかえ、窓から飛び降りた。この瞬間、ジンの魔法はシェリーズにも適用され、二人とも透明になっている。

 シェリーズは冷静でいられない。


「母上を置き去りにするのか!?」

「お助けする余裕がありませぬ」

「見捨てるくらいなら、共に果てたい! 戻れ!」

「なりませぬ」

「なぜ!?」

「お立場を考慮なさいませ」

「ジン!」

「王子!」


 ジンは壁を蹴ったり木に身を当てたりして、速度を緩めつつ、無事に着地したのだが、そうした動きが原因で、透明であっても、なんとなく居場所が割れてしまう。

 そこを狙って大量の矢が雨嵐の如く降り注ぐ。射かけるのは、本来なら王子を守護するのが務めの兵士たち。

 この裏には、リオス・エリトレフの暗躍があった。


「しぇ、シェリーズ王子は絶対に始末しなきゃいけない。も、もし殺せなかったとしても、潰さないと……」


 それで、プラナスがシェリーズ王子暗殺に失敗したと見るや、


「しぇ、シェリーズ王子が王妃陛下を殺害したぞ! こ、国王陛下もシェリーズが殺したんだ!」


 と騒ぎ始めた。

 根も葉もないデタラメである。普段なら、このような虚偽情報に騙される者はいない。だが、今は緊急時。立て続けに起こる歴史的事件のせいで、誰も彼も身の置き所を失い、心が虚ろになっている。こうした状況では、声の大きな主張が通る。弱い立場で世間を見つめてきたリオスならではの手法だ。

 リオスは乗りに乗って、


「あ、弾薬も使いましょう」


 と言い始めたが、


「もういいよう! やめて! ジンに当たったらどうするの!」


 わがままなプラナスによって阻まれた。

 今や、ジンとシェリーズは気配もない。きっと遥か遠くへ逃げただろう。追いかけようにも追いかけられず、兵は立ち尽くす。

 プラナスはこれを城の高い部屋から憎々しげに睨みながら、


「あーあ、逃げられちゃった」

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