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第2章 神様に見られちゃう

第12話 新体制

「ふ。まさか次期国王がプラナス王子殿下とはな」


 今日、新国王即位の儀が催される。豪商や退職した士族、他国の大使など、大勢の人々が招待を受け集まる。が、他の身分とは一線を画した緊張感に包まれているのは、貴族たちだ。

 国王崩御は、シェリーズによる乱の失敗という形で、王国全土へ広まった。オウトウもシェリーズも統治者としては非常に優秀であり、裏を返せば、貴族にとって目の上のたんこぶであった。

 そうした中での王位交代である。優れた者は舞台を去り、小者が主役になるという。

 王宮内であるにもかかわらず、貴族の口からは、


「プラナス様なら与し易いだろう」

「既に誰かの操り人形かもしれぬぞ」

「は。わしなら操りたくもない」

「王国も長くはもつまい」

「他国に媚を売っておいた方がよいかな」


 など不敬な発言が飛び出す。しかし、これらはまだましな方で、ひどいのになると、


「今なら王位を奪うことも難しくはないであろうな」


 反乱をほのめかしている。咎める者はいない。

 実際、事実上の国王となって以降、プラナスの振る舞いはひどい。王宮を改装させて至るところに宝石を埋め込ませたり、金銀を使用した服を作らせ、一日着ただけで放り捨てたり、贅沢三昧である。政事まつりごとでは、


「橋の老朽化? だったら川を塞き止めればいいよう」


 といった調子で、ほんの思い付きを実行させてしまう。

 人事面においては、リオスを王室護衛団団長に抜擢した。言うまでもなく、シェリーズを追放した件での論功行賞である。

 プラナスは自分におもねる者に地位と金をやり、意見した者には切腹か辞職の二択を突きつけた。自ら求心力を手放しているも同然だった。


「プラナス王子殿下のおなり」


 さて、プラナスが衆人の前に姿を現した。きらびやかな服が光を反射している。へらへらした態度で手を振る。リオスに車椅子を押してもらいながらの入場。


「ご機嫌よう」


 壇上で一言目を発した時――

 覆面の男が刀を抜き払い、プラナスめがけて襲いかかる。どこぞの不平貴族が放ったのだろう。かなり腕は立つようで、止めに入った二、三人の護衛を容易く斬り捨て、プラナスとの距離を即座に縮める。

 しかし……


「うわあ――」


 大きな何かが男をはたいた。


「何だ……!?」


 思わず狼狽えるテロリスト。

 木刀? 盾? にしては大きすぎる。直撃した瞬間に感じたのは、硬さよりも柔らかさだった。不思議なことだが、枝や葉のような感触がしたのだ。


 ――まるで木にどつかれたようだったが……。


 覆面の男が立ち上がり、見上げると、


「……巨人……?」


 全身緑色の大男が立っているではないか。目を凝らすと、緑色の正体が無数の木々だとわかる。つまり、身体それ自体がひとつの森のようなのだ。

 それにしても、この大男はどこから出現したのであろう。身長およそ6メートルの男が会場にいて目立たないはずがない。


 ――構うものか。


 恐怖心をかなぐり捨て、男はプラナスに顔を向ける。巨人など、どうだっていいのだ。


 ――目的はバカ王子の暗殺なんだからな。


 これがテロリスト最期の意識だった。

 一本の矢が彼を射抜いたのだ。色とりどりに光る矢が。それと同じ種類の光を放つ弓がプラナスの手に握られている。

 人々は呆気に取られている。


「これは……まるで……」


 プラナスを舐め腐っていた貴族たちも、今はひどく怯えた様子。


「まるで……魔法」

「そうだよう。ぼくの魔法【射ルミネーション】!」


 どよめきが起こる。恐れ……と言うより、困惑を伴うどよめき。

 貴族の一人が、


「おお。とうとう、ヤドリギ一族から魔法の秘密を吐かせたのですな?」

「いやいや、あたしら自身がヤドリギ一族なのさ」


 プラナスの代わりに返事をしたのは、杖を頼りに、よろよろと歩く女だった。

 貴族でさえ……いや、城に住み込みで働く士族でさえ、一目でそれが誰かわからなかった。しかし、プラナスが、


「ママ、大丈夫?」


 と呼び掛けたことで、ウィルダであると知れた。


「無理しないでって言ったじゃないの」

「あんたの晴れ姿を見ずに寝てられるかってんだ」

「ママあ♡」


 激しい拷問によって、ウィルダの美貌は損なわれた。艶やかだった黒髪は胡麻塩になり、肌はくすみ、細かい皺が増えたように見受けられる。だが、その目は相変わらず野望に燃えている。

 そのウィルダに対し、聴衆は声を震わせながら尋ねる。


「ウィルダ殿下。ご自身がヤドリギ一族とは、如何なることで?」

「言葉通りだよ。あたしゃヤドリギ。上手いこと王宮に潜り込んで、先代の国王陛下と懇ろになって、それで生まれたのがプラちゃんさ」

「あ、あの大きな男は……」

「フェスターかい? もちろんあの子もヤドリギだよ。あたしの子じゃあないけどね」


 紹介されたフェスターの体が縮んでいく。森のような体だった大男が、肋骨の浮き出た小さな子供の姿になった。先日の狩りの場にてオウトウに矢を射かけられ、死にかけた子供である。

 王宮は静寂に包まれる。最早、疑問の余地はない。ここに至って、全員が事態を把握したのだ。つまるところ、サクランボ王国は、


 ――革命を起こされたのだ!


 打つ手はない。相手は魔法を使う民族。人数も根拠地も不明。彼らを敵に回して戦をしたところで、勝ち目があるとは思えない。


「さあ、式典を続けとくれ」


 ウィルダがにっこり微笑む。

 反論する者はいない。

 粛々と王位継承の儀が進められていく。

 このままプラナスが新たな王に即位するのだと誰もが思った。

 しかし――


「あ、国宝はどこ?」


 ふと王室護衛団団長リオスが、口を開いた。

 プラナスは首を傾げ、


「何、国宝って?」

「お、王位継承の時は国宝も一緒に継承されるじゃないですか」

「ふーん」

「ふ、ふーんて……」

「それどこにあるの?」


 この問いに答えたのは、王室護衛団団長を解任されたベテランの士族男性。


「国宝のありかをご存じなのはオウトウ国王陛下とシェリーズ王子殿下のみでございます」


 プラナスが唇を尖らせたのを見て、ウィルダが慌てたように、


「まあ、いいじゃないかい、そんなものなくったって。国王になれることに変わりはないんだからさ」

「……嫌!」

「え?」

「国宝もないと嫌! ちゃんとした方法で国王になるよう!」

「プラちゃん、落ち着いて……」

「ねえ、ママ。ヤドリギ一族は王国のどこにでもいるんでしょ? だったら、そいつらに呼び掛けて。逃亡中のシェリーズを探せ、そして国宝のありかを吐かせろって!」

「で、でも……」

「言うこと聞いてくれないなら、ママのこと嫌いだからね!」


 即位の儀は中止になった。

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