「ふ。まさか次期国王がプラナス王子殿下とはな」
今日、新国王即位の儀が催される。豪商や退職した士族、他国の大使など、大勢の人々が招待を受け集まる。が、他の身分とは一線を画した緊張感に包まれているのは、貴族たちだ。
国王崩御は、シェリーズによる乱の失敗という形で、王国全土へ広まった。オウトウもシェリーズも統治者としては非常に優秀であり、裏を返せば、貴族にとって目の上のたんこぶであった。
そうした中での王位交代である。優れた者は舞台を去り、小者が主役になるという。
王宮内であるにもかかわらず、貴族の口からは、
「プラナス様なら与し易いだろう」
「既に誰かの操り人形かもしれぬぞ」
「は。わしなら操りたくもない」
「王国も長くはもつまい」
「他国に媚を売っておいた方がよいかな」
など不敬な発言が飛び出す。しかし、これらはまだましな方で、ひどいのになると、
「今なら王位を奪うことも難しくはないであろうな」
反乱をほのめかしている。咎める者はいない。
実際、事実上の国王となって以降、プラナスの振る舞いはひどい。王宮を改装させて至るところに宝石を埋め込ませたり、金銀を使用した服を作らせ、一日着ただけで放り捨てたり、贅沢三昧である。
「橋の老朽化? だったら川を塞き止めればいいよう」
といった調子で、ほんの思い付きを実行させてしまう。
人事面においては、リオスを王室護衛団団長に抜擢した。言うまでもなく、シェリーズを追放した件での論功行賞である。
プラナスは自分におもねる者に地位と金をやり、意見した者には切腹か辞職の二択を突きつけた。自ら求心力を手放しているも同然だった。
「プラナス王子殿下のおなり」
さて、プラナスが衆人の前に姿を現した。きらびやかな服が光を反射している。へらへらした態度で手を振る。リオスに車椅子を押してもらいながらの入場。
「ご機嫌よう」
壇上で一言目を発した時――
覆面の男が刀を抜き払い、プラナスめがけて襲いかかる。どこぞの不平貴族が放ったのだろう。かなり腕は立つようで、止めに入った二、三人の護衛を容易く斬り捨て、プラナスとの距離を即座に縮める。
しかし……
「うわあ――」
大きな何かが男をはたいた。
「何だ……!?」
思わず狼狽えるテロリスト。
木刀? 盾? にしては大きすぎる。直撃した瞬間に感じたのは、硬さよりも柔らかさだった。不思議なことだが、枝や葉のような感触がしたのだ。
――まるで木にどつかれたようだったが……。
覆面の男が立ち上がり、見上げると、
「……巨人……?」
全身緑色の大男が立っているではないか。目を凝らすと、緑色の正体が無数の木々だとわかる。つまり、身体それ自体がひとつの森のようなのだ。
それにしても、この大男はどこから出現したのであろう。身長およそ6メートルの男が会場にいて目立たないはずがない。
――構うものか。
恐怖心をかなぐり捨て、男はプラナスに顔を向ける。巨人など、どうだっていいのだ。
――目的はバカ王子の暗殺なんだからな。
これがテロリスト最期の意識だった。
一本の矢が彼を射抜いたのだ。色とりどりに光る矢が。それと同じ種類の光を放つ弓がプラナスの手に握られている。
人々は呆気に取られている。
「これは……まるで……」
プラナスを舐め腐っていた貴族たちも、今はひどく怯えた様子。
「まるで……魔法」
「そうだよう。ぼくの魔法【射ルミネーション】!」
どよめきが起こる。恐れ……と言うより、困惑を伴うどよめき。
貴族の一人が、
「おお。とうとう、ヤドリギ一族から魔法の秘密を吐かせたのですな?」
「いやいや、あたしら自身がヤドリギ一族なのさ」
プラナスの代わりに返事をしたのは、杖を頼りに、よろよろと歩く女だった。
貴族でさえ……いや、城に住み込みで働く士族でさえ、一目でそれが誰かわからなかった。しかし、プラナスが、
「ママ、大丈夫?」
と呼び掛けたことで、ウィルダであると知れた。
「無理しないでって言ったじゃないの」
「あんたの晴れ姿を見ずに寝てられるかってんだ」
「ママあ♡」
激しい拷問によって、ウィルダの美貌は損なわれた。艶やかだった黒髪は胡麻塩になり、肌はくすみ、細かい皺が増えたように見受けられる。だが、その目は相変わらず野望に燃えている。
そのウィルダに対し、聴衆は声を震わせながら尋ねる。
「ウィルダ殿下。ご自身がヤドリギ一族とは、如何なることで?」
「言葉通りだよ。あたしゃヤドリギ。上手いこと王宮に潜り込んで、先代の国王陛下と懇ろになって、それで生まれたのがプラちゃんさ」
「あ、あの大きな男は……」
「フェスターかい? もちろんあの子もヤドリギだよ。あたしの子じゃあないけどね」
紹介されたフェスターの体が縮んでいく。森のような体だった大男が、肋骨の浮き出た小さな子供の姿になった。先日の狩りの場にてオウトウに矢を射かけられ、死にかけた子供である。
王宮は静寂に包まれる。最早、疑問の余地はない。ここに至って、全員が事態を把握したのだ。つまるところ、サクランボ王国は、
――革命を起こされたのだ!
打つ手はない。相手は魔法を使う民族。人数も根拠地も不明。彼らを敵に回して戦をしたところで、勝ち目があるとは思えない。
「さあ、式典を続けとくれ」
ウィルダがにっこり微笑む。
反論する者はいない。
粛々と王位継承の儀が進められていく。
このままプラナスが新たな王に即位するのだと誰もが思った。
しかし――
「あ、国宝はどこ?」
ふと王室護衛団団長リオスが、口を開いた。
プラナスは首を傾げ、
「何、国宝って?」
「お、王位継承の時は国宝も一緒に継承されるじゃないですか」
「ふーん」
「ふ、ふーんて……」
「それどこにあるの?」
この問いに答えたのは、王室護衛団団長を解任されたベテランの士族男性。
「国宝のありかをご存じなのはオウトウ国王陛下とシェリーズ王子殿下のみでございます」
プラナスが唇を尖らせたのを見て、ウィルダが慌てたように、
「まあ、いいじゃないかい、そんなものなくったって。国王になれることに変わりはないんだからさ」
「……嫌!」
「え?」
「国宝もないと嫌! ちゃんとした方法で国王になるよう!」
「プラちゃん、落ち着いて……」
「ねえ、ママ。ヤドリギ一族は王国のどこにでもいるんでしょ? だったら、そいつらに呼び掛けて。逃亡中のシェリーズを探せ、そして国宝のありかを吐かせろって!」
「で、でも……」
「言うこと聞いてくれないなら、ママのこと嫌いだからね!」
即位の儀は中止になった。