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第14話 ドクダミ神父

「おやおや、ドクダミ神父はいい耳をお持ちだな」

「わたくしの耳が大きいってことですかあ? 気にしてるんですけどねえ」

「い、いや……」

「はあ。昔は大人しくて素直な少年でしたのに、どうしてこうも横柄な大人になってしまったんですかねえ? 王族としての自覚、足りてますかあ?」


 この神父、シェリーズの正体が王子だと知らずにちくちく責めているのではないようだ。続けて、おもむろにシェリーズへ近づき、細い目を更に細め、


「ちゃんと大きさを揃えて切りましょうよお」


 料理に関して、あれこれ口出しを始めた。

 最初こそ真面目に聞いていたシェリーズだが、次第に面倒になったようで、動きが雑になっていく。

 神父はこれを見逃さず、


「体の姿勢は心の姿勢ですう」


 王子の腰をぴしゃりと叩く。


「だって、そんなふうに言われると、さすがの私も嫌になるよ」

「あららあ? あなたは思春期の子供ですかあ? ご自身のお立場とご身分をわきまえておいででしょうなあ?」

「……王子です……」

「わかっておられるなら、ちゃんとしてくださあい。まずは背筋をまっすぐに伸ばしてえ、次に野菜をきちんと猫の手で押さえてえ」

「はい……」


 神父とは言え、自分より下の身分の、よぼよぼの老人である。

 そのような者から散々な扱いをされ、シェリーズは憤るでもなく、しょぼんとする。


 ――これはこれは。


 ジンは噴き出しそうになるのを堪える。


 ――こんな王子は珍しい。


 では、王子をこのように扱える神父は何者なのか。

 ドクダミ・ハウトゥイニアは、かつて王室護衛団に所属していた武士である。


     *     *


 王宮を追われたシェリーズとジンが真っ先に思い浮かべたのが、ドクダミだった。


「ドクダミさんなら王子を匿ってくれるでしょう。それも完璧に」

「間違いないな」


 二人がここまで信頼を寄せられる理由は、ドクダミがかつて王室護衛団シェリーズ担当班の一員だったからだ。元は国王オウトウ担当班に所属していたが、シェリーズが生まれると、そちらの班長に就任し、小さな王子を守ることに情熱を傾けた。

 職務の範囲は警護のみならず一切の面倒を含んでいた。


「父上も母上も公務で忙しい身だったからね、ドクダミはいわば親代わりだったよ。いや、親じゃなくて上官と言った方が適切かもね。食事作法も礼儀も勉学も何もかも彼から学んだんだけど、幼児だからって容赦してくれないんだ、あの人」


 シェリーズはよくジンに思い出を聞かせた。言葉とは裏腹に声に暖かさのあるのが、ジンには印象的だった。

 ドクダミは下級士族の生まれである。剣術道場に通い、真面目に努力し、めきめき成長した結果、剣士としての才を買われ王室護衛団へ招かれたのだ。

 ジンが王室護衛団に入ったのは、ドクダミが退団する数年前のことだった。既に年寄りの年齢に達していたドクダミだが、剣の実力は衰え知らずで、天才剣士と謳われたジンでさえ、ドクダミを相手に試合をして、


「一本も取れた試しがない……」


 本来なら大いに尊敬を集めそうなものだが、ドクダミの場合、致命的なほど容姿が悪かった。鉢のような頭と猿のような耳がやけに大きく、シルエットを悪くしている上、顔のパーツに関しても、細い目や分厚い唇、イボだらけの鼻など、ひとつひとつが最悪の形状をなしている。


「見た目など関係ない。まっしぐらに剣の道を歩め。そうすれば、お前はきっと一族の誇りとなろう」


 親からはそう励まされていたが、しかし、現実は残酷である。

 結局、武士も人の子。人を実力よりも印象で判断したがるし、嫉妬もする。誰もドクダミと親しくしようとしなかった。

 これだけ嫌われて立派な人格者でいろと言うのは無理である。ドクダミはひねくれ、いやみったらしい男になった。表情もむすっとした感じになり、すると、余計に嫌われるようになるという悪循環なのだ。

 ある時――


「あっ」

「むう」


 王宮で巡回していたところ、他班の団員と鞘をぶつけてしまった。相手は大勢で道を塞ぐように歩いていた上、ぎゃあぎゃあ喋っていたので前方不注意でもある。明らかにドクダミには非がない。にもかかわらず、


「やい、醜男ぶおとこ。気をつけぬか」

「貴様の汚い鞘が当たったぞ」

「汚いのは顔だけにしておけ」

「おいおい、よせ。あんなやつと会話などしておったら、お前らの顔までおかしくなっちまうぞ」

「わはは」

「それは困る」


 なんともひどい言葉を浴びせられ、これにはドクダミ、黙ってはいられなかった。


「正式に果たし合いを申し込みます」


 憤然と言ってのけたドクダミ。

 相手の武士たちは大笑い。

 この時点では、ドクダミは入団して間もなく、まださほど名が知れていなかった。加えて、相手の集団はいずれも大柄な男たち。その中で一番大きくて強そうなのが、


「よし、よし。では、わしが代表して戦おうではないか」


 かくして、王室護衛団員どうしの対決という、珍しい出来事が催されることになった。

 相手の男、自分が勝つに決まっていると過信し、当日は家族や仲間を大勢呼び寄せた。更に、なんと、血生臭いもの好きの国王までが参列するということで、話題が話題を呼び、大盛り上がりのお祭り騒ぎとなった。

 大方の予想は、


「あの顔は如何にも弱そうだ」


 とのことで、ドクダミ不人気であった。

 しかし、下馬評は勝負開始の一瞬で外れた。

 ドクダミは目にもとまらぬ猛攻撃で、相手を圧倒。じわじわと追い詰める。実力からすると、一撃で終わらせることもできただろうが、敢えてそうしなかった。

 前述の通り、相手は親を会場に呼んでいた。

 ドクダミはわざわざ親の目の前で、息子を斬り刻み、細切れにして殺したのだ。


「ふん」


 返り血を浴びたドクダミの笑みは、なんとも言えない不気味さをたたえていたという。

 さて、この一件後、ドクダミは嫌悪の上に恐怖までされるようになり、ますます人々との間に距離を生んでしまった。普通は退団後に、


「剣術指南役。道場。警備関係。色々ございます。お好きなのを、どうぞ」


 と世話される再就職の話も、ドクダミにはなかった。

 武士が神父になるという異色の経歴には、こうした背景があったのだ。

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