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第20話 知らなかった

 オウトウの歪んだ親心であった。息子はシスネヴラに入れ込んでいる。シスネヴラがヤドリギであると知ったら、きっと裏切られたと悔しい思いをするだろう。だから、


「おぬしに狩らせてやろうと思うてな」


 言い換えると、シェリーズにシスネヴラを殺させてあげる、と提案したのだ。

 気性の穏やかなシェリーズからすれば、


 ――正気の沙汰じゃない。


 だが、たとえ断ったところで、父はシスネヴラを捕縛し拷問するだけであろう。魔法の使い方を聞き出すために……。シェリーズの選択にかかわらず、シスネヴラに不幸な未来が訪れることは確定している。

 しばし黙りこむシェリーズ。凍りついた表情が、やがて涼しげになり、


「是非、狩らせていただきます」


     *     *


 かくして、オウトウ、シェリーズ、プラナス及び彼らの護衛たちがシスネヴラ邸を取り囲むに至ったわけだ。


「ヤドリギが見つかった」


 と言っても、それはヤドリギ一族のうちの一人が見つかったに過ぎない。そもそも、ヤドリギ一族は離散している。どこぞにヤドリギ村を作って一緒に暮らしているわけではない。

 シスネヴラは、若くして豪勢な一軒家を構えた。城下町の中で、比較的裕福な人々が住む地域だ。普段は閑静なのだろう。しかし、今は、馬のいななき、野次馬のざわめき、そして、


「ヤドリギを狩るのに邪魔じゃ」


 というオウトウの一存で始まった、近隣の住宅すべてを取り壊す工事の騒音で、風景が埋め尽くされている。

 ちなみに、家を壊された住人たちの行き場所はどうなるのか?


「知ったことではないわえ」


 オウトウは鼻を鳴らした。

 父のこうした傍若無人な振る舞いに辟易しつつ、シェリーズは兄プラナスに小声で、


「兄上もいらっしゃったんですね」


 すると、プラナスはしょぼんとした顔で、


「本当は家で寝てたかったんだけど、ママがどうしても行けって言うんだよう」

「ほう。兄上も国王陛下の横暴さには胸を痛めていなさるか」

「横暴って?」

「え? いや、ほら……家を奪われた人達もいますし……」

「庶民がどうなろうと知ったことじゃないかな」

「そうですか……」


 がっくり肩を落とすシェリーズ。

 その後方に控えるジンは、シスネヴラの邸宅をじっと見ていた。

 すると、背後からドクダミが、


「護衛泣かせな仕事ですねえ、わざわざ敵地に乗り込むなんて。どう守れと言うんでしょう」

「ええ、まったく……」

「やつがどんな魔法を使うかもわかりませんのにねえ?」

「はあ……」


 本当は知っているジンであった。

 此度の一報を受けた時、ジンは護衛職を投げ出し、ただちに恋人の救出に向かおうかとさえ思った。独断で護衛を辞めるとは、即ち、ヤドリギ一族を裏切るということ。それだけ思い詰めた。

 が、不幸中の幸い、シェリーズが自らシスネヴラ退治に出掛けるとのことで、護衛のジンも現場に同行できることとなった。安心すると同時に、シェリーズに対する侮蔑の気持ちが起こった。


 ――以前は命が何より大事だと抜かしておったくせして、舌の根も乾かぬうち、今度はヤドリギを狩りに行くだと。王族の言葉の、なんと軽いことよ。


 その想いがジンにシェリーズの背中を睨ませていた。

 と、そこへ――


「あっ」


 ざわめき。

 一瞬のことであったが、ジンも見た。

 外の様子を探るためであろう、シスネヴラが窓から顔を覗かせたのだ。


「やれい」


 オウトウの号令で、シェリーズが矢を射始める。あくまで威嚇射撃の段階だ。

 ところが、何もわかっていないプラナスが、


「ぼくも、ぼくも!」


 へらへら笑いながら、矢を放ちまくった。弟と違い、この出来の悪いプラナスは弓術が下手くそで、シスネヴラ邸の壁に当てるどころか、周囲の護衛や庶民の頬をかすめる有り様である。


「ええい、おぬしは何もするな」


 と父から注意を受けても、むきになり、尚しばらく射続けた。

 これがいけなかった。

 プラナスの放った矢がシェリーズの馬の尻に命中。馬は怒り狂い、暴れ始めた。シェリーズが馬から振り落とされ、観衆が悲鳴をあげる。

 シスネヴラが動いた。


「おい、あれを見ろ!」

「やつが逃げるぞ!」

「そっちに行った!」

「遠慮するな。抜刀しろ!」


 てっきり自分達に出番はないものと思い込んでいただけに、護衛たちは大慌て。

 一方、シスネヴラは冷静だった。最も護衛の数が少なく、尚且つ士気が低いのはプラナス担当班。一瞬でこの脆弱性を看破し、プラナスに襲いかかる。


「ひええ」

「安心しろ、王子殿下。殺しはしない」

「ぎゃあ」


 プラナスを馬から蹴落とし、シスネヴラは馬を奪って走り去った。

 同時に、ジンが走り出す。ジンは騎乗を許されている。馬に鞭を打ち、宙に投げ出されたプラナスをさっと抱え、そっと安全に着地させた。

 シェリーズがジンの馬に乗り、


「ジン、やつを追え!」

「承知!」


 後方から、


「深追い厳禁ですよお」


 と、ドクダミの声。

 しかし、シェリーズが、


「構うな。行け」


 とご命令なのだから、止まる道理はない。

 ジンは馬を飛ばす。

 どこで覚えたものか、シスネヴラは見事に馬を乗りこなし、後続のジンに距離を詰めさせない。

 やがて城下町の領域を外れ、川が海に近づけば近づくほど、暮らしが貧しくなっていく。城下町を歩くのは、庶民の中でも随分と上流の庶民なのだ。それに引き替え、今、彼らが走っている辺りはかなり下層の人々の住まう土地である。

 シェリーズは思わず、


「色がない……」


 と呟いた。間違ってはいない。シェリーズが日常的に目にする色とりどりの装飾は、金に糸目をつけずに施されたものだ。貧民の人生は、斜めの家で日々を生き抜くだけ。その目には灰色しか映らない。

 それにしても、目の前に広がる景色が、あまりにも見慣れないものであったシェリーズは、


「ジン。ここは……どこだ? 何という国だ?」

「おかしなことをおっしゃいますな。サクランボ王国ですぞ」

「信じられん……」


 ジンはついつい意地悪な気持ちになり、しなくてもいい口撃をちくり。


「仕方ありませぬ。王族の皆様は狩りだの生け花だのにお忙しいようですからね」


 シェリーズは黙りこんだ。


「王子。そろそろ馬も限界のようです」

「む……」

「周囲に人気はありませぬし、ここらで戦っても被害は出ないかと」

「わかった」


 そう言うと、シェリーズは一本の矢を放った。

 矢はひょうっと高い音を出しながら、馬の耳すれすれを飛び、地面に刺さった。鏑矢かぶらやである。

 馬は突然の異音に驚き、暴れた。

 これを御しきれなかったシスネヴラは落下。地面に叩きつけられる。


「神妙にしろ」


 と王子に言われても、まだ逃げようとしたが、


 ――動けない!?


 片方の足に粘液が絡み付いていた。


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