レオニスが真実を知ってから数日。彼は私と顔を合わせようとしなかった。
私は、彼に避けられている。内心ではホッとしていた。これ以上、彼に私の惨めな姿を見られたくはなかった。
しかし、その一方で、私を突き放してきた彼が、真実を知ってどう変わるのか、かすかな不安も抱いていた。
彼の父であるアルバノ閣下は、公爵家が政敵に隙を見せないため、私が『奔放な男爵令嬢』として隣国へ行くという建前を維持するのだろう。それが、私にとっても、呪いを解く唯一の道だった。
では、レオニスは? 彼は、どうなるのか?
考えているうちに、あっという間に隣国行きの日が来た。公爵邸の裏口から、私はごく少数のメイドと護衛の騎士と共に、港へ向かう馬車に乗り込んだ。
旅の荷物は見た目こそ豪奢、いかにも『遊びに行く』体裁が整えられている。多くの荷物は空で、船に乗り次第、輸出品として活用される予定だ。
船に乗り込み、客室に向かう途中。
私は、見慣れない騎士の一人が、すぐ近くに控えていることに気づいた。公爵家から派遣された騎士たちは事前に顔や立ち方を、頭に叩き込んでいる。この船が公爵家所有の船だとしても、何かあったときに命を守ってもらう相手になるのだから。
この配置に立つのは、ザルバさんという背が高く体格も良い方のはずだ。右腕に傷があるため左手での剣の使い方を特訓したとおっしゃっていた。しかし、目の前の騎士は、剣を携える手が、右。
(……ザルバさん、じゃない?)
違和感が、私の心をざわつかせる。この期に及んで、一体誰が?
しかし船はもうすぐ港を離れる。どうすればいい。イルーナたちに知らせる効率の良い方法は?
不審なその騎士の背中に視線を向けた、その時だった。彼は、ゆっくりと頭に被っていた兜を外した。
そこに現れたのは、見慣れた金色の髪。
「レオニス……?!」
驚愕に、私の声が上ずった。
彼の顔には、疲労の色が滲んでいたが、その瞳には、かつての傲慢さも、私への軽蔑もなかった。代わりに宿っていたのは、固い決意と、そして、複雑な感情。
碧色の目が、私を見つめている。
「父には、無理矢理承諾させた。政敵に隙を見せないためにも、私の監視下に置く、という名目でな」
彼は、私を見据えて、はっきりと告げた。
どうして。そう問いかけようとしても、うまくいかない。イルーナたちが何も言わないのを見ると、彼女たちには伝えられていたらしい。
「……呪いのことを知ったから?」
「直接の理由は、そうだ」
憐れまれている、とは、なぜか思えなかった。レオニスの目があまりにもまっすぐ、私を見ていたせいかもしれない。
何か言わなくては。そう思いながら騎士の制服をじっと見ると、装飾に違和感がある。
「……魔力の波長を変えるアイテムね。変装用のものだわ」
「ああ。俺の纏う魔力の波長を変え、お前が気づかないようにしたんだ」
「どうしてこんな危ないことを」
レオニスの目が僅かに細められる。
「お前を一人で、行かせるわけにはいかない。俺の妻になるかもしれない女性を、ちゃんとこの手で守りたい」
彼の言葉は、私の胸に、熱いものを呼び起こした。彼が、真実を知って、ここまでの決意をしたなんて、思わなかった。
「心配しなくても、公爵家の騎士は精鋭ぞろいだ。これはあくまで、俺の心の問題だ。お前の傍に常にいるわけではない」
よかった、とホッとする気持ちと同時に、彼の手へ指を伸ばしたいような気持ちになって、私はお腹の前で両手をきつく握り合わせた。右足の痛みが、今日までの日々がどれほど陰鬱で、苦しみに満ちていたのかを訴えかけてくる。
レオニスは私に何かしたわけでもない。周囲の人々が、勝手に私を『物語の悪役のようだ』と言って、その噂が広まり、今までの様な暮らしになった。そもそもは公爵家とガルシア侯爵家の敵対が原因だった。
みっともなく喚き散らしたい。じっと黙って静かにしていたい。相反する気持ちが膨らんでくる。レオニスに会うといつもこうなる気がする。子供の時に、彼と素直に話していた自分が、勝手に顔を出してくる。
「……イレーヌ、お茶を用意して。少し一緒に話すくらいは問題ないかしら?」
レオニスを見上げて問いかけると、彼は難問を前にした学生の様な難しい顔をしてから、頷いた。
「隣国に行ったことは?」
「半年前に一度。今の外務大臣との顔合わせだ」
「そうだったの。ええと……“隣国の言葉で会話する必要、
舌がもつれそうになりながら、隣国の主要言語を使う。母が紹介してくれる世界中の人々と話すために、語学の研鑽は欠かさなかった。
私の言葉を聞いて、レオニスが苦笑しながら言う。
「“ずいぶん久しぶりに使うみたいだな”」
「“だから、リハビリに付き合ってもらえると嬉しいわ”」
こちらの真意を見透かそうとするような、蒼い目が私を見ている。でも本当のところ、私だってどうしたいのか、ちっともわからなかった。
数日後、私たちは隣国の山奥に到着する予定だ。
本当にこの足は治るのだろうか。右足に、私はそっと触れてみるのだった。