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第2話 レトスとルーチェ

昼下がり、廊下の掃除をしていたら前方から小さな足音が響いてきた。前を向けばルーチェが満面の笑みで水色の髪を揺らして駆けてくる。


「どうしたんだルーチェ?いいことでもあった?」


「ねぇフィル!ピクニック行こ!」


両手を胸の前で握りしめ、トパーズ色の目を輝かせながらルーチェが提案する。その背後からは、少し息を切らしたレトスが追いかけてきた。顔にはどこか困ったような色が浮かんでいる。


「ピクニック?別にいいけどどうしてだ?随分突然だけど」


(一時間前みんなでご飯食べたよな?)


そう聞くとルーチェを追ってきたレトスが教えてくれた。


「それはねフィルさん、本で王子様とお姫様様がピクニックに行って親交を深めるシーンを見て憧れたらしい」


「フィルと私ってとっても仲良しでしょ?だからこれ以上仲良くなるって言ったらもう恋人しかないじゃない!?だからピクニック行って付き合うの!」


「「ん?」」


あまりに突飛な理論、俺とレトスは思わず顔を見合わせた。レトスの目は点になってるし、俺も何と返すべきか…言葉に詰まる。


(ちょっと飛躍しすぎじゃない?レトスの目が点になっちゃってるよ?大丈夫?)


そんなことを思ったが急に焦ったレトスがルーチェの肩を掴む。


「ルーチェ?恋人を作るの早くないかなぁ?」


(レトスの言うとりだな。流石に年齢的に早すぎるし俺よりいい人なんかいっぱいいるはず。と言うか女の子ってこんなにませるの早いの?でもレイラはこんな感じじゃなかったな…お兄ちゃんからしたら心配だよな)


「早いって何?愛に早いも遅いも関係ないのよ!だからフィルは早く私と付き合うべきだよ!」

「「うーん違うそうじゃない」」

「なんで分かってくれないの〜!」


(やはりこのぐらいの歳は先走ることが多いのだろう、ここはルーチェの今後の為に訂正しとかなきゃいけない)


最年長枠のフィル、ここは妹分の勘違いを正さなければと決意する。


「なんでって言っても…なぁルーチェ、俺よりいい男なんかこの世の中にはいっぱいいるんだぞ?確かに俺は…」


「いないよ!」「へ?」


「フィルよりいい人なんているわけないよね?ねぇお兄ちゃん」


(ルーチェ、ちょっとだけビビったがレトスはこっち側!これは勝った!)


「それは間違いないよ」


(同意すんなよ!…妹が変な方向行こうとしてんだからなんとかしろよ)


「ルーチェ〜?ちょっと目が怖いかなぁって思うんだけど…」


「あ、ごめんね?フィルがあまりに変なこと言うから…だからもっと自信持って!」


(確かに、ルーチェからしたら上の兄貴分が自信無さげなことを言ったら嫌か、今後は気をつけなきゃな)


「悪いなルーチェ、心配かけたお詫びにピクニック行くか!」


「やったー結婚だー」


また飛躍してない?





▲▽▲▽▲▽▲



孤児院から少し離れた場所にある天然の花畑。春風が運んでくる花々の香りが、まるで歓迎の挨拶のように三人を包み込む。


「やっと着いたー早く座ろ!座ろ!」


「はいはい少し待ってな」


固有魔法 「創造クリエイト


俺は軽く笑いながら手を広げ、魔法の力を呼び起こす。淡い光が手から溢れ出し、空気の中で形を作っていく。そう言って俺は“魔法”で椅子とテーブルを作る。


「相変わらずごい魔法ですよね、物を作るんて」


「便利な魔法だよなぁ、これだけは自分の才能に感謝かな」


「流石フィル!」


(そうこれは俺の“固有魔法”である創造の力、家系魔法がない代わりに固有魔法があって本当に良かった。お陰でこう言った材料が簡単な物であれば多少大きくても作れるし、何より節約になる!)


固有魔法に家系魔法、固有魔法は個人に宿る魔法で家系魔法はその家の血がなければ使えぬ魔法。フィルは孤児、その為家系魔法はない。


「じゃあ準備するか」


「うん!」


フィルの号令と共にピクニックの準備が始まった。




▲▽▲▽▲▽▲




「おー美味しそう」


机の上にに綺麗に配置されたサンドウィッチとアップルパイ。思わず声が漏れる、パイ生地の焼き色は絶妙で、リンゴの甘い香りが鼻をくすぐる。


「でしょ?レイラに教えてもらって作ったのよ!」

「僕は何もしてないですよ。全部ルーチェが一人で」

「フィルに喜んで欲しくて頑張ったの!褒めていいよ!」


(これをお披露目する為でもあったのかなぁ可愛いなぁ)


無意識にルーチェの頭をぽんぽんする。


「本当に二人ともありがとう。俺はきっとこの時間を忘れないよ」


「大袈裟だね本当に」「フィルが嬉しいと私も嬉しい!」


「大袈裟なんかじゃないさレトス、本当に嬉しいんだ」


フィルは実感していた、家族の成長を、自分が見ていないところでもちゃんと成長しているということに。


「この程度わけないよフィル、それぐらい僕たちは感謝してるんだ」


(そう…本当にフィルには感謝してるんだ、僕たちを救ってくれたことを)






▲▽▲▽▲▽▲







レトス・ドクトリンはドクトリン家の正妻の唯一の男の子として生まれた。


兄弟には姉は二人、二つ下の妹が一人、何不自由なく家族達と暮らしていた。ドクトリン家はそこそこの貴族で生まれた時から数多の英才教育を施された、確かに大変ではあったがその分、欲しいと言った物は直ぐに手に入れることができたし、家族は自分に優しく唯一の妹のルーチェは可愛いくてしょうがなかった。


魔法に関しても授業を受けるたびに新しい魔法を覚えられて、ドクトリンの神童と同年代の者達にも一目置かれた。毎日が楽しくてしょうがなくて将来は家族とこの家の者達を支えていくと本気で思っていたのが8歳の時だった。


違和感を持ったのは本当に偶然だった、屋敷の裏庭で妹のルーチェが泣いているのを見た。ルーチェはとても明るくて元気な子だ、泣いているのを見るなんて本当に幼い頃に怪我をした時以来だったから柄にもなく大きな声で心配してしまった。


「大丈夫か!どこか怪我をしたのか?」


「お兄ちゃん?…大丈夫だよ?ちょっと本を読んで感動しちゃっただけだから」


「そ、そうか…本当に大丈夫なのかい?」

「うん!大丈夫だよ」



(あんまり突っ込んだら嫌われてしまうだろうか…)


「でも何かあった僕に頼って良いんだよルーチェ?もしルーチェに何かが起きても必ず僕が守るから!」


「うん…分かった」


どうしてこの時の違和感を大事にしなかったのか、僕は一生後悔している。



▲▽▲▽▲▽▲




それから数日経った時のことだ。


「レトス、今度の教会への見回りについてこい」


食卓で父から告げられた。ドクトリン家はネーベ教の教義を広める教会の保護をしている。その為に四半期に一度だけ数人の配下を連れて管轄の教会の見回りや薬品などの支給をするのだが…子供である僕どころか姉まで連れて行ったことはないはずだ。


「僕がですか?」


「そうだ、お前は俺の後継者として今のうちに仕事を見た方がいいだろ」


(正直に言えばめんどくさいけどしょうがないか…)


「分かりました、父上。是非とも一緒に行かせてください」


「うむ、私がいない間はいつも通り頼んだぞ」


「分かったわお父様、レトスもしっかり頑張りなさいね」「レトスなら大丈夫よ」


いつも通り姉さん達は適当にそう言った。


「しっかり責務を果たしてくるよ姉さん。ルーチェも他の人に迷惑をかけない様にね?」


「うん…お兄ちゃんも頑張って」


「しっかりお土産も買ってくるから元気出してよ」



この時妹が引き攣った笑顔をしているのを僕は気づかなかった。




▲▽▲▽▲▽▲





見回りを始めて2週間が経った


「そろそろ館に着く、準備しなさい」


「分かりました父上」


始めての長旅のせいか案外疲れてしまった…でも有意義な体験も出来た。

王都に始めて行くことができたお陰で見知らぬ本も沢山買うことが出来た、ルーチェもきっと喜ぶだろうなぁ…

ルーチェの笑顔を考えると自然と顔が緩み切ってしまう。そんなことを考えていると…


「つきましたよ?お坊ちゃん」


「もう着いたのか、ありがとう爺や」


本を持って馬車から降りると姉さん達が迎えてくれた。


「あらおかえりなさいレトス」


「姉さん達…ただいま、あれ?ルーチェは何処です?」


(姉さん達はいるのにルーチェがいない…この時間帯は特に何もないはずだけど…)


「ルーチェ?知らないわ」「私も知らないわね」


「知らない?」


どうでもいいことかの様に反応する姉さん達に不気味な雰囲気を感じたのだ。普段から適当な姉さん達だけど、今日は妙に嫌な予感した。何かとても恐ろしいことが起きてると…漠然とした不安が脳裏をよぎった


(今すぐにでも確認しなくては!)


いてもたってもいられなかった。家族の制止の声を無視してルーチェの部屋に向かった



ーー。


ーーーー。


ーーーーーーーー。


「は……は?」


部屋はもぬけの殻だった


「レトスそんなに焦ってどうしたの」


焦ってる自分とは裏腹に呑気な声をあげる姉を見て、理解ができないまま服を掴み叫んだ。


「どうしてルーチェの部屋に何もないんですか!一体何処にやったんですか!」


「何処にって言われてもね〜?」「そこらへんに捨てたのだからわからないわ」


「捨てた?一体どうして!?どうしてそんなことを!?」


普段と変わらない笑顔のはずなのに…姉さんの笑顔が不気味でしょうがない。


「貴方のためなのよレトス?妾の子なんて穢らわしいじゃない?」

「あんなのが妹とバレたら貴方の汚点となってしまうでしょう?」

「でも貴方は優しいから…変な噂が出回る前に私たちが対処したあげたのよ?」

「それに妾の娘があんなに好待遇だったのは奇跡だったんだから」


「何を…妾の子なんて…そんなの家族には関係ないでしょう!!」


何を言ってるんだ?一体何を………目の前にいるのは本当に姉さん達なのか?もっとおぞましいナニカではないのか?他の家族は知っているのか?いや知っているに決まっているだろう、でなければ部屋にあった荷物を全て捨てるなんて不可能だ。


待て、こんなことを考えてる暇があるのか?今すぐ助けに行かないといけないんじゃないか?でもどうやって探す?がむしゃらに探して見つかるのか?この思考に意味はあるのか?もう奴隷商に捕まってるかも知れないのに……早く助けに!


混乱した思考の中ふと冷静になった自分がいた。


(もし見つけられたとして何処に逃げればいい?家にはもう妹の敵しかいないのに……なら二人で逃げるか?それしかないのか?)


レトスは追い詰められていても冷静に客観的に状況を見ていた。だからこそ二人で逃げるという選択肢しかないことにすぐ気がついた。


(今すぐ準備をしよう!地図に服に金貨、光魔石に携帯食…水は魔法でいい、これ以上は荷物は増やせないか…よし!探しに行こう)


レトスは家を飛び出し家族の制止の声を無視して街を走り回った。


「すいません!どなたか私と同じ色の髪をした少女を知りませんか!どなたか知りませんか!」


(焦るな、きっと見つかる!見つけて見せる!)


「僕の妹なんです!見つけた方には賞金も払います!」


(きっと…きっと見つかる筈だ)


「本当に知りませんか!?本当に大切な妹なんです!」


(見つかる…見つかるはずなんだ…見つけなくちゃ、こんなのおかしいんだ)



がむしゃらに探し回って1日がたった。家からの追手から逃げるため一度路地裏に隠れるが…落ち着くと嫌な想像が止まらない。


(本当にルーチェはいるのか?家からの追手を撒きながら探すのにも限界がある…目撃情報も一定時間帯から急に無くなった…

もしかしてもう……いや、そんな筈はない!絶対に見つけて…)





「お兄ちゃん…?」


「え?」


ずっと聞きたかった声が後ろから聞こえた。


振り向くと変わり果てた妹がいた

瞳は光を映さず目は見開き隈がすごい…恐怖で寝れなかったのだと察せられた、服はボロボロでうす汚れている。

骨が浮いて見えるほど体は痩せ細って……自分が知っていたルーチェの姿はもうなかった。


「お、お兄ちゃん…お兄ちゃんは私のこと嫌い?」


泣きそうな顔でルーチェはそう言った。


僕はなんて愚かな者なんだろう…自分の才能に知らず知らずのうちに溺れて天狗になっていた…最愛の妹を守ると誓っておきながら家にいる者達の悪意に気付かずに…自分のせいで悪意に晒された妹はどんな気持ちだったのだろう。怖くて怖くてしょうがなかったはずだ。


少なくともこんなことを聞いてくる様な子ではなかったのだ、僕の愚かさが妹に消えない傷をつけてしまった。


気ずいたら妹を抱きしめていた


「ごめん!本当にごめんっ、もう二度離れないからっ…必ず守るから。もう約束を破らないから」


「一緒?ずっと?」


「あぁ、ずっと一緒だ」


堪えていたも何かが決壊したんだろう、普段あんなに可愛い妹が顔をくしゃくしゃにして泣き出した。


「う、あぁ、ぁっ、あぁぁっっ、あっ、あぁぁぁ」


妹が胸の中で泣き始めた

悲痛とも言える叫びだった


「怖かったっ、怖かったよぉ…お兄ちゃんに会えないまま死ぬのが怖かった!死ぬのが怖かった!」


「だからもう…離れないで一緒にいて!何処かにいかないで……」


「あぁ、何度でも言うよ。ずっと一緒だ」


誓うよ、ルーチェを今度こそ守りきるって


その日、ドクトリン家の跡継ぎが消えた




▲▽▲▽▲▽▲





「お兄ちゃん?何処に行くの?」


「街に行くのさ。家の奴らに見つからないとこで保護してもらおう」


レトスは妹にご飯を食べさせ新しい服を着せるとルーチェを背負い街を出た。

商人の馬車の荷台に隠れて関所を抜け、数日経って頃に頃合いを見て抜け出し、現在広大な野原を歩いていた。


(馬車の移動時間を鑑みるとここはきっとマゴ平原かな、来たことがない場所だけど魔物は危険度1しかいない様だし対処できるだろう…街までは山一つ超えなくてはならないけど朝方に出れば夕暮れには着く筈。そして街の孤児院に保護して貰えばいい、ドクトリン家の管轄外の街だし、いざバレてもまた逃避行を繰り返せばいい)


「お兄ちゃんがいれば何処でもいいや!」


「俺もルーチェを守れるなら何処へでも行くよ!だから約束して欲しいことがある。これからの道中僕が嘘をついても黙ってついてきてくれ。ルーチェを守るために必要なんだ」


「うん!分かった!」


(よし、ルーチェも少しは元気を取りもどしてる)


幸せを噛み締めていると目の前に二つの人影が見えた。


(距離のせいかもしれないけど小さいな…僕たちと同じぐらいの子供か?もしかして近くに孤児院があるのか?)


別に街から外れた場所に孤児院があるのはおかしなことではない。


魔物が出ると言っても危険度1の魔物しか出ないのであれば王都からも建設許可は出る。


(正直野宿は危険だと思っていたしルーチェにも負担をかける…もし孤児院に泊めさせてもらえるならありがたい。よし!話し掛けてみよう)


「お兄ちゃん?」


「あの人達と少し話してくる。岩の裏に隠れてくれ」


「大丈夫なの?」


大丈夫という絶対の保証はない、でも相手は子供だ。ならば何かあっても対処はできるはず、だから自信を持って答えた。


「大丈夫さ」


少し前に出ると向こうも自分に気づいた様だった。


「……!」「?……、?」


(何か話している様だが、わからないな)


観察していると、僕が気になったのかこちらまで走ってきた。


「え!やっぱ子供じゃん!迷子?家出?」

「迷子はないだろフィル兄…身なりはそんな良くねぇけど…服自体はいいもん着てやがる、貴族か?」


(へぇ、驚いたな、まさか当てられるなんて…そしてやっぱり二人共まだ子供だ。と言うことは近くに孤児院がある可能性が高い。嘘をついて様子見かな)


「いやいやただの平民です、そして言いにくいのですが…実は今迷子になってしまって困ってたんですよ」


「やっぱ迷子じゃん!じゃあ俺達の孤児院に泊まるか?歓迎するぜ?」


「孤児院か?あの家」


「身寄りのない子供が集まってる家は孤児院だよ」


(なんだ?2人がいる場所は孤児院じゃないのか?)


「ん?お二人は孤児院に住んでいるんですか?」

「まぁまぁくればわかるよ」


僕の微妙な表情を感じ取ったのか、僕と同年代ぐらいの子が説明してくれた。


「ちゃんと説明するとよ、俺とフィル兄含めた三人が共同で暮らしてるんだ。そして住んでる家を孤児院って言ってる」


「おいおいライが説明したらまるで俺が不真面目みたいじゃん」


「不真面目だろ」


(ん〜…とりあえず嘘はついていなさそうだな…1日…いや2日だけでも泊めさせてもらえるだろうか?)


「なるほど…ではとりあえず一緒に行ってもいいですか?このままでは夜になって危険ですし…」


「いいよ!」「いいぜ」


「ありがとうございます。妹もいるんですが大丈夫ですかね?ほらルーチェ出ておいで」


岩の後ろからルーチェがとことこと出てくる。


「おー妹さんもいたのか〜大変だったろ?」


「いえいえ、むしろ妹に元気をもらっていますよ」


「かっけー兄貴だな、ルーチェちゃんっていうのか?よろしくな」


家の者と以外あまり話したことがないルーチェは緊張しながらも自己紹介をした。


「は、はじめまして!ルーチェと申します!」


辿々しくも精一杯挨拶するルーチェに三人は優しい雰囲気に包まれた。



▲▽▲▽▲▽▲



レトスは二人に案内される道中に事情を話した。勿論嘘は混ぜるが。


「へーじゃあ二人で迷ったんだな…大変だったなぁ」


「帰ると言ってもここからあそこまでっつったら歩きだと相当な距離だしな」


「はい…不幸にも迷ってしまった様ですがが運に恵まれましたね。お二人と会えましたし」


「おいおい〜褒めてもシチューぐらいしか出ないぞぉー」


「シチュー食べれるの!やったー!」


フィルがルーチェを抱えると肩に乗せた。ルーチェは少し驚きの表情を見せたがすぐに満面の笑みに戻った。


「たか〜い」「だろ〜」


「随分楽しそうですね。もうすっかり懐いてます」


レトスは驚いていた、緊張しいルーチェがもうほだかれていることに。


「フィル兄には今まで妹分が出来たことないから嬉しいだと思うぜ。ルーチェちゃんは可愛いな、まぁその分兄貴のお前が大人びてんのかもな」


「2歳下ですからね…可愛い妹ですよ。お二人の他にもう一人いるとお聞きしましたがどんな人なんです?」


「姉貴分っていうのかなぁ〜まぁ会えば分かるぜ」


(姉か、嫌なことを思い出すな。まぁそんな人ではないと願いたいが…)


「お二人の家族ってことはさぞかしいい人なんでしょうね」


「貴族様は随分と口がお上手だな」


「はは…平民ですよ」


「はっ!どうだかな」


若干牽制し合っている二人の空気を裂くかの様にフィルの声が響く。


「見えて来たぞ〜」


「わぁ!綺麗で大きなお家ね」「おぉ」



そんな風に声が漏れるほどには素晴らしく綺麗な家だ、広大な野原にポツンと建っている。

元からあったものを転用したのだろうがライムグリーンの壁と庭の花壇合って蕭灑な家になっている。


「素晴らしい孤児院?ですね」


「だろ?色塗ったり補修工事したり頑張ったんだよ」


「でもすごい綺麗だよ〜」


「そう言って貰えると嬉しいもんだ、じゃあどうぞごゆっくり」


ギィぃぃぃぃ


大きな軋む音を鳴らしながらドアが開くと洗濯物であろう服を持った一人の女性が立っていた。


「あら?どうしたの?その子達」


「ちょっと色々あって…」


話そうとするフィルを手で制す


「大丈夫ですよフィルさん、僕からお話しします」


「あっそう?」


「はい、初めましてレイラさん、私はレトスと申します。隣にいるのは妹のルーチェです、実はピクニック中に迷ってしまって。どうか数日間だけでも泊まる場所を貸していただけないでしょうか」


そう言いながら片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げた上で、背筋を伸ばしたまま会釈をする。少し遅れてルーチェも頭を下げる。


「そんなに堅苦しくなくていいわ、レトス君にルーチェちゃん?少し仕事はしてもらうけど…それができるのなら泊まってもらって構わないわ。あととりあえず水浴びしてきなさい?詳しい話はそれからでいいわ」


「ありがとうございます。ルーチェ行こうか」「うん!」


「水浴び場まで案内するぜ」


「あんた達も汚いんだから浴びてきなさい!」


「「へい」」


(楽しい人達だな…本当に怪しい人達でもないみたいだし、久しぶりにぐっすり寝れるかも)




▲▽▲▽▲▽▲




食堂にて、五人は夕食のシチューを食べながら今後について話していた


「それは大変だったわね。1日2日ぐらい泊まっていくといいわ」


「ありがとうございます。明後日の早朝には山を超えて帰ります」


「山か…山には主がいるから危ないぞ?それに早朝もよくないな…まだ活発な魔物がいるかも知れない」


陽気なフィルさんが冷静にそう言った。


「では昼からに、それで主っていうのは?」

「山で一番強い魔物ののことだよ、多分危険度は2ぐらいかな」


(危険度2か…絶対に勝てないレベル帯だな…ルーチェもいるし出来れば安全な道で行きたい)


危険度、名の通り魔物の危険性を表す数値。


危険度0:無害かほぼ一般人でも対処可能なレベル


危険度1: 武や魔法を使えるのもなら対処可能なレベル


危険度2:兵士1人が必要になるレベル


危険度3:騎士や強い冒険者でないと対処不可能なレベル


危険度4:都市の脅威となるレベル、討伐隊が必要


危険度5:地方全体に影響を与えるレベル


危険度6:複数の都市や王国の一部を脅かすレベル


危険度7: 国家存亡の危機をもたらす存在


危険度8:世界を壊せるレベル



「出る時間帯などは分かりますか?」


「魔物だし夜は論外ってことしか分かんないな、実際に会ったことないし」


「でも頂上に棲家があるって聞いたことがあるわね」


(頂上か、もとよりそこまで行くつもりもなかった。時間が掛かっても迂回するか)


「なるほど…ではやはり昼に出て急いで駆け抜けるしかないですね」


「そうね…でも万が一があるかもだからフィルを連れて行きなさい。こんなんだけど案外強いわ」


中々に強めの勢いでフィルの頭を叩きながらレイラは言う。


「いえいえ…これ以上迷惑をかけるわけには」


「別に気にしなくていいのよ?」


「いや、お気持ちだけでも…ありがとうございます」


「そう…分かったわ、じゃあみんなお皿下げて〜もう寝るわよ」


「「「はーい」」」


そんな問答をしてから2日たった日の昼時。レクトとルーチェは玄関にたち、フィル達に見送られていた。


決して嫌な時間ではなかった、むしろ家族を忘れられるほどには楽しく忙しい2日間だった。ここに居る人は皆優しく今も僕達の見送りをしてくれる。妹はまだ自分の背中で寝ている、相当精神的にも体力的にも参っていたんだろう。


「じゃあなレトス、俺らあんま学がないから話聞いて面白かったよ」


「そうだぜレトス、またこいよ」


フィルさんにライ、とても優しく面白い人達だった


「そう言って頂けると幸いです…」


「ルーチェちゃんにもよろしくな!」「じゃあまたいつか!」


玄関を出て見送られ歩き出す。



(とてもいい人達だった…嘘をつくのに罪悪感が溢れるほどに。でも慣れなければ…これからずっと逃げるんだから…ずっとずっと……そうだずっと逃げなければいけないんだ、僕は別に逃げれるだろうし逃げる覚悟もしてる。でもルーチェはどうだ?今回の家出でも疲れ果ていたのにずっと追われて神経をすり減らされて大丈夫なのか?大丈夫な訳がない……でも安心出来る場所なんかない…ここは本当に大丈夫なのか?本当に…)


信用してもいいんじゃないか?


どうしてこんな目に…


悪い人達ではないのは分かる


ルーチェも懐いてる


でも本当に信じていいのか?


僕達を売るかもしれない


信じるってなんだ?


親にすら裏切られたのになにを信んじたらいいんだ


バカみたいに信じてルーチェを失いたくない


だから僕は…やっぱり…


今の僕はどんな顔を…


孤児院を背にルーチェを背負って歩く、山麓を歩いていた辺りでルーチェが起きる。


「......んっ。お兄ちゃん…?ここどこ〜?」

「ん〜?山を登ってるんだよ」

「レイラお姉ちゃんは?ライとフィルは?」


聞かないでくれ


「…。あの人達とは別れることにしたんだ。あそこにいたら奴らが追ってくるかもしれないからね」

「えー!じゃあ助けに行かないと!」

「僕はルーチェが無事ならいいんだ」

「そんなことないよ!みんなを助けに行こうよ!嘘はついてたけど優しい人達だったもん!」


うるさい


「だめだ」

「どうしてよ!」

「ダメなものはダメなんだルーチェ。分かってくれ」

「分かんないよ!みんなにあんなにお世話になったのに!」


うるさいよ…


「しょうがなかったんだ…」

「しょうがないってなにがしょうがないの!?」


なんで分かってくれないんだよ


「ルーチェを守る為にはしょうがないだろ…」

「だからなにが…!」


「しょうがなかったんだ!」


つい口から溢れた本音、それは一度出たら止まることなく…


「信じれなかったんだよ!あの人達を!またあの家にいた奴らみたいにいつか裏切ると一度でも思ったら止められなかった!人間不信に陥ってるのは分かってるよ!でもしょうがないだろ!どうしてルーチェにまで責められなきゃならないんだよ!」


「わ、私は…」


「ルーチェを守りたいから此処まできたんだ!ルーチェを見捨てることも出来たのにわざわざだ!なのにどうして責めるんだよ!僕がルーチェに何をしたってんだよ!」



ふと見えたルーチェの顔を見て、熱くなってた頭が冷水をかけられるように冷えていった。


(はっ!僕は今何を言って…)


「ご、ごめんなさいお兄ちゃん…お兄ちゃんのこと考えないで否定しちゃってごめんな…さい」


背中から震えてるのがわかった


「ひっく、だからぁ、すてないでよぉ……」


(僕は何をしてるんだ?何でルーチェを泣かせてるんだ…分かってたのに…ルーチェが一番不安を感じてるって。ルーチェは世の中をまだまだ知らない、ルーチェの中で信用出来る人は僕しかいなかったんだ……2日前まで…せっかく出来た信頼できる人達と離れたら不安に心細いに決まってるだろ、バカか僕は!)


「ごめんルーチェ!僕が間違ってた。疑心暗鬼になってた、あの人たちを信じれなかったんだ。またルーチェを失うのが怖かった…怖かったんだ」


今まで堰き止めてた感情が溢れ出した。それはルーチェへの失望でもなんでもなく、ただ大切な妹を守りたいという一心。


「もうあんな思いはしたくなくて、あの人達にも嘘をついた…信じなかったいや信じようとしなかったんだ。こんな僕を…許してくれ…失望しないでくれ…」


お願いだから


ふとルーチェに抱きつかれた。いつもの元気いっぱいの抱きつきではなく…慰めるような優しい抱擁だった。


静かに…そして僕の心を落ち着かせる様にルーチェは言った。


「失望なんかしないよ…たった一人のお兄ちゃんだもん。だからね、今からでもフィル達に謝りに行こう?お兄ちゃん」


何故かわからない…安心したからかもしれない…緊急の糸が解けたからかもしれない。ただ…ただ涙が溢れて止まらなかった


(あぁ本当にルーチェは…)


「僕なんかよりよっぽど……」


「どうしたのお兄ちゃん?」


バレない様に目を擦る。


「いや、何でもない。今から謝りに行こう、そしてまたあそこで暮らさせて貰えないかきこう。許して貰えるかはわからないけれど…」


「許してくれるよ!フィルもライも優しいもん!」


「レイラさんもな」


「「あはははっ!!」」


久しぶりに心の底から笑えた。

もう心は軽かった。ただ解放感だけが体を満たしていた。

だからこそだったのかも知れない、後ろから殺気を感じれたのは…



「ゴグルゥゥゥゥゥ」


「「え?」」


後ろを振り向きトパーズの瞳に飛び込んできたのは5M級の熊型の魔物だった。


(なんてデカい魔物!まずい…!早く魔法を!)


レトスの判断は早かった。咄嗟にルーチェを抱えて後ろに飛びながら魔法を放つ。


初級水魔法 「水弾セレスト


高速の水弾が熊型の魔物を撃ち抜く。


「ガァアッァァァァ」


今までのレベルの魔物だったらここで終わっていた。


(効いてないのか!?いや通りが悪い……この見た目にこの強さ間違いない)


「山の主…か…」


(ルーチェだけでも逃がせるか?落ち着け…焦るな、焦るな…このままだと二人とも死ぬ)


攻撃され激昂した山の主がレトスを睨み姿勢を低くし猛獣特有の4足歩行の臨戦体勢を見せる。


必ず目の前の相手を葬ると誓った体勢。


睨まれたレトスは直感する。


(ダメ…ダメだ、絶対に勝てない。でもルーチェだけでも…)


「ルーチェ逃げろ!山から降りて助けを呼んでくれ!」


「で、でも!」


「でもじゃない!早く!大丈夫だ、絶対死なないから。だから助けを呼んでくれ!ルーチェ」


ルーチェは何も言わなかった。ただ走り出した。


「大丈夫…これでいい、ルーチェはきっと助かる…」


「グルゥロォォォォォォ」


大地を割るほど勢いで山の主はレトスに爆進する


初級氷魔法「氷壁ラシスト


(氷の障壁…これなら!)


「グラァァァァァァァァ」


勢いを失わないまま氷の障壁を貫通しそのままレトスを殴り飛ばす。

木を何本も投げ倒しながらレトスが吹き飛んだ。


「げっほ、かはぁっあ•••••!」


(何が起こった?殴ってきたのか?くっそ…化け物め)


一呼吸おいて再び山の主はあの戦闘体勢をとった。


(判断を間違えた!もっと時間を稼がなきゃ。またあれがくる!いや、でも…防げないの分かってる…骨が折れて息を吸うのも苦しい…逃げたいな……逃げたい、逃げたい逃げたい逃げたい!)


立とうとしても腰が抜けて立てない。


勝てないって心の底から分かってる…怖くてしょうがない…


「死にたくないなぁ…まだ…もう一度ルーチェと…一緒に」


死にたくない…



死にたくないよ…



「グォォォォォォォォォォォオ」


再び山の主が爆進する時!





レトスの後ろから一つの石ころが山の主に投げられた。




「グルロォォォ」


(石…?ルーチェか!?何で……)


逃した妹が帰ってきてしまったのだろうか…そしたら再び覚悟を固めなければならない。


急いで不安から後ろを振り向いたが…


「おい、お前…何してんだ」


先刻別れを済ましたはずのフィルが立っていた。


「フ、フィルさん?どうして」


「不安だったからやっぱ追いかけてきた、ルーチェから聞いたよ」


「そ、そうですか…うぐっ、くぅっ!でも逃げて下さい!絶対勝てません!」


(この人達まで巻き込むわけには…)


焦りと痛みからかつい言葉が強くなってしまったけどしょうがないだろう、早く逃げろとそう言おうとした瞬間。


”ぽんっ“と頭を撫でられた。


「よく頑張った…よくルーチェを逃した。怖かったろうに…よく…よく耐えた、頼りないかもしれなけどさ…あとは俺に任せてくれ!」


微笑みながらフィルは腰に携えてた剣の柄を握り締める。


たった2日間だけでもフィルのことはよく分かってたつもりだった。

優しくもどこか抜けてて頼りない…そんな人だと思っていた。


だけどどうだ、そんな頼りないと思っていた人の背中は


今までのどんなものよりも大きく感じた。

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