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第3話 新たな居場所

山の中腹の一角、今戦いが始まろうとしていた。


山の主に相対するは齢11の子供、片手には無銘の剣。対する山の主はフィルの剣を警戒してか様子を伺っている。


「来ないならこっちからいくよ」


先に動いたのはフィル。


初級 無属性魔法「無化ギアス


(無属性!?身体強化の魔法!)


魔法を唱えるとフィルの身体を白き光の粒子が纏れる。


それに反応した山の主、当たれば即死するであろう巨大な鉤爪で切りかかる。


上から振り下ろされる鉤爪避ける為、力強い踏み込みでの加速を用いて前へ、股下を通って裏をとり、そのまま空中に飛んで剣を振り下ろす。


アスター流 「白閃びゃくせん


首から背中へなぞるように一閃。着地からそのまま両足の健へ斬り込みを入れながらも冷静に距離を取る。


「グオォォォォォォォォォ」


レトスの魔法では全く傷つかなかった山の主はなす術なく倒れ込んだ。フィルの連撃は深傷とは言わずとも、間違いなく山の主へダメージと恐怖を与えていた。


この一連を見ていたレトスは驚愕していた、とても自分より二つ歳上といえど信じられる動きではなかったからだ。


(す、すごい!僕の攻撃じゃ効いた素振りすら見せなかったのに!しかも今のは無属性の身体強化魔法?初めてみた!しかも今の動き…闘気を纏って技を…なんて人だ)


「グルォォォォォオオオオオオオ」


山の主の咆哮が空気を揺らす、自分を傷つけた相手殺すという意志を示すために。あまりにも強烈な咆哮に叩かれて二人の動きが固まる。


そのままフィルを殺すため、巨木のような腕を振り回す。当たったら一瞬にして意識どころか命まで刈り取られるであろう一撃を間一髪で仰け反って避ける。


「あっぶ!」


フィルは冷静に一旦距離を置き再び正面に向かい立つ。


「いいよ、そっちからこい」


先の攻撃を警戒して自分から攻めるのではなくカウンター重視の戦法に変えたフィル。山の主も警戒して飛び込まずにいたが、痺れを切らして巨大な腕で薙ぎ払う事を選択。


「ぐるァァァァっ」


「流石にもう当たんないよ」


完全に動きを見切ったフィルは薙ぎ払いをを飛んで避けながらきた腕を切りつけ、紫の血が飛び散る。


「これで腕一本はもう使えな…!」


腕一本を使えなくし油断したフィルに対して、間髪入れずに噛みつきを選択する山の主。


「まっずい…なら!」


初級 無属性魔法 「無弾ギアド


そう唱えると白い波動弾が、噛みつこうとする山の主の口の中で爆ぜる。


「ガアァァァァっ」


怯み後退する山の主…その隙を見逃すフィルではない。そのまま前へ飛び出しもう一度放つ。


白閃びゃくせん!」


先程とは違い横にはなった「白閃」で両目を斬りさき腹を刺す。


「ブルォォォォォォオオオオオオオ」


感じたことがないほどの痛みと両目の目の光が失われ混乱し悶え倒れ込む山の主。せめてもの抵抗で暴れる回るが先刻の様な覇気はなく…弱弱しい攻撃を避けながら首元へ…そして…


「悪いな…」


山の主の首が舞った。




▲▽▲▽▲▽▲




(なんて人だ…あの化け物を無傷で…結果だけ見れば一方な戦いだった)


レトスは見ていた戦いのレベルに多々呆然としていた、自身の出血も忘れて。心配そうな顔のフィルがこちらに向かってくる。


「大丈夫か?レトス」


「多少怪我しましたが…お陰様でなんとか」


「ちょっと止血しようか。結構出てるぞ」


痛いは痛いがそんなに血が出てるとは…頭に布を巻いてくれているフィルさんに質問する。


「そんなに強かったんですね…フィルさん」


「結構危なかったけどね…それにダグ爺って人に週1で鍛えてもらってるんだよ。その成果かな」


「ダグ爺?」


「山に引きこもってる爺さんだよ、なのにめちゃくちゃ強いんだ」


「な、成る程…」


(世の中広いな、そんな人もいるのか。神童なんて言われていたのが恥ずかしいぐらいだ)


「よしできた!立てるか?」


「なんとか…ありがとうございます」


体がズキズキ痛みを訴えているものの立てなくはない、頑張って立ちあがり辺りを見回す。何度見ても信じれないが、あの化け物の首が転がっている。


「ルーチェは?ルーチェは何処です?」


「ライと一緒に山を下ってる所だよ、流石に連れて来れないしな。それより早く此処から離れよう」


「どうしてです?これ以上の危機なんてないでしょう…山の主を倒したんですから」


「ん?あれは山の主じゃないよ」


「え?」


(あれが…山の主じゃない?そんなはずはない。間違いなく危険度2はあった筈だ…もしそれが本当なら)


「そもそもこんな麓に出ないよ、あれは鉱魔熊って種族の子供だよ。子供を殺したんだ…親が出てきてもおかしくない。だから早く離れ」


フィルが口を止め、茂みの方に鋭い視線を向けた。


「どういたんですか?」


「静かに…何か来る」


確かになにかがいる気配を感じる…しかもこちらに向かってきている。茂みを掻き分ける音が、枝が折れる音が静寂に響く。


「逃げましょうフィルさん!申し訳ないけど今の僕は足手纏いです…あれ以上の敵が来たらいくらフィルさんでも」


「いや…この気配は…」


近づいて来る


もうそこまで…


生い茂った薮から現れたのは


さっきの熊…いや


さっき死んだ熊の数倍の大きさの死骸を持った男だった。


大柄な男だ。

2mはゆうに超えているだろう、歴戦を思わせる独特な雰囲気があった。ローブで顔がよく見えないが分かる。片手には斧を持っているが戦斧ではない様に見えた、大きな伐採斧の様なもかもしれない。

もう片方の手には熊の死骸を持っている…驚愕すべきはその熊の大きさだ。7mはあるだろうか…こいつが真の山の主だと見れば分かった。


(熊の死骸…?誰だ?こんなデカいのを倒したのか?)


「一体…何者でしょうk」


「ダグ爺!」


「へ?だぐじい?」


「さっき教えたろ?この人が俺の師匠のダグラス・バフォットさん!」


フィルは誇らしげな顔でダグラスを紹介する、対するダグラスは真顔も真顔。あまりにも温度感が違う。


「ダグラスだ、この周辺の自然管理をしている。そこ小僧…名はなんと言う?」


(バフォット…?何処かで聞いた事がある家名だけど…何処だっけ、勘違いか?)


「…レトスと申します。家名は訳あって捨てました」


「そうか…二人共怪我は?」


「全然大丈夫だったよ、お陰様で」「僕もフィルさんのおかげでなんとか…」


「とは言っても怪我をしてるな…こっちに来い、回復してやる」


「ありがとうございます」


上級 木属性魔法 「癒しのヒールズエント


蔓がレトスに優しく巻きつき光を放つ。


(暖かいな…痛みが引いていく…気持ちい…瞼が重い…寝ちゃだめだ…寝ちゃ…)


「気絶したか……いい圧迫止血だっだぞ…フィル」


「そうですか?ならよかったんですけど、それにしても持ってたあの熊って」


「山の主だ…子供が居なくなって混乱していたのかいきなり襲ってきたから殺してな、そしたらこちらから轟音がしたからここまできたということだ」


「成る程…山の主が来たかと思って焦りました」


「悪かったな。これからどうする?」


ダグラスの視線はレトスに向いていた、家名を捨てた。ある程度の事情は察せられた。


「レトスを連れて家に帰るよ…それからはレトスが決めることだから分かんないかな」


「そうか…送って行ってやる。万が一があるからな」


「ありがとダグ爺…じゃあ俺がレトスを背負おっかな」


こうして山の決戦は静かに終わった。



▲▽▲▽▲▽▲




帰り道



ふと意識が戻り顔を上げる。意識は起きたばっかりだからか、それとも血が足りないからか朦朧としている。空はもう夕焼け色

に染まっている、風は涼しく心地がいい。


ふと誰かが背負ってくれているのに気づいた…フィルさんかな?暖かい背中だ、そしてとても大きな背中だって知っている。かっこよかった…あんな風に強くなりたいと心から思った。あんな風になれるだろうか…教えを乞いたら鍛えてくれるだろうか…

そんなことを考えているとフィルさんがこちらに気づいた。


「ん?起きたかレトス」


「は、はい。すいません背負わせて…降りますよ」


「いいっていいって!甘えていいんだよ、まだまだ子供なんだからさぁ」


「おまえも子供だ」


「…フィルさん」


「ん?」


これだけは言っておきたかった。これだけは…


「助けて頂きありがとうございました」


そう言った時のフィルさんの顔は面食らったかの様だった。


「…当然だよ…ほら明るく明るく!そろそろ家つくよ!」


(あぁ、本当に)


「そうですね」


(この人に会えて良かった)


「あと早く下ろしてください。結構恥ずかしいです」


「え〜いいzy」


「早くお願いします」


「はい…」



▲▽▲▽▲▽▲




孤児院


ルーチェはライとレイラと共に二人の帰りを待っていた。


「もう夕方だよ!助けにこうよライ!お兄ちゃんも助けに行かなくちゃって思うよね?!」


「フィル達を信じてもう少し待ってみようよルーチェ」


「そうだよルーチェちゃん大丈夫だって。レトスにはフィル兄がついてるからな」


「でも…」


ルーチェは不安で押し潰されそうだった…最早唯一の肉親であるレトスがあんなに大きな魔物と一人で戦っていると分かっているからだ。そこにフィルが加ったとしても到底勝てる様には思えない、それ程までにルーチェにとってあの熊の魔物は大きくて怖かったのだ。

レイラとライの二人はあの魔物を見ていないからこんな事が言えるんだと、少し怒りたい気持ちだった。


「でもフィルよりもずっと大きな魔物だったんだよ?あんなのと戦ったら死んじゃうよ!」


ルーチェは必死だった、最早自分一人だけでも向かおうとするほどに…役に立たないと分かっていても、居ても立っても居られないのだ。

そんな風に焦っている様子を見て、レイラが屈んで自分の目を見てきた。


「…あのねルーチェ、フィルは強いの」


「幾ら強くてもあんなに大きなのに勝てないよ!!」


「それが勝てちゃうの…フィルは強いからね、どんな大きな魔物だって倒してきたの。私やライを守る為にずっと…だからもう少し、もう少しでいいからフィル達を待っててくれない?必ず帰ってくるから」


レイラの眼は嘘をついていなかった。

家で数多の視線を浴びてきたルーチェだから分かる、だからこそ…


「分かった!もう少しだけ待ってみる!」


「ありがと、ルーチェ」


「てかフィル兄が勝てなかったら俺らが行った所で全員死n」


「ライ〜?」


「……でも実際フィル兄はマジで強いから大丈夫だぜルーチェちゃん。それにそろそろ…」


ライの視線の先には二人の人影があった。


「ほらルーチェ!帰ってきたぞ二人共」


「本当!早く迎えに行かなくちゃ!」


ライの視線の先へ猛ダッシュするルーチェ、それを見た二人は…


「やっぱり帰ってきたわね。じゃあライ、私先にご飯作って来るから!」


「はいよ、てかなんか影のデカさおかしくね…?まぁいいか。転ぶなよルーチェ〜」




▲▽▲▽▲▽▲




「ん!おいレトス、ルーチェがこっちに走ってきてるぞ。しっかり迎えてやれ」


フィルさんが指刺す方向を見るとルーチェが急いで走ってきていて、ライさんも後ろについてきている。

僕は勢いよく走ってくるルーチェを受け止めるために大きく腕を広げた。


「お兄ちゃーーん」


「ルーチェ!うぉ」


(構えていたのに転びそうになってしまった…怪我を治療してもらって置いて良かったな)


「無事でよかったよぉー…もう離れないから!」


「はは、大丈夫だよルーチェ。もう離れない…ずっと一緒だ」


「…うん!ずっとね!」


「あぁ、ずっとだ」


「フィルもお兄ちゃんを助けてくれてありがとう!」


「頼まれたからな、当然だろ」


「フィルかっこいい!」


「えーやっぱり?」


「ルーチェちゃん…フィル兄えを調子乗らせちゃダメだぜ、それとレイラ姉が夕食準備してるから早く帰るぞ。何故かいるダグ爺の事とかも聞きてぇしな」


「たまたまだ…どうせだ、レイラにも顔を出そう」


「おぉじゃあ今日は人がいっぱいだな!俺も準備手伝おうっと」


「私も手伝う!お兄ちゃんも一緒にやろ!」


「僕たちが出来ることなんてあんまりない気がするけど…まぁいいか」


「じゃあみんなで準備するか!」


「「おー」」




▲▽▲▽▲▽▲




食堂


卓上にはレイラ達が作ったご馳走が並んでおり壮観な眺めだ。

席は入り口に近い下座の方からルーチェ、レトス、ライ、上座にはレイラ、フィル、ダグ爺の順である。


気まずそうに最初に発言したのはレトスだった。


「すいません…少しいいでしょうか」


改まったレトスの様子を見て一同は静かに話を聞く姿勢を正す。

その様子を見てレトスは一礼、話し始める。


「まず今回の件で助けて頂いて本当にありがとうございました。間違いなく最低でも僕は死んでいたでしょう…フィルさんにダグラスさん、ルーチェを守って下さったライさんとレイラさんに今一度感謝を」


「私からもありがとうございました!」


レトスとルーチェが揃って頭を下げる。


「別に俺とレイラ姉は何もしてねぇよ」


「そうね、特段感謝されることは何もしてないわ」


「儂もだ、子供を守るのは大人の責務…当然のことをしただけだ」


「俺も〜俺が助けたかったから助けただけだし。別に感謝される為じゃないよ」


「それでもです…そして一つどうしても謝りたい事があります。皆さんに嘘をついていました」


「「「嘘?」」」


「はい…」


そこからレトスは事の顛末を話した。ルーチェが家で妾の子という理由で迫害されて追い出された事、レトスはルーチェを守る為に家から抜け出した事、二人でこの平原まで逃げてきた所でフィルやライと会って嘘をついて接触した事、誰も信じられなくなっていたこと、家からの追手がここまで来るかもしれないこと。

全て…全て話した、懺悔の様なものだったかも知れない…それともただの独白で自己満足だったかも知れない、それでも今話せる全てをレトスは話した。


「貴族ってのは何処もそんな糞なのかよ…しかもドクトリンって言ったらそこそこの貴族だろ」


「あまり気分のいい話じゃないわね」


「まぁ案外何処もそんなもんなのかもな」


「それでレトスとルーチェ…二人は今後どうするつもりだ?」


一呼吸置いてレトスは言った。


「烏滸がましいことを承知で言います。僕達を匿ってくれませんか…お願いします」


消え入りそうな声でレトスは頼んだ、誰も何も言わず沈黙が流れたのは聞いた全員が同じ気持ちだったからかも知れない。


「いいよ!嘘つかれた事は気にしてないし」


「え?」


「俺も全然いいぜ、寧ろここで見放す選択肢とかはなからねぇよ」


「私も別に大丈夫よ、水魔法使える二人がいたら今後洗濯とか楽になるしね」


「ちょちょっと待って下さい!分かってるんですか?追手がここにきて皆さんに被害をもたらすかも知れないんですよ?」


(あまりにあっさりすぎて困惑してしまった…この人達はどれだけ危険なのか分かっているのだろうか?優しいのは分かっていたが…)


「被害ってもなぁ…別に匿うだけなら何もないでしょ」


「そもそも元からお前が言わなくても誘うつもりだったよ、だから気にすんな」


「今更見捨てるわけないでしょ?」


「皆さん……それでも…」


レトスは自分がおかしいのは理解している、自分から匿ってと頼んだくせに了承されたらされたで拒絶してしまっている。それでもレトスは怖いのだ、自分のせいでフィル達が傷つくのが…恩人に仇で返すことしか出来ない自分を嫌悪している。

そんなレトスの名をフィルが読んだ。


「レトス」


「何ですか…」


呼ばれた方に顔を向ける、フィルさんは自信に満ち溢れた顔だった。まるで僕を安心させるかのうように言った。


「大丈夫」


「え?」


「大丈夫だ、レトス」


「何が…」


「俺がいるから大丈夫だよ、レトス」


目が合った、フィルさんとは思えないほど真剣な眼差しだった、『信じろ』と言われた気がした。


(あぁおかしいな…涙なんて出きったと思ってたのに…溢れてきてしまう。だめだ、反応しなくちゃいけないのに…涙が止まらない。こんな僕にフィルさんは…嬉しくてしょうがない… )


込み上げてくるものが堪え切れずに、瞼の奥に熱いものが集まってくる。


「頼っても…頼っても良いですか…?」


「「「もちろん!」」」


その後の事はよく覚えてない、でもライさんもフィルさんもレイラさんも全員が笑顔で迎えてくれたのは覚えてる。

そしてこの日から一度もドクトリン家の追手がここに来る事は無かった。






▲▽▲▽▲▽▲





「どうしたレトス?ボーっとして」「大丈夫お兄ちゃん?」


「いや…少し昔の事を思い出してたんですよ、フィルさん?」


「昔?なんかあったけ?」


「はい、僕にとって一番の思い出です」


誰にも分からない、きっと本人すら知らない英雄譚。


「へぇ〜気になるなぁ、今度教えてよ」


「ふふ、いつか教えますよ」


きっとあなたはこれからも僕たちを救ってくれる。だからそのためにも僕は頑張ります。


(ルーチェと暮らせて…ルーチェ以外にも家族と呼べる人達がいて。幸せだ)





最悪の日まであと3日

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