神崎慎は藤原悠真の特別補佐チームの一員である。
藤原陽菜の退職願を見て、本当に驚いた。
会社で数少ない、藤原陽菜と藤原悠真の本当の関係を知る人は少なく、神崎慎はその一人だ。
藤原悠真を知る者なら誰でもわかることだが、藤原悠真の心は藤原陽菜に向いたことはない。
結婚後、彼は藤原陽菜に極めて冷淡で、めったに家に帰らなかった。
当初、藤原陽菜が藤原株式会社に入社したのは、藤原悠真に近づくためだった。
彼女の最初の目標は彼の首席特別補佐になることだったが、藤原悠真は断固として拒否し、悠真の祖父が出面しても無駄だった。
結局、藤原陽菜はやむなく妥協し、秘書になり、藤原悠真の数多い普通の秘書の一人となった。
最初、神崎慎は藤原陽菜が秘書課をめちゃくちゃにするのではないかと心配していた。
しかし、結果は予想外だった。
藤原陽菜は職権を利用して藤原悠真に近づくことはあったが、節度をわきまえ、決して線を越えることはなかった。
むしろ、藤原悠真に刮目させようとしたのか、彼女は異常なほど仕事に真剣で、能力も優れていた。
妊娠・出産時も含め、一切会社の制度を遵守し、特別扱いを求めなかった。
数年後、彼女は秘書課の係長に昇進した。
神崎慎は長年、藤原陽菜の藤原悠真への想いを見てきた。
正直、彼女が自ら退職するとは思ってもみなかったし、ましてや彼女が離れることを選ぶとは信じられなかった。
今回の退職願提出は、おそらく二人の間で何か変事があり、藤原悠真が彼女に退職を命じたのだろう。
藤原陽菜の仕事ぶりは確かに優秀で、惜しいとは思ったが、神崎慎はあくまで会社のルールに従って処理した。
「退職願は受け取りました。すぐに後任の手配をします」
「お願いします」
藤原陽菜は頷き、自分の席に戻った。
仕事を一段落させた神崎慎は、オンラインシステムで藤原悠真に業務報告を行った。
終わり際、彼は藤原陽菜の退職のことを思い出した。
「藤原社長、ついては――」藤原陽菜には「すぐに引き継ぎを手配する」と言ったが、具体的にいつ退職させるかは、藤原悠真の意向を探る必要があった。
もし藤原悠真が「明日から来なくていい」と望むなら、すぐに手配できる。
しかし、言葉に出そうとした瞬間、神崎慎は思い出した。
藤原陽菜が入社した時、藤原悠真は明確に言っていた。
藤原陽菜に関する会社の事務はすべて規定通りに処理し、特に報告する必要はない、と。
実際、その通りだった。
これらの年、会社では藤原悠真は一度も藤原陽菜に関心を示さなかった。
たまたま会っても、完全に見知らぬ他人のような態度だった。
秘書課が藤原陽菜の昇進を検討した時も、藤原悠真の不興を恐れてわざわざ指示を仰いだことがあった。
その時、藤原悠真は眉をひそめ、「規定通りにしろ。今後藤原陽菜のことは二度と持ち出すな」と不快そうに繰り返したのだった。
「何か用か?」
藤原悠真が神崎慎の沈黙を破った。
神崎慎は我に返った。
「いえ、報告は以上です」
藤原悠真が藤原陽菜の退職を知っていながら一言も触れないのは、この件が彼にとって取るに足らないことだからではないか。
これまで通り、会社の規定に従って処理すればいい。
そう考え、神崎慎はそれ以上何も言わなかった。
藤原悠真はビデオ通話を切った。
......
「何ぼんやりしてるの?」昼休みに、同僚が藤原陽菜の肩を軽く叩いた。
藤原陽菜は我に返り、微笑んだ。
「いえ、何でもありません」
「今日は景子ちゃんに電話しないの?」
「ええ、今日はいいです」
彼女は通常、一日に二回、娘に電話をしていた。
午前1時と12時だ。
オフィスの同僚はこの習慣を知っていた。
ただ、彼らが知らないのは、彼女の娘の父親が社長だということだった。
退社後、藤原陽菜は市場で野菜と観葉植物を数鉢買って帰った。
夕食後、彼女はネットでテクノロジーをテーマにした展覧会の情報を調べ、知り合いに電話をかけた。
「来月のこの展覧会、チケットを一枚確保しておいて」
「本気か?」電話の向こうの声は冷たかった。
「前二回もそう言って、結局一度も来なかっただろう。どれだけの人が手に入れたがっているチケットを、君は無駄にしたんだ」
日本国内で年一回行われるテクノロジー展は業界のビッグイベントで、チケットは非常に貴重だった。
彼らの会社も数個の出展枠を得ただけで、内部での競争は激しかった。
「もし今回も行かなかったら、二度と頼みません」
相手はしばらく黙り、電話を切った。
藤原陽菜は笑った。
これで了解したということだ。
実は彼女は言わなかったことがある。
彼女は会社に復帰するつもりだった。
会社の共同創設者として、彼女は創業期に結婚・出産を選択し、コアから離れ、家庭に専念した。
それが会社の発展計画を完全に乱し、多くの機会を逃した。
パートナーたちは彼女に怒り、ここ数年はほとんど連絡を取っていなかった。
彼女は確かに復帰したいと思っていた。
しかし、結婚後は家庭に重きを置き、コアサークルから離れすぎていた。
準備なしに戻っても、流れについていけないのではないかと心配だった。
そこで、まず時間をかけて業界の現状を深く理解し、それから計画を立てようと考えた。
それからの日々、藤原陽菜は職場では真剣に働き、退社後は自分の用事を処理した。
彼女は藤原景子や藤原悠真に自ら連絡を取ることはなかった。
彼らからも連絡はなかった。
彼女は驚かなかった。
半年以上前から、連絡を維持するのは彼女の一方的な努力で、彼らはただ受け身だった。
......
アメリカ。
藤原景子は毎朝目が覚めるとすぐに下瀬知絵に電話する習慣がついていた。
この日も、彼女はいつものように真っ先に電話をかけたが、少し話しただけで「わあっ」と泣き出した。
下瀬知絵は彼女に「悲報」を伝えたのだ。
下瀬知絵は帰国するという。
藤原景子は悲しくなり、下瀬知絵の電話を切るとすぐに藤原悠真に電話した。
「パパ!これ知ってたの?」オフィスで書類に目を通していた藤原悠真は淡々と答えた。
「ああ」
「いつから知ってたの?」
「景子ちゃんより少し前からだ」
「パパひどい...」
藤原景子は子豚のぬいぐるみを抱きながら泣きじゃくった。
「どうして教えてくれなかったの? 知絵お姉さんと離れたくない! 彼女が帰るなら私もこっちの学校やめる! 帰国する! わあ――」
藤原悠真の声は平静だった。
「もう準備している」
「え...どういうこと?」藤原景子は涙ながらに聞き返した。
「来週、私たちも帰国するよ」