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第11話

藤原陽菜はこれを聞いて、ただ のデタラメに思えた。


下瀬知絵と藤原悠真が出会ったのは、陽菜と悠真が結婚した後のことだ。


下瀬知絵は二人の関係を知っていたのだから、下瀬敬介は悠真がもう一人の娘の夫であることを知らないはずがない!


下瀬敬介は必ず知っていた。


それでも厚かましくも知絵と悠真を取り持とうとした。


下瀬敬介にとって、彼女という娘がどれほど無視される存在か、よくわかったというものだ。


藤原悠真は承諾した。


二人がさらに軽い世間話を交わす間、陽菜は悠真が下瀬敬介の乗車を見送り、車が遠ざかるまで待ってから自分も車に乗り込むのを見ていた。


今の悠真の地位で、ここまで礼を尽くす相手といえば、藤原家のごく限られた長老たちだけだ。


明らかに、彼は下瀬敬介を敬っている。


ただその理由は下瀬敬介が下瀬知絵の父親だからに他ならない。


このことを考えると、陽菜は悠真が自分の祖母や叔父・叔母に会った時のことを思い出した。


あの時も彼は冷淡で無関心だった。


以前、陽菜が心配してビクビクしながらと叔父の援助を頼んだ時も、悠真は最後まで手を貸そうとしなかった……


だが、下瀬知絵が大切にする人に対する悠真の態度は、全然違うものだった。


悠真は陽菜と知絵への態度の差は、天地の差ほどだった。


これが愛しているかどうかの違いなのだ。


しばらくして、藤原悠真も去った。


陽菜は長い時間立ち尽くした後、ようやく寿司屋に入った。


午後の仕事を終え、藤原陽菜は自宅に寄って早々に準備していた藤原の祖母と祖父への贈り物を取ってから、藤原家の本邸へ車を走らせた。


本邸は郊外にあり、山紫水明で静かな環境は年寄りに適していた。


唯一の問題は都心から遠いことだ。


陽菜は1時間半運転してようやく到着した。


車を停め、贈り物を手にした陽菜がまだ屋内に入らないうちに、娘の藤原景子の楽しげな笑い声が聞こえた。


藤原老夫人は入口に向いて座っており、真っ先に彼女を見つけてにっこりとした。


「陽菜が来たわね? こっちへおいで、おばあちゃんの隣に座りなさい」


笑顔を見せたのは藤原老夫人だけだった。


悠真の母である藤原清や、藤原鈴音親子は陽菜を見た途端、笑みが薄らいだ。


陽菜は気づいていたが、もう以前ほど気にはしなかった。


見て見ぬふりをして、執事に贈り物を渡すと、老夫人の方へ歩み寄った。


「おばあちゃん」


「はい」老夫人は笑顔で彼女の手を取り、すぐに眉をひそめた。


「こんなに痩せて……もしかして、悠真があなたをいじめたの?」


「いいえ、最近仕事が忙しいだけです」


陽菜は俯いた。


これは半分本当で半分嘘だった。


悠真がいじめたわけではないが、彼女の気持ちは常に彼によって揺さぶられていた。


加えて、この半月は毎晩帰宅後は人工知能の研究に没頭し、よく深夜まで起きていた。


痩せた原因の一つでもあった。


老夫人が口を開く前に、藤原鈴音が嘲るように笑った。


「仕事はそんなに大事なの。あなたがいなくても藤原グループはちゃんと回ってるわよ」


藤原清は優雅に座ったまま、お茶を一口すすって、「仕事が辛いなら辞めればいい。誰も無理に行けとは言っていないのだから」と冷たく言った。


「そうよ! ただ、本人が辞めたくないだけじゃ―――」と鈴音は笑った。


老夫人は陽菜の悪口を聞き捨てならず、反論しようとしたが、陽菜が先に「もう辞表は提出しました。引き継ぎが終わったら藤原株式会社を離れます」と言った。


この言葉に、藤原清も鈴音も一瞬たじろいだ。


「陽菜……」と老夫人は眉をひそめた。


「お母さんが来たの?」藤原景子はちょうど二階からエレベーターで降りてきて、陽菜を見つけると嬉しそうだった。


半月以上もお母さんと連絡を取っていなかったからだ。


彼女は老夫人の言葉を遮り、陽菜に飛びついた。


「お母さん!」


陽菜は一瞬ためらい、軽く抱きしめた。


「うん」と、それ以上は何も言わなかった。


老夫人は陽菜に藤原株式会社を辞めてほしくなかったが、景子がいるのを見て話を続けず、陽菜に笑いかけた。


「陽菜、おばあちゃんはあなたのお茶が久しぶりだわ。お茶を淹れてくれない?」


陽菜は幼い頃から水原老夫人に育てられ、穏やかな性格で茶道の才能があり、長年の修練でかなりの腕前になっていた。


「もちろんです。でもそろそろ夕食の時間ですが……」


鈴音はコーヒー好きでお茶は好まず、陽菜の茶道披露など見たくもなかったので、口を挟んだ。


「そうよ、悠真と海斗が帰ったらすぐ食事にするんだから……」


その言葉が終わらないうちに、藤原悠真が入ってきた。


彼はまず老夫人と藤原清に挨拶し、陽菜を一瞥したが、視線をすぐに逸らし、彼女から離れた一人掛けのソファに座った。


景子は悠真を見ると、すぐに陽菜の腕から飛び出して行った。


「お父さん!」


「うん」悠真は彼女を抱きしめ、周りを見回して何か言おうとした時、藤原海斗も帰宅した。


海斗はずっと年下で、まだ未成年だ。


陽気で明るい性格の持ち主だ。


彼は入ってくるとソファの肘掛けを軽く飛び越え、ぴたりと座ると、皆が揃っているのを見て笑った。


「みんな僕を待ってたの?」


「そうよ、お腹を空かせて待ってたんだから!」と鈴音は彼の頭を軽くたたいた。


悠真は沈着冷静で無口、鈴音は気性が激しいが、海斗は家族のムードメーカーで、両親とも仲が良かった。


彼が帰ってくると、藤原清の冷たい顔にも明らかに笑みが浮かび、老夫人もさらに楽しそうになった。


時間も遅いので、老夫人は食事の支度を命じた。


たった9人なので、小さいダイニングに移動した。


着席順は老夫人、藤原悠真、藤原景子、そして藤原陽菜の順だ。


「景子、お父さんと席を替わりなさい。お父さんとお母さんを隣に座らせて」と老夫人は景子に笑いかけ、手招きした。


老夫人はいつも全力で陽菜と悠真を仲良くしようとした。


皆も慣れっこで、無駄だとわかっていた。


長年経っても、悠真の陽菜に対する態度は微塵も変わらなかったからだ。


鈴音はそれを見て嘲るように笑ったが、もう口出すする気も起きず、適当に席についた。


悠真はこんな取り決めが好きではなかったが、原則的な問題でない限り、普通は老夫人の面子を潰さなかった。


だから何も言わず、黙認した。


陽菜は以前のように、くっつけられて喜んだりしなかった。


「大丈夫です、おばあちゃん。このままでいいです」と

陽菜は表情を変えず、老夫人にだけは温かい笑みを浮かべた。

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