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第14話

藤原景子を学校に送るため、藤原陽菜は朝6時過ぎに目を覚ました。


部屋には彼女一人きりで、藤原悠真は昨夜出かけたまま戻っていなかった。


陽菜はもう気にしていない。


時間を確認し、景子がまだ起きていないと分かると、彼女の部屋に向かった。


ドアはまだ鍵がかかっていた。


陽菜はドアをノックした。


しばらくして、景子がゆっくりとドアを開けた。


陽菜を見るなり、景子は不機嫌そうに唇を尖らせた。


「お母さん、どうしてそんなに大きな音でノックするの? 頭が痛くなるじゃない」


昨夜、景子は知絵お姉さんに全てを打ち明けていた。


知絵お姉さんが「お母さんが送るのが当然」と言いながらも、明らかに落ち込んでいるように聞こえた。


景子は罪悪感に駆られ、夜中に何度も悪夢を見たのだ。


今朝は陽菜に起こされたことで、さらに機嫌が悪くなっていた。


陽菜は娘の不機嫌さに動じず、落ち着いて説明した。


「学校まで遠いから、もう起きないと間に合わないよ」


下瀬知絵が送ってくれないことに不満を感じ、景子は学校に行く気すら失せていた。


ふん、と鼻を鳴らすだけで返事もしない。


しかしわがままながらも、学校を休むわけにはいかないと分かっていた。


「分かったよ」


ベッドに倒れ込み、むっつりと言った。


しばらく動かず、突然陽菜を見上げた。


「お母さん、歯磨きをつけて」


陽菜は「うん」とだけ答えた。


陽菜が浴室に入ると、景子はスマホを取り出し、下瀬知絵に「おはよう」のメッセージを送ってから、ようやく浴室に入った。


陽菜が用意してくれた歯ブラシで歯を磨き始める。


陽菜は景子が磨き終わる頃、温かいタオルを絞って渡した。


次にクローゼットを開けながら、「今日はどの服を着たい?」と聞いた。


景子はちらりと見て言った。


「お母さん、服は自分で着替えるから、先に出てて」と。


陽菜はクローゼットの扉を閉め、「わかった」とだけ答えた。


陽菜が出ていくと、景子はクローゼットから昨日わざわざ家から持ってきた服を取り出した。


カモ柄のカッコいい服——昨日知絵お姉さんが選んでくれたものだ。


今夜のレースで知絵お姉さんを応援するために、この服を着るんだ!


レースのことを考え、カッコいい格好の知絵お姉さんにまた会えると思うと、景子の気分は一転して晴れやかになった。


服を着替え終え、スマホを確認すると、小さな眉が曇った。


いつもなら知絵お姉さんはすぐに返信してくれるのに、今日はまだ返事がない。


もしかして怒っているのか?


焦った景子はまたメッセージを送った。


[知絵お姉さん、どうしたの? 怒ってる?]


[お母さんに送ってほしくないんだよ。知絵お姉さんの方が好きなのに...怒らないでね]


しかし返信はまだ来ない。


陽菜が荷物をまとめに来た。


「景子? 準備できた? 朝ごはんの時間よ」


返信が来ないもどかしさから、景子は陽菜に八つ当たりした。


「分かってるよ! お母さん、いつもうるさいなあ!」


そう言い放ち、カバンをひったくって先に階下へ降りていった。


陽菜は彼女の後姿を見つめ、何も言わずに後に続いた。


しかし陽菜は、景子の着ている見慣れない服に気づいていた。


これまで景子の服は全て陽菜が選んでいた。

もちろん娘の好みを聞いてから買うようにしていた。

だが米国から戻って以来、景子の趣味は一変していた。


下瀬知絵とロッククライミングやスケートボードを始めてからのことだ。


知絵は学業だけでなく、スポーツも得意な魅力的な女性だった。


景子は彼女を崇拝し、趣味まで変わってしまった。


陽菜は娘が知絵に懐く様子を見て胸が痛んだが、娘の選択を尊重してきた。


むしろ最近は景子の新しい好みに合わせて服を買い揃えていた。


だが景子はそれらには目もくれず、知絵が選んだ服しか着ないのだった。


今景子が着ている服を見て、陽菜は全てを理解した。


だが何も指摘せず、何事もなかったように階下へ降りた。


食堂では、鈴音たちはまだ起きていなかったが、老夫人は起きていた。


「陽菜と景子、随分と早起きだね」


「おはようございます、お祖母様」と陽菜は笑って挨拶した。


不機嫌な景子はぶすっとした声で「おはよう、お祖母様」と言うだけ。


老夫人が心配そうに尋ねた。


「景子、何かあったの?」


景子は俯いたまま黙り込んだ。


執事がフォローに入った。


「きっと早起きで少し機嫌が悪いのでしょう」


老夫人は笑みを浮かべ、「悠真は? まだ寝ているのか?」と聞いた。


「悠真は昨夜用事で出かけたままです」


陽菜は平静を装って答えた。


老夫人の表情が一瞬曇った。


事情を察したが、景子の前では何も言えなかった。


朝食後、出発準備をしている時、景子は忘れ物に気づき、階上に取りに戻った。


陽菜はリビングで待っていた。


その時、ソファに置かれた景子のスマホが光り、通知が表示された。


画面には「親愛なる知絵お姉さん」という名前と、メッセージの一部が見えた。


陽菜は一瞬躊躇い、スマホを手に取った。


これまで娘のプライバシーを尊重してきたが、今回は思わずメッセージを確認してしまった。


そして、景子が朝から不機嫌だった理由が分かった。


二人の過去のメッセージをざっと見ると、景子が毎朝知絵に「おはよう」を送り、ほぼ毎日のようにやり取りしていることがわかった。


エレベーターの音が聞こえ、陽菜は素早くスマホを元の位置に戻した。


景子はスマホを見て、知絵からの返信ににっこり。


【景子ちゃんのことで怒ったりしないよ。ただ寝坊してただけ】


藤原景子は知絵お姉さんからの返信に有頂天になり、振り返る陽菜の視線にも気づかなかった。


車に乗り込むと、景子は後部座席で下瀬知絵とメッセージのやり取りを始めた。


時折、ちらりと前方の陽菜がこっちを見ていないか確認する。


運転に集中している陽菜の姿を見て、ほっとしたように肩の力を抜いた。


ただ、学校までの道のりは確かに遠く、30分ほどメッセージをやり取りした後、景子は自然と会話を終えた。


気分が良くなったのか、今度は陽菜に話しかけてきた。


「お母さん、午後空いてる?」


陽菜は後ろも見ずに「どうして?」と返した。


景子は具体的な理由を言わず、「空いているかどうかだけ教えてよ」と甘えた声で迫る。


「最近忙しくて時間が取れないわ。何か用?」


「別に...なんでもない」


景子の顔にぱっと笑みが広がった。


お母さんが忙しいなら、放課後を自由に使える。そうすれば知絵お姉さんに会いに行くのもバレない──最高!


学校に着くと、陽菜は担任教師と少し話をし、景子の教室へ向かった。


教室の前で、突然かわいらしい声が陽菜を呼び止めた。


「藤原お姉さん!」


振り向くと、ピンクの服を着た小さな女の子が陽菜に飛び込んできた。陽菜は咄嗟にその子を抱きとめた。


「幸子ちゃん?」


先日、犬に襲われそうになったところを助けた近所の子だった。幸子ちゃんは可愛いツインテールで、笑顔が甘ったるい。


「幸子ちゃんもここに──」


陽菜は思わず声を優しくした。


「きゃっ!」


陽菜が抱きかかえている幸子ちゃんを、景子が突然強く押しのけた。


陽菜は慌てて幸子ちゃんを支えた。


「幸子ちゃん、大丈夫?」


「な、なんで押すの...」


幸子ちゃんは涙を浮かべながら首を振り、景子を見つめた。


最初は状況が飲み込めなかった景子だったが、陽菜と幸子ちゃんの親密な様子を見て不機嫌そうな表情を浮かべた。


幸子ちゃんの泣きそうな顔を見て、景子は露骨に嫌悪感を示した。


「そんなピンクだらけの格好、みっともないわ!」

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