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第2話 悪役令嬢は孤独ですの

 夜会は華やかに大盛況のまま終わった。

 会場を後にしようと出口を目指すミレーユの前に、ニコラスがスッと現れた。

 ニコラスはミレーユの手を取って自分の左腕に絡みつけながら、にこやかに言う。


「私が屋敷まで送ろう」

「いえ、結構です」


 ニコラスはミレーユから即答に断られて、ズルッと右肩を落とした。


「えっ? どうして? ミレーユっ」

「みなまで言わせないでくださいませ、ニコラスさま。余計なお手間を取らせるつもりは毛頭ございませんわ。わたくしは、形ばかりの婚約者ですもの」


 ニコラスは困ったように眉尻を下げながら、離れていく赤い手袋に包まれた細い指へ自分の指を絡めて言う。


「いや、そんなことは……」

「あぁぁぁぁぁ、お気遣い痛み入ります」


 ミレーユは勢いよくニコラスの手を跳ねのけて顔を背けた。

 ニコラスは思わぬ拒否に慌てた。


「えっ⁉ ちょ、ちょっとミレーユ落ち着いて?」

「わっ、わたくしは、本当にっ、本当にっ。貴方を苦しませるつもりも、我が儘を言うつもりもございませんわ」

「いや。私は、むしろ我が儘を言って欲しいのだが?」


 ニコラスは離れていくミレーユの体にグイッと自分の体を近付け、彼女をしっかり見ながら言ったが、ミレーユは頑なに視線を合わせようとしない。


「レイラ、サン。お願い」


 ミレーユは両目をつぶると、護衛の赤毛に赤目の双子の名を呼んだ。


「「はっ」」


 後ろについてきていたマッズ姉弟は低く短く返事をすると、素早く左右に別れ、ミレーユの右腕と左腕を持って、ニコラスの腕からミレーユを引っぺがした。


「ミレーユ⁉」

「わたくしは、我が家の馬車で帰りますっ。ではごきげんよう。おやすみなさーい」


 ミレーユは、手を差しだして唖然としているニコラスを置いて、双子の護衛の手により運ばれるようにして大きな黒い馬車へと積み込まれた。


 セスティーニ公爵家の馬車は広くて快適だ。

 ミレーユはフカフカの座席に座って、馬車の小窓から外を見る。

 そこには、こちらを困惑の表情を浮かべて見ている愛しいニコラスの姿があった。


「あぁ、ニコラスさま。素敵っ」


 キラキラの金髪に青い瞳、スラリと背が高くて甘いマスク……。

 ミレーユはニコラスのことが大好きだった。

 彼の為なら何でもできる。


 正面に座った双子の護衛、弟のサンが呆れたように言う。


「そんなにうっとりとされるのでしたら、送っていただけばよろしいのに」

「そうですよ、ミレーユさま。愚弟の言う通りです」


 その隣に座っている姉レイラが肯定した。


「誰が愚弟ですか、姉上」

「愚か者を愚か者といって何が悪い愚弟」


 有能な護衛たちは顔を見合わせ、いつものように姉弟喧嘩を始めた。

 ミレーユはウフフと笑いながら言う。


「本当にあなた達は仲がいいわね」

「「どこがですか⁉」」


 いつもと同じような流れの会話をしているうちに王城は遠くなり、あっという間にセスティーニ公爵家の屋敷へと到着した。


 護衛騎士たちにエスコートされて馬車を降りながら、ミレーユは思う。


(わたくしは悪役令嬢なのですもの。いくらニコラスさまのことが好きでも、わたくしがあの方から愛されることはないわ。ニコラスさまが優しくしてくださっても勘違いしてはダメよ、ミレーユ)


 ミレーユ・セスティーニ公爵令嬢は悪役令嬢であることをわきまえた、悪役令嬢なのである。

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