目の前に現われたダンジョン──不気味な古城の前で、スマートグラスの電源を入れた僕たち。青白い光が瞬き、OSが起動する。
悪霊に対抗するため僕らに与えられたツール──それが、スマートグラス一体型のアプリ、そして、使える能力は──陰陽師の力!
スマートグラス越しにAR(拡張現実)で視覚内に情報が浮かび上がる。キラリと
このふざけた名前を見ても、今ではもう何も感じなくなっていた。
その後に表示される「監修:東日本陰陽師保全会」の文字、今さらツッコむ気にもならない。
アプリが完全に起動し、目の端に霊力カウンターが表示される。ダンジョンに侵入した時点から霊力は減り始めるため、カウンターも既に減少を始めていた。
だが構っている暇はない。黒い城の門から、湧き出るように現れた骸骨の武士たちの集団は、既に10体ほどに膨れ上がっていた。
「
僕の発した声に反応するスマートグラス、アプリにより術式ガイドが投影され、視界に結ぶべき印が次々と現れる。僕は素早く、表示に
すぐに、僕の近くで黒い靄が壁のように立ち上がり、波紋を描いた。
──ゆらっ……
波打つ波紋を突き破り、巨大な白い虎が飛び出してくる。地面に着地すると、鋭く低い唸り声を響かせた。
「行け!」
白虎は即座に駆け出した。流れるような白い残像を残し、骸骨の武士たちに向かって襲いかかっていく。
スマートグラスと連動したこのアプリ「陰陽師でGO!」(通称:インゴウ)を使うことで、誰でも"にわか陰陽師"として活躍することが可能になるのだ。
そして、僕の陰陽師スキルは「式紙使い」、一方の剣崎君は……
「
僕のすぐ横で、剣崎君が呪を唱え、印を結び始める。彼の足元で自身の影が不気味に揺れた。その中に浮かび上がる刀の柄。
──ずぶりっ
闇から剥がすように引き抜く。現われたのは、刃渡りの長い太刀。大きく反った刀身が流れるような流線型を描いていた。
「おりゃっー!」
叫びながら、剣崎君が骸骨たちに斬り込んでいく。白虎が跳躍しながら敵を喰いちぎり、剣崎君の太刀が骸骨を切り伏せる。倒された彼らは、黒い霞となって霧散していった。
「よしゃ!」
刀を握った拳をさらに強めて剣崎君が声を上げた。
「霊力は?」
僕が訊くと、彼は目の端のカウンターを確認して答えた。
「87%ってところか。まだまだ余裕」
霊力は、式神や武具の具現化でも減少し、さらに敵からの攻撃を受けても消耗する。油断は禁物だ。
僕は改めて、前方にそびえる妖城に目をやる。城ってことは、ダンジョン主である本霊はおそらく……
「親玉は一番上、だな」
隣で城を見上げながら、剣崎君が言った。
「よし、行こう」
僕の掛け声で、二人は城の一番上、天守閣を目指して走り出した。
木戸門をくぐり、砂利道を進んでいく。両脇には大木が並び、風に揺られてざわざわと葉を鳴らしている。
──?
感じる違和感……この木立の揺れ、ただの風の揺れだけではない?
突然、枝の一部がしなり、鞭のように僕らに襲いかかってきた。横っ飛びで躱す僕と白虎。その場で踏ん張った剣崎君が刀で切り迎える。
「うりゃ!」
大刃一閃、枝は見事に真っ二つに斬れた……かと思いきや、切断面からすぐに再生を始めた。
「ちくしょうが」
刀を構え直した剣崎君が吐き出すように言った。
気がつけば、並木道の木々すべてが
僕と白虎は跳躍しながら回避を繰り返し、剣崎君が手当たり次第に切り伏せるが、次々に再生してキリがない。
「……白虎、戻れ」
僕がつぶやくと同時に虎の姿が霧散する。そして続けて呪を唱える。
「紙魔顕現──
スマートグラス越し、視界に映るガイドに従い印を結ぶ。黒い靄の中から姿を現す一匹の狐、その尾に紅蓮の炎を
「燃やせ!」
狐が口から勢いよく火を放つ。瞬く間に目の前の木が燃え上がる。悲鳴のような音を立て、苦しげにもだえている。
次々と炎を吐き出す炎狐。周囲の木々に延焼が広がり、焦げ臭い匂いが辺りに立ち込める。
やがて静寂が戻り、焼け焦げた残骸だけが残った。
「ふぅ……」
眼鏡に手をやり、安堵の息をもらす僕。
「やるじゃねーか」
横に立つ剣崎君がくすぶる瓦礫を見ながら言った。
(だからなんで上から目線なんだよ……)
彼に一瞥をくれると、僕は炎弧に戻れと命じ、そのまま目の前に迫る城に向かって走り出す。
「おいっ、トウマ待てよ!」
背中から、剣崎君の声が追いかけてきた。