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第3話 暗闇での遭遇

 ダンジョンである古城へ侵入すべく走る僕と剣崎君、不意に足を止めた。


 薄暗い空に浮かぶ二つの赤い炎。こちらにゆらゆらと近づいてくる。炎の中に浮かぶ苦悶をたたえたようないびつな顔、大口を開け、歯をむき出し、周囲を探るようなぎょろりとした目──鬼火おにびだった。


 (見つかると面倒なことになりそうだな……)


「まかせろ」


 そう言って一歩前に出る剣崎君。手にした刀を宙へ放ると、それは彼方へ消えていく。続けて小さく呪を唱えた。


「武具顕現──破魔弓はまゆみ


 印を結び、足元の影から姿を見せた弓矢を取り出す。そのまま慣れた手つきで、二本の矢を同時につがえると、放った。


 一発が命中、赤い火花を散らして、鬼火が消えていく。だがもう一発は鬼火をかすっただけで……


「あっ」


 剣崎君が短い言葉で、失敗を報告すると、


「ぐぎゃぎゃぎゃーーーぁ!」


 傷ついた鬼火が叫ぶけたたましく耳障りな声が、周囲に響き渡った。


「ちょっと!」


「わりぃ……」


 だが彼を責めてる暇はなかった。城内が物々しい気配に包まれ、中からわらわらと骸骨の武士が湧き出して……だけでなく、集団にまじる、ひと際体の大きい筋骨隆々な者たちの姿も。岩のような体に二本の角──巌鬼いわおにだ。

 そして城の上階の窓や石落としからは、いくつもの炎の塊、鬼火が吐き出されていく。


「おいおい、多すぎだろ……」


 呆れたようにつぶやく剣崎君。


「くっ……ここは無理だ、他を探そう」


 そう言って、僕が砂利の道を外れて走り出すと、弓矢を放り出した剣崎君が後に続く。正面突破を諦め、迂回するように城の周囲を走り、別の侵入口を探す。だが、いくら見渡せど、切り立った城壁が続くばかりで何も見つからない。後方からは彷霊たちのうめき声が追ってくる。


 その時だった。


「──こちらへ」


 聞き覚えの無い声が耳に届く。声の方へ目をやると、城壁の一か所に、大きな石一個分、ぽっかりとトンネルのような窪みが現れた。


「早く!」


 再び声が聞こえた。その時、後方から鬼火の集団が迫ってくるのが見えた。


 躊躇している暇はなさそうだ。僕たちはその暗い穴に飛び込んだ。


 飛び込むと、すぐ背後で石の扉のようなものが閉ざされ、真っ暗になった。暗闇の中で響く僕と剣崎君の息遣い。しばらくすると、外に感じた彷霊たちの気配が消えていった。


「……ふう、危ないところでござったな」


 声の主がローソクに灯りをともす。


「ご無事で何より」


 灯りに浮かび上がったその人物が言葉を続けた。


 人物? いや、目の前にいたのは二本足で立つ犬……獣人だった。柴犬顔で、鎧を身につけ、腰には刀を差している。


 突如現れた犬型の獣人に、僕たちは距離を取り、いぶかしい目を向けた。


「いや、拙者怪しい者ではござらん!」


 いや、そう言われても……人に化ける彷霊もいると聞くし──だが、穏やかで人(犬?)のよさそうな顔を見る限り、どうやら害意はなさそうだ。なんかプルプルと尻尾も振ってるし……


「えーと……」


 戸惑いながら僕が声を掛けると


「拙者、小太郎と申す」


「はあ……」


「幽樹を退け、鬼火を射抜く、貴公らの活躍感服いたしました!」


「いえ……」


「拙者も一矢報いたく、機をうかがっておったが、この身一つではなかなかに……」


 饒舌に語り始めた小太郎さんの話をまとめると、彼の主人が悪霊にさらわれ、城にかくまわれているという。救出のため単身乗り込んだが、大量の彷霊を前に身動きが取れず、難儀していたとのことだった。


 助けてくれた礼を伝え、自分たちの名前や、県の職員であること、さらにその目的を伝えると、


「お役人でござったか、お勤めまことにご苦労に存まする」


 そう言うと最後に頭を下げながら、こう続けた。


「なにとぞ拙者もご同行を!」


 頭を下げる小太郎さん前にして


「どうする? トウマ」


 そう言って、剣崎君が意味ありげな目で僕を見る。


 (ああ……多分、連れて行っても……)


 押し黙る僕らを前に


「是非に、是非に!」


 武士の姿をした柴犬が、熱意のこもった目でこちらを見て、強く尻尾を振った。



 結局、小太郎さんの熱量に負け、三人で天守閣を目指すことになった。


 小太郎さんによれば、この城には逃げ口として使われる抜け穴があり、それを逆にたどれば天守閣へ行けるとのことだった。


 案内された通路は、まるで洞窟のように暗く、デコボコした岩場の道が続いていた。先頭を歩く小太郎さんが、手にしたローソクで足元を照らしながら言った。


「お二人、お目がよろしからぬようゆえ、足元お気を付けを」


 (……いや、この眼鏡はそういうのじゃないです)


 僕は心の中でやんわりと否定しておいた。


 道は途中で、石階段に変わった。狭くて急な階段を、小太郎さんを先頭に、剣崎君、僕の順で進む。その石段を登りながら小太郎さんが口を開く。


「しかし……お役目とは言え、民のために尽くすとは、実に立派な心がけでござるなー」


「まあ……世のため、人のため、それが我らの本懐よ」


 小太郎さんの影響か、剣崎君の日本語がおかしくなっていた。


「な、なあトウマ?」


 照れたような声色で振り向く剣崎君。


「別に……」


「え?」


「言われたからやってるだけ、ただの仕事、それだけだよ」


「……」


 突き放すような僕の物言いに、小太郎さんと剣崎君が黙り込む。


「お前ってやつは……」


 しばらくして、呆れたように剣崎君がつぶやいた。



 階段を抜けた先で、ふいに行き止まりに突き当たった。戸惑いながら周囲を見渡す僕と剣崎君。すると小太郎さんが、灯りを持ち上げて言った。


「あそこでござる」


 見上げた先、薄明かりのなかに、頭上へと続く細い梯子が見えた。が、梯子は途中で止まっており、ここからではどうにも手が届かない。その横には、小さなレバーのような突起が見える。


「からくり梯子でござる。あのレバーを引けば、梯子が降りてくる仕組みかと」


 なるほど。どうやら小太郎さんはあれのせいで、ここで足止めされていたようだ。


「──それなら」


 眼鏡を押し上げながらそう言うと、僕は囁くように呪を唱えた。


「紙魔顕現──八咫烏やたがらす


 スマートグラス越し、視界に映るそれに従い素早く印を結ぶ。すぐにふわりと空間が揺れ、黒羽の三本足の烏が現れた。


「頼んだよ」


 僕の腕から飛び立った八咫烏は、静かに宙を舞い、器用にレバーに足をかけて引き下ろす。


 ガラガラガラ──


 仕掛けが作動し、梯子が音を立てながらゆっくりと降りてきた。


「ほぉーっ!」


 感嘆の声を上げる小太郎さん。


「烏は賢き畜生ちくしょうと聞きましたが、ここまでとは……」


 (いや、畜生って……)


 獣人の小太郎さんが言うとシュールに聞こえる。


 パサッと静かな羽音をたて、僕の肩に戻ってきた八咫烏。気のせいか小首を傾げると、不満げな顔で小太郎さんを見ていた。



 梯子を上った先、囲まれた壁の一部を小太郎さんが叩くとコトリと開いた。


 目の前に広がる小さな板の間の空間。やぐらにあたる部屋だろうか、壁際には、大きな窓が開いていた。


 身を屈め、こっそりと外を覗き見る。かなりの高さで、地面が遠くに見える。

 そして、どんよりとした空の下──そこかしこに、彷霊の気配が漂っていた。ふわふわと宙をさまよう鬼火、徘徊する骸骨の武士たち、険しい表情で立つ巌鬼の姿も見える。


 自分たちが悪霊たちの巣窟にいることを改めて実感する。


 部屋の隅に目をやると、小さな木の階段があった。どうやらその先が天守閣へと通じているようだ。

 その階段から、時折風に乗って流れ落ちてくる黒い霧──この城全体に漂う妖気の震源地が、この先にあると告げているようでもあった。


 僕たちは息を殺しながら、その階段を一段ずつ静かに上っていった。

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