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第4話 天上での再会

 僕と剣崎君、それに獣人の小太郎さん、三人が階段を登っていくと狭い廊下が現れた。そしてその廊下の突き当たりに見えたのは──ぴたりと閉じられた襖の扉。


 その閉ざされた襖の前で、僕たちは静かに息を殺していた。視界の隅にある霊力カウンターを確認すると、僕が62%、剣崎君が66%。アプリの運用ルールでは霊力が30%を超えると帰還を最優先に行動する決まりとなっている。まだ余力はあると考えていい……はずだ。


 後ろを振り返り、小太郎さんに声をかける。


「ここからは、僕らで──」


「いや、拙者も参る」


 即答だった。表情には一歩も引く気配を見せない。


「でも……」


「お頼み申す!」


 小太郎さんの目は真剣だった。迷いのない決意を読み取り、僕は小さくため息をつくと言った。


「わかりました」


 僕は静かに呪を唱え白虎を呼び出し、剣崎君は太刀を具現化した。小太郎さんも腰の刀を抜き放つ。


 白虎を召喚したことで、僕の霊力は60%を切った。ここから先は、無駄な消耗はできない。


 顔を見合わせた三人は、息を合わせてそっと襖を開けた。


 ── !?


 (ここは一体?)


 そこに広がっていたのは、意外な光景だった。


 黄ばんだように変色した古い畳が敷かれた部屋。中央にはちゃぶ台が置かれ、その上には湯のみと急須、食べ終えた菓子の包み紙。傍らには使い込まれた座布団が敷かれている。


 どこか懐かしい雰囲気── 壁際には古びたテレビとタンス、その脇に書棚があり、模様が描かれた黒の木箱や写真立て、古い本が無造作に並んでいた。


 そして……一人の女性。


 艶やかな着物をまとい、はだけた胸元から白い肌を覗かせ、座布団の上に膝を崩して座っていた。どこか妖艶でしなやかな仕草、頬杖をついて、ちゃぶ台の上のアルバムをめくっている。


 (誰? これが本霊? それにしては……)


 疑わしい目を向ける僕。だが、怪しんだのは向こうも同じだったようで


「なんだい、あんたたち?」


 美人だが少し険のある顔、こちらを睨む眼がややきつい。得体の知れない女に対し、なんと答えるべきなのか迷っていると、後ろに控えていた小太郎さんが前に出た。


「小雪殿!」


 懐かし気に声を掛けた。


「おや、小太郎かい?」


 小雪と呼ばれた女性が、驚いた顔で答えた。


「あんたどうしてたんだい?」


「いや、拙者は主殿あるじどのの匂いを追ってここまで……それより小雪殿、その姿は一体……」


 小雪と呼ばれた女性が紅を引いた唇を尖らせる。


「ふん。どうしようが、あたしの勝手だろう!」


「しかし……」


「ちょいちょいちょい!」


 剣崎君が話に割って入る。


「どういうことだ? 小太郎、知り合いなのか?」


「いかにも」


「どういう関係で?」


 僕も会話に参加する。


 小太郎さんは少し困ったような表情を浮かべ、チラリと着物の女性を見てから言った。


「小雪殿は、その……主殿が世話をしておられた、女性にしょうでござる」


「にょしょうねぇ~」


 剣崎君が探るような目を女性に向けて言った。


 それきり黙り込む小太郎さん。すると、女性が口を開いた。


「で? あんたたちは何者なんだい?」


 女性の不機嫌そうな顔を見て、慌てて小太郎さんが、「こちらの方はお役人で悪霊を退治するために奔走されておる」と説明してくれた。


「ふ~ん……何だか知らないけど、とっとと帰っておくれ、物騒な連中だね」


 僕の横に控える白虎や、剣崎君の刀を見ながらそう言った。


「私はここで主様ぬしさまを待ってるんだから、邪魔しないでおくれ」


「待ってる?」


 彼女の言葉に、引っかかりを覚え僕は聞き返した。


「そうだよ」


「その主様っていうのは?」


 面倒くさそうに女性が答える。


「在原尚三さんだよ、もういいだろう」


 ── ?


 今朝見た住居者リストを思い出す。今聞いた名前、それに該当するものは紙に載っていなかった……


「── 悪いがそういう方はここにはいない、もしかしたら既に……」


 僕の言葉を遮るように彼女は言った。


「ちょっとあんた、変なこと言うのはよしとくれ、私の大切な人なんだよ」


「しかし」


「しつこいね、あんたも」


 彼女の目に険しさが増す。だがその時、小太郎さんがつぶやくように言った。


「主殿はもういない……」


 悲し気な目で絞り出すように言葉を続ける。


「亡くなったのだよ、小雪殿」


 (小太郎さん……?)


 僕の目に肩を落として、下を向く小太郎さんの姿が映る。


「なんだいお前!」


 女性が咎めるように声を上げる。


「小太郎の分際で……勝手に殺してんじゃないよ!」


 女性の目が妖しく光り、開いた口から尖った歯がのぞく。


「小雪殿、貴公だって、恐らく……」


 小太郎さんが言葉を続けるが、


「黙れェェェェェ!!」


 咆哮のような怒声とともに、彼女の両目が黄燐のように禍々しく光った。

 さらに口元が裂けてむき出しになった牙、長く伸びた赤黒い舌は炎のように揺らめいている。そしてその変化は顔だけにとどまらず、姿全体に及んでいき……

 体はぐにゃりと軋み、白い肌が裂け、血しぶきがあがり、その下から針のような白い獣毛が噴き出す。四肢は異様に肥大化し、鋭利な爪が畳を裂いた。


「グギャアアアアッ!!」


 凄絶な叫び声。怨嗟と狂気が入り混じった嗄れ声が、空気を引き裂いた。

 爛々と輝く黄色い瞳、その奥で、闇が裂けたような黒い瞳孔がこちらを睨む。


 熊ほどもある巨体が畳の上に仁王立ちし、目の前に立ちはだかるその姿は、まさに“化け猫”だった。


「こ、こ、小雪殿……」


 彼女のあまりの変貌ぶりを前にして、刀を手にした小太郎さんがおろおろと見上げる。


「邪魔だ! 下がってろ」


 そう言って、前に出た剣崎君が手にした刀で切りかかった。


──ガシッ


 鋭く光る左の爪でその一撃を受け止められた。


 すぐに、白虎が動く。化け猫の顔に食らいつこうと跳躍したその瞬間──


「フンッ!」


 化け猫の右腕が薙ぎ払うように振るう。剣崎君と白虎、ふたりまとめて吹き飛ばされる。白虎は壁に叩きつけられ、床にずり落ちた。


「くっ……!」


 白虎のダメージは、ぼくの霊力に直結する。スマートグラスの隅に表示された霊力カウンターが、一気に10%近くも減っていた。


 (くそ、なんて馬鹿力……!)


 すぐに起き上がり身構える剣崎君、そしてその横に立つ白虎。


 (この狭い部屋では、白虎の俊敏さは活かせない……)


 白虎を下がらせるとすぐに僕は叫んだ。


「紙魔顕現── 白騰蛇はくとうじゃ!」


 呪を放ち、スマートグラス越し視界に映る印を結ぶ。現れた黒い空間がぐにゃりと歪み、そこから白い影が流れ落ちるように姿を現した。三メートル近い長大な白蛇。するりと床を這いながら、音もなく進んでいく。


 その間にも、剣崎君は化け猫と斬り結んでいた。左右の大爪で連撃を繰り出す化け猫に、剣崎君が必死に応戦している中、白蛇が、じわじわと化け猫の足元へと近づいていく。


 次の瞬間──鎌首をもたげた白蛇が跳ねるように体を伸ばし、化け猫の右腕に巻きついた。


「グルル……ッ!」


 化け猫が不機嫌そうに唸り声をあげる。右腕を振って白蛇を振り解こうとするが、蛇はびくともしない。左手の爪で引きはがそうと爪を立てた──その時、その左腕に、剣崎君が振るった刀の切っ先が走る。


「せいっ!!」


 振り下ろされた剣が、化け猫の腕を切断。切り離されたそれが宙を舞い、血飛沫があがる。


「ギャアアアッ!」


 化け猫がけたたましい悲鳴をあげた。狂ったように、蛇の巻きついた右腕を振り回す、部屋の中で暴れまわる。その勢いで、部屋はあっという間にめちゃくちゃになった。


 ちゃぶ台は粉々に砕かれ、タンスは傾いて倒れ、棚の中身が落ち、本や書類が宙を舞う。それでも止まらない化け猫、踊るように回り続ける。


 だが、落ち着いて動きを見極めた剣崎君が、背後に回り込むと刀を大きく振りかぶり──


「──はああっ!」


 袈裟斬りに刀を振り下ろした。鋭い閃光が走り、化け猫の巨体がぐらりと揺れる。


「ギャアーーーアッ!」


 目を剥き、断末魔のような叫び声を上げながら、化け猫はその場に崩れ落ちた。


 大きな振動が響き、周囲に埃が舞い上がる。そのまま横たわる巨体、その腕から白蛇が静かに離れていった。


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