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第3話 ちょっと用事がある


このメッセージを見て、直樹は今日ショッピングモールに来た目的をようやく思い出した。


十一年前に亡くなった姉が突然現れたことで、彼は早乙女遥のことをすっかり忘れていた。


彼は少し眉をひそめ、無意識のうちに左手の指で右手首の数珠をいじる。


竹内は直樹のことをよく知っていた。彼が眉をひそめて数珠をいじるのは、考え込んでいる証拠だ。


メッセージの通知音は彼女にも聞こえていた。直樹は早乙女遥のメッセージだけ特別な通知にしている。二人は近くに座っていたので、竹内もその内容をチラリと見た。


社長はきっと、どうやって姉の美香に「用事ができたから先に帰る」と伝えて、早乙女とデートに行こうかと考えているんだろう。確か、これは早乙女遥が初めて自分から彼をデートに誘ってきた貴重なチャンスだった。


美香はちょうどメニューを選んでいて、この様子には気づかなかった。注文を終えると、「直樹、何食べる?」と聞いた。


直樹は顔を上げ、まだ答えないうちに、竹内が口を挟む。

「私が注文します、社長は忙しいですから。」


「何が忙しいの?」と美香が聞いた。


直樹は首を振り、スマホの画面に指を走らせる。


【今日は、用事ができたから。また今度一緒に買い物に行こう。】


(姉が帰ってきたばかりだから、早乙女遥のことは改めて説明しよう。遥はいい子だし、姉も絶対に気に入るはずだ。)


竹内の目に一瞬驚きがよぎった。社長が早乙女遥のためにすぐに席を立たなかったのは初めてだ!シスコンも悪いことじゃないな!


芸能人用のワゴン車の中、早乙女遥も固まっていた。さっきまで直樹は「どこにいる?」とメッセージを送っていたのに、なぜ急に予定変更?パパラッチまで手配して、瀬戸達也が「藤原直樹社長が早乙女遥のために貸し切りデート」って記事を見て怒るのを待っていたのに。瀬戸達也は最近復縁を迫っているが、彼女はそんなに簡単に許すつもりはない。


少し考えて、またメッセージを送った。


【直樹くん、怒ってる?車の中で寝ててメッセージ見逃しちゃった、わざとじゃないよ。】


【╥﹏╥…】


特別通知音が二回続けて鳴った。


今度は美香も気づいて、直接聞いた。「誰から?」


すき焼きがすぐに運ばれてきて、直樹は美香のために鍋に具材を入れるのに忙しく、顔も上げずに「何でもない、美香、これサクサクして美味しいよ、後で食べてみて」と言った。


竹内はその様子を見て少し驚いた。彼女は一度も会長が誰かのためにすき焼きを作るのを見たことがなかったし、早乙女遥のメッセージを無視するのも初めてだった。


「俺の顔を見てどうしたの?」と直樹が竹内をちらりと見て、「君、食べたいものあったら自分で入れて」と言った。


竹内は口元をわずかに動かし、「わかりました」と答えた。これが彼女にとって初めて社長とすき焼きを食べる機会だった。


十数分待っても返事が来ず、早乙女遥の表情はどんどん険しくなった。パパラッチの電話も助手にまでかかってきた。直樹はずっと自分を追いかけてるくせに、何様のつもり?考えれば考えるほど腹が立ち、彼女は助手に「行くよ!パパラッチも撤退して!何なのよ!」と怒ったが、去る前にもう一度直樹にメッセージを送った。


【じゃあ、私は帰るね。直樹くん、忙しいみたいだし。】


今回はすぐに返事が来た。


【怒ってないよ、ちょっと用事があるだけ】


【さっき君の口座に100万円振り込んだ。許して】


【次は必ず一緒に過ごす】


早乙女遥は鼻を鳴らして無視した。100万円で済むと思ってるの?お金を返したら、またもっと振り込んでくるんでしょ、いつものパターンだわ。


美香は、直樹が何のためらいもなく100万円を送金するのを見て、目の前が真っ暗になった。100万円、もっと有意義な使い道があるでしょうに。深呼吸して落ち着かせる。相手は実の弟だ、殺すわけにはいかない。


「ありがとう、貢ぎ男!」と会計を済ませてから美香はニッコリと直樹に微笑んだ。


「どういう意味?」と直樹は不思議そうに聞いた。


美香は多くを語らず、足早に前に歩き出した。さっきはこいつのツケでオニツカタイガーを買えばよかった!


直樹は竹内を見て、「今のどういう意味だ?」と聞いた。


竹内は微笑んで、「多分、女の子に一方的に貢ぐ男って言いたいんだと思います」と答え、すぐに美香を追いかけた。


「姉さん、待ってくださいよ!誤解だ!」


「お人好しの弟の金は私が使わなくても誰かが使う」と考えた美香は、ショッピングモールで最新かつ一番高いスマホを買い、その後もブランド店を巡り、三人とも両手いっぱいに袋を持つまで買い物を続けて、やっと満足した。


だが、その頃、早乙女遥が呼んだパパラッチは撤退しようとした時に、藤原直樹が別の女性と買い物しているのを発見し、急にテンションが上がった。藤原直樹はネットでも人気が高く、イケメンで金持ち、商才もある「関東の貴公子」と呼ばれている。最近は早乙女遥とのスキャンダルも話題だ。今日は二人のラブラブ写真を撮るつもりだったが、ベテランこそ泥沼展開の方がバズると知っている。「関東の貴公子に新しい恋人ができた?」このタイトルなら閲覧数は間違いなく百万超えだ。清掃員に扮したパパラッチは大喜びでシャッターを切りまくった。だが、藤原は女性のそばにいたし、彼の部下も一緒だったので、パパラッチは女性の横顔と後ろ姿しか撮れなかった。夜の七時、その写真がネットにアップされ、Xでは瞬く間に大騒ぎ。


#藤原直樹が謎の美女とショッピング#

#藤原直樹と早乙女遥はもう過去#

#関東の貴公子の新しい恋人#



グレーのロールスロイスが走る中――


小林拓也はスマホを見ながら口をとがらせた。「服部様、藤原社長がまたスキャンダルを起こしました。最近はまるで取り憑かれたみたいにいろんな女に夢中です。星輝財団の今期決算報告も下がり気味ですし、そろそろ投資を控えた方がいいんじゃないですか?」

彼は社長がなぜ星輝財団にこだわるのか理解できなかった。藤原直樹がトップになってからずっと投資を続けている。


後部座席の男は白いスーツに銀縁のメガネをかけて、まるで塵一つ寄せ付けぬ王子のような高貴な雰囲気だ。鼻先にひとつ茶色いホクロがあり、外の街灯に照らされて色気を増している。少し疲れた様子でメガネを外し、鼻梁をつまんだ。

「今度はどの女優だ?」


小林拓也は首を振り、写真を拡大して見せた。

「ネットでは誰かは書かれてませんが、正面は写っていません。横顔は美人ですね。」


服部遼介は片手でメガネを持ち、何気なく小林拓也のスマホ画面を見た。写真には買い物袋を持つ長身の直樹と、同じく袋を持つ背の高い秘書が写っていた。彼の視線は二人の間にいる、横顔だけが見える少女に釘付けになった。長い髪が肩にかかり、横顔は人形のように繊細。その特徴からは誰か分からないが、一目見ただけで世界が消え去ったような感覚がした。彼の呼吸は止まり、自分の心臓の音だけが響く――


ドクン!ドクン!!ドクン!!!


突然スマホが取られた小林拓也は驚いて、社長を振り返った。


次の瞬間、彼の瞳孔は大きく開いた――

あのいつも冷静な社長が、こんなに狂おしい目をしているのは見たことがなかった。


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