消費もほぼ終わり、夕食も済ませて、三人は藤原家へ戻った。
車の中、竹内は時間を惜しんで直樹と仕事の話をしている。
美香は十一年ぶりに大きく変わった桜川市の景色を車窓ごしに興味深そうに眺めていた。
車は一軒の別荘の前に停まった。美香は眉をひそめる。
「実家の屋敷、全部リフォームしたの?」
以前は庭に大きな噴水もあったのに、今はただ一軒だけがぽつんと立っている。
直樹は荷物を持って車を降りた。
「違うよ、新しく買ったんだ。」
「じゃあ、実家の屋敷は?俊哉にあげたの?」
「売ったんだ。」直樹の顔色が少し悪い。話題をそらすように、「後で俊哉に電話して、お姉さんが帰ってきたって言うよ。」
別荘のドアが開く。美香が予想した通り、ミニマリスト風で広々とし、少し冷たい印象だ。
「俊哉は今どこにいるの?」
「今は海外でツアー中だ。」
美香はぱちりと瞬きをして言った。
「まだ彼には言わないで。コンサートもやめて飛んで帰ってきそうだし、帰ってきてから話そう。」
少しのことですぐ炎上されそうな芸能人はとにかく気をつけないと。
直樹はそれ以上は言わなかった。子供の頃、弟たちはみんな美香の前で自分をアピールしようと競っていたが、俊哉が一番要領よかった。
今はお姉さんの前にいるのは自分だけ。このチャンスを逃したくない。
「うん。」
「でも、家はどうして売っちゃったの?」美香はソファに身を投げて、話を戻した。
竹内はタイミングよくスマホを見て、「社長、ちょっと電話に出ます。」
直樹はうなずき、ソファに腰かけて、指で数珠をいじりながら話し始めた。
「叔父が、お姉さんがいなくなってから会社を乗っ取って、経営が失敗して倒産寸前になった時、また俺に経営を頼んできたんだ。その時は会社になんの金もなくて、借金まであって、どうしようもなかった……」
彼は美香を見上げ、目に後悔の色を浮かべて言った。
「お姉さん、ごめん。俺、家を守れなかった。」
両親が亡くなった時、お姉さんはまだ十四歳だった。
叔父が人を連れて追い出しに来た時、お姉さんは糞をつけたモップで追い払った。
叔父がまた来ても、お姉さんにはいつも対処法があって、ついには来なくなった。
会社もお姉さんが守ったものだった。叔父が会社の経営権を奪おうとした時、十代のお姉さんが三、四十代の株主たちと交渉した。
誰も彼女が何を話したのか知らなかったが、株主たちは彼女を認め、信頼できる人材を社長に選んだ。
その時会社は両親の時ほどではなかったが、同業の他社よりずっと良かった。
お姉さんが事故に遭ってから、すべてが変わった。彼は何一つ守れなかった。
美香は目を細め、直樹の肩を叩いた。
「何言ってるの。十分頑張ってるじゃん! たしかに昔の家は売っちゃったけど、この別荘も結構大きいでしょ?」
美香にとってはたった一瞬、直樹にとっては現実の十一年。
肩に感じる重み、そしてお姉さんの目に浮かぶ見慣れた笑みを見て、直樹はうつむいた。
自分はまだ全然頑張れてない!目が熱くなり、一滴の涙が革張りのソファに落ちた。
何事もなかったように涙を拭き取る。
「早めに休んで。必要なものは竹内に買わせる。明日は手続きに連れて行くし、クレジットカードもあげる。好きに使って。」
アメックスのブラックカードを差し出す。
美香の目が輝いた。
「わぁ、太っ腹だね~」
やっぱり社長弟は最高! お金があると何でもできそうだ。
夢の中で知っているのは、三男の純也が自分の死後、行方不明になったこと。最後は高校三年生で、勉強もろくにせず喧嘩ばかり、ヒーローの秀才弟を病院送りにし、最後は少年院に…
細かいことは覚えていないが、ヒーローの弟から純也を探せそうだ。
直樹の小さな仕草も、彼女は見逃さなかった。
美香は立ち上がって直樹の頭をそっと撫でた――ハードスプレーで髪ガチガチだ。
直樹は見上げ、ちょっと気まずそうな顔。
美香は何事もなかったように手を背に回す。
「もう落ち込まないで。帰り道で事故のニュースを調べて、純也が行方不明になった記事見たけど、それはあんたのせいじゃない。お姉ちゃんが帰ってきたから、きっと見つけてあげる。心配しないで!」
直樹は……美香の目を見つめ、不思議と信じてしまった。
お姉さんなら純也を見つけてくれる!あの頃、「お姉さんがいる限り、誰も君たちをいじめられない!」と言ってたみたいに。
直樹の目の陰りが少し晴れて、素直にうなずいた。
「うん。」
美香はパジャマと竹内が買ってくれた下着を持ってシャワーへ。
ほぼ十一年ぶりのお風呂!
竹内は別荘の様子を気にしつつ、しばらくしてから家に入った。
社長の姉さんの名前を知って、思い出した。
2014年、彼女は中学二年生で、目標は桜川第一高校。そのため桜川一高の情報もチェックしていた。
その年、桜川市で東京大学の首席合格者は藤原美香。
美香は有名だ。学園のマドンナであり、成績トップで人気も高かった。
さらに有名なエピソードは、彼女と学園一のイケメンが学年トップを常に競っていたこと。
桜川第一高校では、この二人のカップリングを推す学生はおらず、誰が一位になるか賭けるだけ。
二人が会えば、目にあるのはときめきではなく、相手を倒す闘志だけだった。
大学入試の時は、賭ける人が多く、先生までこっそり参加していた。
最終的に美香が僅差で勝利。
二位も負けておらず、結局同じく東大に進学した。
みんな、大学に入ってもこの二人は競い合うと思っていたのに、夏休みに衝撃的なニュースがきた。
美香が車でガードレールに激突し、川に転落。警察が一か月も捜索したけど車のみで遺体は見つからず、最後は死亡宣告となった。
死亡宣告の日、美香の事故現場では菊の花で埋め尽くされた。
まさか、あの伝説の藤原美香が生きていたとは!
竹内はこの一連のことが気になった。美香の見た目や性格も当時のまま、身一つで戻ってきた。
でも、それを直接本人に聞ける関係でもないし、社長に尋ねるのも越権だ。
でも、彼女が戻ってきてくれて本当に良かった。
「社長、美香さんのベッドメイキング手伝いますね。」
「いいよ、先に帰って構わない。俺がやるから。」
竹内は驚いた。「ベッドメイキングできるんですか?」
直樹はちらりと彼女を見て、「俺はベッドメイキングの達人だよ、昔は姉ちゃんのベッド全部俺がやってたし。」
竹内は彼の目に、ほんの少し誇らしげな光を見た。
「すごいですね。」
別荘には客室が多いが、直樹は迷わず主寝室を美香に譲り、新しいシーツを敷いて、自分は客室へ。
美香は遠慮なく、シャワー後ベッドに寝転がり、十一年間の社会の変化をネットで調べる。
実際にはそれほど大きな変化はなく、ただネット化が進み、ショート動画やライブ配信が流行している。
Xを見ていると、自分と直樹の写真がトレンド入りしていた。
直樹は普段エンタメニュースは見ないが、何かあれば竹内が知らせてくれる。
美香は目を細め、竹内にメッセージを送った。
十一時を過ぎても眠くならず、スマホで遊び続ける。
午前一時まで遊んで、ようやく少し眠くなり目を閉じた。
三十分後、目を開けて寝返り。
一時間後、頭の向きを変えて寝る。
二時間後、ベッドから落ちかける。
三時間後、天井を見つめて目が冴える。
だめだ、昔からの「新しいベッドでは眠れない」癖が出てきた。高校時代もそのせいで、寄宿できるが、最後は通学してた。
仕方なく、夜中の四時にティックトック動画を見始める。さっきの閲覧記録によって、アプリは関東の貴公子に関するものばかり勧めてくる。
喉が渇いて、水を飲みに出ると、隣の部屋で直樹の携帯が鳴ったのを聞いた。
美香は不思議に思う。四時に起きる予定なの?でも目覚まし音じゃないし、部屋からかすかな「もしもし」というしわがれ声が聞こえてきた。
つい、誰がこんな夜中に直樹に電話を?と気になってしまう。