この夜、眠れなかったのは美香だけではなかった。
早乙女遥もまた、ベッドで何度も寝返りを打っていた。
彼女はⅩのトレンド入りを目にした。
直樹が言っていた「用事」が会社の重大な仕事だと思っていた。
まさか、「用事」とは他の女の子とショッピングに行くことだったなんて!
どうりであの百万円を返してから、さらに振り込もうとしなかったわけだ。
新しい人ができたのね!
でも、そんなはずがない。彼はあんなに自分のことを好きだったのに!
結局我慢できず、彼女は直樹にメッセージを送った。
【直樹くん、今日他の人とショッピング行ったの?】
このメッセージに直樹は返信しなかった――すでに眠っていたのだ。
直樹はいつも寝つきがよく、枕に頭を乗せればすぐに眠れる。
だが、午前四時の電話のベルが彼を起こした。
寝返りを打ち、ベッドサイドのスマホを手探りで取ると、画面には見知らぬ番号が表示されていた。
直樹には習慣がある。知らない番号からの電話は必ず出ること。昔、捜索願を出した時に自分の番号を載せていた。それで迷惑電話が増えてからは捜索の連絡先を竹内の番号にし、さらに秘書に回したが、万が一のため自分の番号は変えずにいた。
体を起こし、しゃがれた声で言った。
「もしもし?」
相手は一秒ほど沈黙した後、感情の読めない男の声が聞こえた。
「美香はいますか?彼女にかわっていただけますか」
直樹は眉をひそめた。
「お前誰だよ?何の用で彼女を?」
お姉さんが帰ってきたばかりなのに、こんな夜中に誰が彼女を?
プープープー――
相手は答えずそのまま電話を切った。
直樹はすぐにかけ直したが、誰も出なかった。彼の顔には陰りが差し、眠気は完全に吹き飛んだ。
LINEを開くと、早乙女遥からのメッセージを見た。
彼女は自分とお姉さんがショッピングしているのを見ていたのか?いや、見ていたならその場で聞くだろう。わざわざ夜中まで待つはずがない。
トレンド入りをチェックして、すぐに理解した――パパラッチに撮られたのだ。
普段はこういうのを見ないし、世論のまとめは竹内がしてくれている。竹内が今日何も言わなかったのは、彼女もまだ気づいていないのかもしれない。今は遅いので、竹内を起こすのも悪い。
彼はさっきの電話を思い出した。お姉さんの昔の知り合いがトレンドの写真を見て電話してきたのか?でも、なぜ午前四時に?かけ直しても出ないし。
もしかして瀬戸達也か?あいつは昔、お姉さんを三年間も追いかけていた。横顔だけで気付いても不思議じゃない。
あいつは女たらしな上に、遥を使ってスキャンダルを作り注目を集めるようなやつだ。ろくなものじゃない。
お姉さんがまだあいつのことを気にしているかもしれない。絶対に近づけさせてはならない!
直樹の眉間がピクッと動き、その番号を即座にブロックした。
早乙女遥に返信しようかと思ったが、夜中に起こすのも悪いので、スマホを置いて再び寝ることにした。
美香は、こんな夜中に誰が直樹を探していたのか気になったものの、盗み聞きする癖はなかった。
リビングで水を飲み終わっても部屋に戻らず、どうせ眠れないので、二階のバルコニーまでぶらぶら歩き、頬杖をついて夜空を見上げていた。
午前四時の桜川市は、眠る巨獣のように静かで、空は灰色に霞み、視界も悪い。
そのせいで、彼女は別荘の外の道端に停まっている車に気付かなかった。
車内からは、熱い視線が彼女をロックオンしていた。
空気は少し冷たく、ほのかに血の匂いが混じり、手のひらからはじわじわと痛みが伝わってくる。
だが、男の美しい顔には興奮の色が満ちていた。こめかみに青筋が浮かんでいるが、凶悪さはなく、むしろ妖艶さを加えていた。
美香が本当に戻ってきた!夢じゃない!
横顔の写真を見た後、服部遼介はすぐに助手を家に帰らせて、自分で運転して直樹の家まで来た。藤原直樹の会社の投資者として、住所を手に入れるのは難しくなかった。
固く閉ざされた別荘の門が視界を遮り、彼は焦燥でたまらなかった!理性と感情が激しくせめぎ合う。
理性は言う――人違いだ、美香は十一年前に死んだ。
だが、感情と心臓は叫ぶ――写真の彼女こそ美香だ。直樹は彼女の弟、一緒に買い物していてもおかしくない。
だが、十一年前に死んだはずの人間がどうして現れる?
この理性と感情のせめぎ合いが彼を苦しめる。確かめたくても手段がない。藤原家に無理に踏み込めば、彼女を驚かせてしまうし、また空振りになるのが恐ろしい。
十一年間、彼は何度も人違いをしてきた。少しでも似ていれば、どんなに遠くても確認しに行った。
遺体が見つからなかったのだから、彼女が生きている可能性はもともとあった!
何度も失望し、何度も心が砕けた。
さっきまで門の前でうろうろした後、彼は直樹の番号を見つけて電話をかけた。
電話が証明してくれた。
美香はいる。
もし彼女がいなければ、直樹は彼を頭がおかしいと罵るか、あるいは彼女がとっくにいないと言ったはずだ。
無意識に「お前誰だよ?何の用で彼女を?」と聞き返したのは、彼女が本当に戻った証拠。
この結論だけで、服部遼介の胸は大きく高鳴った。
電話を切って再び別荘を見ると、二階のバルコニーにぼんやりと人影が浮かび上がった。
心臓が握りつぶされそうになり、今にも破裂しそうだった!
あの毎晩夢に見る顔が、すぐそこ、直線距離で五十メートルも離れていない場所にいる。
圧倒的な歓喜が彼を飲み込もうとした――その時、彼は車の中のフルーツナイフで自分の手のひらを切りつけた。
痛みが彼に冷静さと自制心を与え、同時に、これは夢ではなく現実だと確信させた。
闇に潜み、銀縁の眼鏡をかけた知的な男は、熱く執着した眼差しで少女のシルエットをなぞる。
その姿が消えても、視線は別荘の方に釘付けのままだ。もしまた彼女が出てくるかもしれない。
ふと何かを思い出し、彼は眉をひそめた。彼女はまた睡眠障害を起こしているのだろうか?
すぐに、彼は人差し指で軽く眼鏡を押し上げ、口元に魅惑的な笑みを浮かべた。