「お姉ちゃん、そのクマどうしたの?」
朝食のとき、直樹は美香の顔に驚きかけた。
美香は竹内が持ってきた朝ごはんを食べながら、元気なく言った。
「昨夜は眠れなくて、5時になってやっと少しだけうとうとしたよ。」
直樹はやっと彼女の睡眠問題を思い出した。
「昔と同じなベッドを買い直そうか?」
美香は首を振った。
「無駄だよ、私は場所にこだわるから。家の屋敷、誰が買ったか知ってる?連絡して、売ってくれるか聞いてみて。」
「分からない。たぶん何度も転売されてると思う。」
あの家は思い出が多すぎて、触れるのが怖い。
竹内が会話に加わる。「今日、私が調べてみます。」
美香は親しげに竹内の肩に寄りかかった。「ありがとう、葵さん〜」
竹内は少し顔を赤らめた。桜川第一高校の美人で秀才の美香が、冷たくて近寄りがたい人だと思っていたが、実は明るくて人懐っこい性格で、とても好感が持てた。
彼女は美香にゆで卵の殻をむきながら、直樹の今日のスケジュールを報告した。
直樹は聞き終わると尋ねた。「昨日のXでの件、知ってる?」
竹内は美香を見た。美香は眉を上げ、淡々とした表情で言った。
「葵さんには関わらないように言ったんだ。」
直樹は美香の顔色を見て、心の中でドキッとした。お姉ちゃんが真剣になることは滅多にないが、真剣なときは本当に怖い。彼は無意識に左手で右手首の数珠をいじった。
「姉さんは、俺と遥のこと、もう知ってる?」
美香は白い目をむいた。
「今どき何の時代だと思ってるの?Tiktokを見れば、お前ら二人の話でたくさん、残りは彼女と瀬戸達也の話だよ。」
直樹は姉の順応力の高さに内心感心した。さすが俺のお姉ちゃんだ。それから説明した。
「遥と瀬戸はカップル運営してるだけ。瀬戸が無理にやらせてる。全部嘘だよ。」
美香は目を見開いた。「早乙女遥がそう言ったの?だからうちのバカ弟は早乙女に貢ぐんだな!」
直樹はうなずき、確信をもって言った。「うん。瀬戸は元々プレイボーイで、性格も悪いし。」
美香は首をかしげた。「結論が速すぎるんじゃ……本当に付き合ってたってことは?」
直樹はきっぱりと否定した。「ありえない!でっち上げの話なんて信じるな。」
美香は彼の性格をよく知っている。一度こうと決めたらなかなか揺るがない。彼女は微笑んだ。
「分かったよ。とにかく、昨日みたいに暴走するのはもうやめて!店の損失や評判のこと、ちゃんと考えてる?」
美香の言葉に従うのは、直樹にとって呼吸のように自然で、骨の髄まで染み付いていた。
「分かった、もうしない。」
美香は指先でテーブルをトントンと叩いた。「ちなみに、昨夜、早乙女遥からメッセージきた?」
「きたよ。」遥はやっぱり自分を気にしてくれている。
「見せて。」美香は手を差し出した。
直樹は迷わずスマホを渡した。姉に隠すことなんて何もない。
美香が竹内にトレンド入りを気にするなと言ったのは、早乙女遥の出方を探るためだった。指先で画面をスライドさせると、チャット履歴の中で一番多いのは「直樹くん」。早乙女遥の純粋さと素直さが表れているが、態度は距離感を持ちつつ、絶妙にコントロールされている。
昨夜のメッセージ
早乙女遥:【直樹くん、今日他の人と買い物行ったの?】
直樹は今朝返信していた:【あれは俺の姉だよ。遥、気にしないで。】
相手からは返信がなかった。
美香は昨日、どうしてあんなにタイミングよくパパラッチがショッピングモールにいたのか、不思議に思っていた。
もしそれが早乙女遥を張っていたパパラッチなら、彼女はモールに入っていない。なのにパパラッチはモール内の自分と直樹を撮っていた。
おそらく、パパラッチは最初から早乙女遥が手配して待機させていたのだろう。彼女自身は来なかったが、パパラッチは直樹が他の人と買い物しているのを見つけた——直樹自身はそれだけで話題になるから、撮らない理由がない。元々早乙女遥は自分のスクープで瀬戸達也を刺激しようとしたのかもしれない。
昨日は失敗したが、次はまたやるかもしれない。
美香はスマホを置いた。
「本当に早乙女遥が好きなの?」
直樹は二秒ほど黙った。
「うん。会食で知り合ったんだ。彼女は純粋で自立しているし、裏表もない。あのときの会食、みんな俺に親切そうにしているけど、彼女だけは媚びてこなかった。」
美香は納得した。よくある「御曹司を惹きつける」パターンだ。
「二人のやりとりを見て、私も彼女は悪くないと思ったよ。昨夜トレンド入りしたのは、たぶん彼女も嫌だったはず。だから、今夜レストランを貸し切って、ちゃんと謝ってあげな。」
直樹は目を輝かせた。「本当?お姉ちゃん、俺と遥のこと、反対しないの?」
美香は肩をすくめた。
「稼ぎに影響なきゃ、反対する理由ないでしょ?もう大人なんだから、恋愛くらいお姉さんが邪魔したりしないさ。」
直樹の口元に明らかな笑みが浮かび、顔立ちがさらに整って見えた。
「竹内、この件は君に任せる。」
美香は午前中に役所で身分証明書などの必要な手続きを済ませて、午後は竹内からの報告を待った。
彼女は本当に竹内をすごいと思った。社長の仕事も、私生活の世話も全部こなしている。年収5千万は伊達じゃない!
彼女は竹内に二つ頼み事をした。
1.今夜直樹が貸し切るレストランの住所を調べること。
2.瀬戸の弟がどの高校にいるか調べること。
夜の六時過ぎ、竹内から返信が来た。
【瀬戸達也の弟は瀬戸景舟という名前で、桜川第一高校に在学中です。】
【今夜貸し切るレストランは「シャンヌ」、早乙女さんとの約束は七時半です。】
【美香さんも来ますか?】
美香はまた竹内の能力に感心した!
「シャンヌ」
このレストラン、名前からして高級そうだし、弟が本気で準備したのが分かる。
美香は返信した。【ありがとう、今夜は行かないよ】
竹内もすぐに返事をくれた。
【分かりました。あと、売られた家、その現在の持ち主は服部遼介という人でした。】
その名前を見て、美香の瞳が少し細まった。
あのライバルのことを、もう少しで忘れるところだった。
家が彼の手に渡ったなんて。
腐れ縁があると言うべきか。
あの人、今はどうしているんだろう。東大卒なら、きっと順調だろう。
早速、ブラウザに「服部遼介」と入力する。
男性の美しい顔が画面に現れた。今も銀縁眼鏡をかけており、鼻先の茶色いほくろが相変わらず色っぽい。ただ、少年の頃のあどけなさは消え、気品と優雅さが増していた。
プロフィールを開く——
なんと、有名な投資会社「桜坂キャピタル」のトップだった。桜坂キャピタルはテック系企業で成長し、今市場で名の知れた儲かる会社のほとんどは、裏にこの会社が背後にある。
美香は驚かなかった。かつて服部遼介は、よく学年首位を競い合った相手だ。この頭脳なら、何をやっても成功するだろう。
二十九歳、資産は千億。
一方、自分は何も成し遂げていない、まだ十八歳。
美香は苦笑した。
こんなに年月が経てば、もう自分のことを嫌ってはいないはず。あんな小さな別荘、彼には大したことないだろうし、きっと売ってくれるはず。
確信はないが、あまり考えすぎないようにした。ひとつずつやるしかない。まずはパパラッチを捕まえるのが先。あとで昔の家に行って服部遼介と話そう。
夜七時半、「シャンヌ」レストランの外。
パパラッチはにやけた顔で植え込みに身を潜めていた。
本当は車の中から撮りたかったが、早乙女が「ぼやけるからイヤだ、ちゃんと私のきれいな写真が欲しい」と言うので、仕方なくここに隠れている。
昨日は直樹が新しい恋人らしき人物といたが、今日はまた早乙女遥とラブラブデートで復縁。またトレンド入りのスクープだ。間違いなく稼げる!
黒いベントレーが止まるのを見て、直樹が黒いスーツ姿で降りてきた。
パパラッチがカメラを構えた瞬間——
誰かの手が彼の肩を叩いた。
「ちょっと!ここで寝てはいけないよ!」