美香はぐっすり眠っていて、お風呂にも入らなかった。
目を覚ますと部屋は真っ暗で、カーテンがしっかり閉められていた。ぼんやりと「この部屋、スマートシステムでも入ってるのかな?寝てる人を感知して自動でカーテン閉まるとか?」と考えた。
手探りで枕元を探していると、スマホを見つけた。画面が光り、16:01と表示されている。
美香は一瞬で目が覚めた。
まさか次の日の午後四時まで寝てたなんて!
携帯には未読メッセージがいくつか届いていた。
直樹:【昨日買った服、そっちに届いたよ。不足があったら竹内に買いに行かせるから。】
【隣の住宅は早めに買い取るつもり。何かあったら俺に電話して。】
【服部様も俺の出資者なんだけど、いい人だよ。彼は女性が好きじゃないから、お姉ちゃんは警戒しなくていいよ。】
美香の目が輝いた。元々服部遼介が自分に気があるとは思っていなかった。
ひとつは彼の人柄を信じているし、もうひとつは犬猿の仲だからお互い気に食わない。
昨晩彼女が転んでも、彼は手を貸そうともしなかった。
美香:【もしかして服部遼介って男が好きなの?マジ?ぜひ詳しく!】
どうりでウェキペディアで彼の恋愛遍歴が出てこないわけだ。
直樹は即レス:【お姉ちゃん、やっと起きた!これ以上寝てたら救急車呼ぶところだったよ!】
美香:【要点を言いなさい!】
直樹:【噂と昨晩俺が観察して推測しただけで、確定じゃない。ただ一先ず安心させたくて…】
美香は眉をひそめた:【証拠もないのに他人の性癖を憶測するのは良くない。】
直樹:【分かった。】
美香:【じゃ、後で本人に直接聞く。】
直樹:【?】
美香は同居人の性癖を気にするのは普通のことだと思った。
しばらく一緒に住むし、事前に知っておけば心の準備もできるし、万が一彼が男を連れてきても驚かなくて済む。
もう直樹のことは気にせず、ボサボサの髪をかき上げてベッドから起き上がった。
カーテンを開けると、眩しい陽射しに目を細めた。
慣れてくると、外はいい天気だった。
庭には色とりどりの季節の花が咲き誇り、特にローズピンクのバラが鮮やかで、庭師が手入れをしていた。
伸びをして、部屋を見渡す。
昨夜は疲れきっていて、部屋に入るなり倒れ込んで寝てしまった。
今になってようやく気づいたが、部屋は以前住んでいた部屋とほとんど同じで、埃一つなく、彼女の好みのフレンチスタイル。ベッドカバーは爽やかなグリーンだった。
どうやら服部遼介はこの部屋を普通のゲストルームとして使っているらしい。
ドアを開けて外に出ると、向かいの書斎のドアが開いていて、中に白い姿が見えた。
美香は近づいてドアをノックした。
「服部くん、今日は仕事行かないの?」
この部屋は前から書斎で、今も同じ。白いシャツを着た男性がパソコンで仕事をしていて、腕のラインがはっきりしている。
声に気づいて、彼は振り向き、優しい視線をドア口の少女に向けた。
寝起きの彼女は目がとろんとしていて、長い髪を肩に垂らし、頭頂部の髪が少し跳ねている。
「今日は早く仕事が終わったんだ。」彼は穏やかに微笑んだ。
美香が中に入ると、彼の目の下にうっすらクマがあるのに気がついた。
「あ、直樹が送ってくれた服ってどこ?シャワー浴びたい。」
「家政婦さんがきちんとクローゼットに入れてくれてるはずだよ。」服部遼介は落ち着いた口調で言う。
美香は笑って、「家政婦さん、本当に気が利くね。ところで、君は男が好きなの?それとも女が好き?」
話題が急に変わったので、服部遼介は明らかに戸惑い、眉をひそめる。「……え?」
美香はパチパチと瞬きをした。「いや、別に気にしないよ。ただ事前に知っておけば安心だし。もし男を連れて帰ってきても驚かないし。」
「女が好きだよ。」彼はメガネを直した。
美香は興味津々で、「じゃあ、なんでずっと独り身なの?もう三十路近いのに。」
服部遼介:「……」
「まだいい人に出会ってないだけだ。」少し黙ってから彼は答えた。
美香は肩をすくめた。「そっか、じゃあシャワー浴びてくる。」
シャワーを浴びてすっきりした。
スマホには直樹からのメッセージ:【今、玄関まで来たよ。迎えに行くから一緒にご飯食べよう。】
美香は返信:【今行く。】
出かける時、服部遼介はまだ書斎にいた。美香は顔を出して声をかけた。
「服部くん、直樹がご飯に連れて行ってくれるから、帰り遅くなるよ。ドア、鍵かけないでね。」
服部遼介は少し目を伏せ、表情は変わらず穏やかだった。
「うん。連絡先を交換しよう。帰る時は連絡して。」
美香はドア口で「分かった」と答えた。
連絡先を交換すると、手を振って出て行った。
美香の姿が階段の向こうに消えるのを見て、服部遼介は立ち上がり、彼女の部屋の窓辺に歩み寄った。
少女の高いポニーテールが風に揺れ、細身の後ろ姿が見えた。
黒いスーツに数珠をつけた男が車から降りてきて、ドアを開けてやる。美香はベントレーに乗り込んだ。
車は静かに山道を走り、見えなくなった。
服部遼介はカーテンを閉め、部屋のドアをしっかり閉めた。
眼鏡を外し、上着と靴を脱ぎ、美香が寝ていたベッドの布団をめくって横たわり、彼女の香りが残る枕に顔を埋め、目を閉じた。
この瞬間になって初めて、彼は心から実感した。
あの日も夜も思い続けてきたあの少女が、本当に戻ってきたのだと。