――チャイムが鳴り響いた瞬間、会議室全体が一気に静寂に包まれた。
続いて、皆が互いに顔を見合わせ、探るような光がその瞳に浮かぶ。
ひそひそとしたささやき声が広がり始めた。
さっきまで会話していた二人は、興奮気味に手を握り合い、声をさらにひそめた。
「この専用着信音!また早乙女が藤原様にメッセージ送ってる!」
「ちっ、甘やかしすぎだよ!みんなはマナーモードなのに、藤原様だけ彼女の通知オンにしてる!」
「藤原様、また先に帰るのかな?本当に一途だよね!」
「うーん、ゴシップは面白いけど……でも最近、何人かの古参幹部は転職を考えてるって噂だよ。藤原様は会社の経営に集中してないし、スキャンダルも多いし、先期の決算も散々だったし……」
「仕事の話は後で、今日社長が彼女のためにどうでるか、気になるな!」
美香はその会話を聞きながら、深く息を吸い、顔色が沈んだ。
直樹の破産はやはり前兆があったのね!彼女の澄んだ視線は、しっかりと直樹を捉えていた。
竹内はノートパソコンを持って直樹の後ろに座ったばかりで、その着信音を耳にした。彼女はパソコンをぎゅっと握りしめた。
藤原様、また出て行くの?報告中の幹部も思わず手を止めてしまう。
直樹は眉をひそめた。彼は普段からマナーモードを使わず、今日はそれを忘れていた。
もう派手な行動は控えようと決めていたし、服部遼介にも注意されたばかりだった。
もし本当に会社に問題が起きたら、姉をどうやって養えばいい?
美香は直樹がすぐにスマホを確認しないのを見て、表情が少し和らいだ。
一度の失敗は分かるけど、毎回じゃ困るわよね?
直樹は左手で数珠をいじり、スマホは手に取らず、幹部に報告を続けるよう合図しようとした。
しかし、その専用着信音が再び鳴った。直樹は深く息を吸い、やはり無視することにした。
だが、次の瞬間、今度は音声通話の着信音が響いた。
さすがの直樹も耐えきれなかった。
早乙女が彼に音声通話をかけてくるのは初めて。きっと緊急事態だ。
彼は瞬時に電話を取り、心配そうに声をかけた。
「遥、どうした?」
電話の向こうから、泣きじゃくるような弱々しい声が聞こえてきた。
「直樹くん、車に轢かれちゃったの……ううっ、すごく痛いよ!」
直樹の表情は一気に険しくなった。
「どこにいる?今すぐ位置情報を送って、すぐ向かう!」
その頃――人気のないインスタ映えスポット。
電話を切った早乙女遥は、サングラスと帽子を身に着けたまま地面から立ち上がり、自転車に乗った人に言った。
「早く自転車をどこかに隠れて!」
どうせ直樹は、心配してすぐに駆けつけてくれるはずだと彼女は分かっていた。
以前は自分に尽くしてくれた直樹が突然冷たくなったのを受け入れられず、彼の気持ちを試すためにこんな手段に出たのだ。
自転車とそっとぶつかり、彼女は膝を露出させて転ぶふりをした。
直樹が来たら、「出前の配達員にぶつかられたけど、相手が可哀想だったから許した」と言うつもり。
そうすれば優しさをアピールできるし、直樹の同情も引ける。
マネージャーは早乙女遥の白い膝にできた、ほとんど目立たない擦り傷を見て、心の中でつぶやいた。
――藤原が来る頃には、傷も治ってるんじゃ……?早乙女遥、最近どうしたの?前は直樹にそっけなかったのに、今じゃ演技までして。
きっと直樹の側に、頭のいい恋愛の先生がいて、わざと焦らして早乙女の心をつかんだんだなと彼女は疑った。
早乙女遥から送られてきた位置情報を見ると、そう遠くはなかった。
直樹は左手で数珠をいじりながら、会議室の皆に告げた。
「急用だ。会議は続けて。秘書は後で議事録をまとめてくれ。」
皆が一斉にうなずき、反対する者はいなかった。
年功のある幹部たちは何か言いたそうだったが、結局黙ることを選んだ。
私的に忠告したこともあるが、何の効果もなく、むしろ社長に疎まれてしまった。
わずか四年で財閥を立て直し、拡大させたその経営手腕は非凡と言うほかない。
こういう人ほど、自分の権威を挑まれることを決して許さない。
しかも彼の手腕は冷徹で、実の叔父すら刑務所送りにした男だ。誰が公然と批判できるだろうか?
今は沈黙が最善だ。
竹内も後ろで何か言いたそうだったが、やはり沈黙を選んだ。
彼女は補佐役、越権するわけにはいかない。
全員の視線が直樹に集中する。
彼はすでにこの視線には慣れていたが、今日はなぜか無言の圧力を感じ、うなじが冷たくなる感覚さえあった。
彼はまた無意識に数珠をいじり、違和感を抑え込み、スマホを手に取って踵を返し、席をたって歩き出した。
その時、会議室の後方から澄んだ声が響いた。
「直樹!止まりなさい!」