その澄んだ一声の命令が、静まり返った会議室に鮮やかに響いた。
皆が一斉に声の主を振り返り、最後列に座る美しく華やかな若い少女に視線を集中させた。
「誰だ……?見たことないぞ?」
「それに、あの子……藤原様を呼び止めた?まさか、追い出されるんじゃ……」
ざわめきとともに、皆が少女の無謀さに冷や汗をかいた。
さっきまでひそひそ話していた二人は、開いた口が塞がらなかった。
「いつからあそこに座ってた?どこの部署だ?」
「藤原様を止めろなんて、無理だろう!」
だが、直樹はその冷ややかで懐かしい声を耳にした瞬間、雷に打たれたようにその場に立ち尽くした。
振り返ると、後列の美しい少女の顔は氷のように冷たかった。
直樹の心臓がドクンと沈み、スマホを握る手のひらに一気に冷や汗がにじむ。
彼女が笑えば明るく華やかだが、怒った時のその冷たい絶世の気迫は、誰もが息を呑むほどだ。
みんなが驚きのまなざしを向ける中、直樹は本当に立ち止まった。
そして、少女が立ち上がり、最後列から堂々と前に歩み出る。
会議室は水を打ったように静まり、誰もが息を呑んで彼女が直樹の前に歩み出るのを見つめていた。
生まれつきの長女からの威圧が直樹の背筋を凍らせ、今にも逃げ出したいほど緊張した。
だが立場上、動けず、左手で無意識に右手首の数珠をいじり続けるしかなかった。
美香は直樹の前に立ち、澄んだ視線で彼をじっと見つめる。
彼が数珠をいじって視線を合わせようとしないのを見て、彼女は眉をひそめ、次の瞬間、彼の手首から数珠を強引に引き剥がした!
「……!」
会議室が一斉に息を呑む音で満たされた。
まさか、藤原様から肌身離さずの数珠を引きちぎるなんて!
竹内も瞳を見開き、美香の身を案じて冷や汗をかいた。
この場で、しかも全社員の前で……いくら姉でも社長は怒るだろう。あの数珠は絶対に手放さないのに!
だが直樹は怒るどころか、むしろ内心ほっとしていた。
美香が手を伸ばした時、姉さんがここで自分を殴るのかと思った。
もしそうでも、受け入れるしかない。数珠を取られたくらい、どうってことはない。
冷たい数珠が美香の手のひらに収まると、彼女は少し冷静さを取り戻し、弟を殴り倒したい衝動を抑え、ただきっぱりと叱った。
「恋愛ばっかり考えてるバカ!ちゃんと会議を続けて!」
美香の言うことを聞くのは、直樹にとってごく自然なことだった。
すぐに元の席に戻り、姉さんがまだ立っているのを見ると、自分の本革チェアを指さした。
「姉さんはここに座って」
「秘書、椅子をもう一つ!」
「……」
美香は彼を睨みつけた。
「私はここに座らない。ここは責任感と能力のある人が座るべき場所よ。あなたもその資格があるか怪しいし、今日は立ったまま会議をしなさい!」
直樹は叱られた子供のように、口を引き結んでうつむいた。
「はい……」
「…………」
会議室の全員が美香に注目していた。
だが彼女は全く動じず、黒い数珠を自分の細い手首に巻き、両手でテーブルに手をつき、全員に微笑んだ。
「皆さん、こんにちは。私は藤原美香、藤原の姉です。信じがたいかもしれませんが、見た目は彼より若くて美しいけど、確かに姉なんです」
「これまで財団のために頑張ってくださり、ありがとうございます。弟の能力は皆さんもご存じの通りですが、最近の彼の行動には至らぬ点が多く、ご迷惑をおかけしました」
「感謝の気持ちとして、私から4000万円を全社員のボーナスに出します。今後もぜひ彼をしっかり監督してください。もしまた変なことをしたら、私に連絡を。私が懲らしめます!」
つい先ほどまで驚愕していた会議室が、一気に雷のような拍手で包まれる。
「お姉さま、最高すぎる!」
「この迫力、間違いなく本物の姉だ!」
直樹は動くことなく、美香が立って話す姿を見つめていた。
その瞬間の彼女は、十八歳の少女ではなく、立派な大人として決断力に満ちていた。
会議室のライトが彼女を照らすが、彼女自身の輝きには遠く及ばなかった。
直樹は突然気づいた。なぜ十四歳だった姉が、あの時会社の幹部たちを叔父に寝返らせずに説得できたのか。
彼女には、人を納得させる強い力がある。
だが、本来なら悩みもなく、純粋でいろんなことを挑戦したい年頃のはずなのに――
なぜ彼女はこうなったのか。
両親が事故で亡くなった後、この家を支え、三人の弟を守るため、彼女は無理やりこう成長したのだ。
両親がいた頃は、姫のように甘やかされていた。
でも両親がいなくなってからは、すべてを背負う長女になった。
直樹の心が痛み、強い後悔がこみ上げ、拳を握りしめた。
「自分は一体何をしているんだ……」
「もう姉さんより年上なのに、どうして姉さんに心配ばかりかけてるんだ……」
「姉さんは今、人心をまとめてくれている」
「幹部の中に不満がいるのは知っていたが、まだ手をつけていなかった。姉さんが助けてくれたんだ……!」
直樹は鼻の奥がツンとし、自分を殴りたくなった。
早乙女が車に轢かれたからといって、自分が行っても何ができる?医者でもないのに。
直樹は迷いなくスマホの電源を切り、背筋を伸ばして立った。
拍手が止むと、美香がさらに付け加える。
「それと、この四千万はもちろん藤原社長の口座から出します。最近、私も金欠で、上の階の人から『下の階で小銭の音がうるさい』とクレーム来てますから」
再び、会議室が笑い声に包まれた。
美香は冗談で場を和ませ、皆の目が彼女に釘付けになる。こんな美人で面白い姉、どこにいる?
彼女はにっこりと微笑む。
「では、皆さん会議を続けてください。私はもう邪魔しません」
そう言って、また後列へと戻って座った。
直樹はそのまま立ったまま、会議を最後まで進行した。管理層もいつもより真剣に報告・議論した。
皆、美香にもう一度見てもらいたくて仕方がなかった。だって藤原様の姉は本当に「金を出してくれる女神」なのだ。
何人かの重役は、しばらく現実が信じられず顔を見合わせていた。
「あの子が社長の姉……?」
「確か……社長の姉は、何年も前の事故で亡くなったはず……」
「でも、あの子は亡くなった姉に瓜二つだぞ?」
「今日の気迫も、十四歳の頃の彼女そのままだ!名前も同じだし……一体どういうことだ?夢でも見てるのか?」
一人の重役が隣の重役の太ももをつねり、隣の重役は痛みで顔をしかめ、蹴り返した。
これで、二人とも夢ではないと確信した。