早乙女遥が星輝財団に来るのは、これが初めてではなかった。
以前、直樹に連れられて来たことがあり、その時に顔写真も会社のシステムに登録されて、社長専用エレベーターを自由に使えるようになっていた。
彼女はアシスタントを連れて1階までやって来ると、フロントは一目で彼女を認識した。
フロントは少し眉をひそめて言った。
「早乙女様、何か御用でしょう?」
早乙女遥はその口調の違和感をすぐに感じ取った。
自分は国民的女優だ。今までフロントは自分を見るたびに興奮を隠しきれなかったのに、今日は妙に冷たい態度だ。
絶対にあの女が会社の人間を買収したに違いない!
早乙女遥は険しい顔で近づき、低い声で尋ねた。
「藤原さんは会社にいる?」
フロントはぱちぱちと瞬きをして答えた。
「多分いらっしゃると思います。」
早乙女遥はサングラスを下げて、フロントをじっと見つめた。
「今日、私以外にも藤原さんを訪ねに来た女がいるでしょう?」
藤原さんのお姉さんが会社全体に四千万円のボーナスを配った話は、ほんの十数分で社内の隅々まで知れ渡っていた。
一般社員に分配される金額は限られていたが、それでも臨時収入にみんな大興奮だ。
その時の様子も、各チャットグループで生き生きと反映されていた——藤原さんのお姉さんが数珠を引きちぎって社長をしつけて、社長は一言も反論できず、主役の座も譲った、というのだ。
これで、姉は社長と早乙女遥の関係に反対していることが明らかになった。
社員たちから見れば、早乙女遥は部外者であり、ボーナスを配り会社の未来を考えてくれる美香こそが身内だった。
両者が鉢合わせするのは避けたい光景で、フロントもできればこの場面を見たくなかった。
フロントは姉がやり手の早乙女に負けるのではと心配して、眉をひそめ続けていた。
早乙女遥の問いには答えたくなく、ただこう勧めた。
「早乙女様、今日はお帰りになってはいかがでしょうか?」
早乙女遥の顔色が一瞬で曇った。
「あなた、何様のつもり?私を追い返すなんて!」
彼女はフロントを睨みつけ、サングラスをかけ直してハイヒールで社長専用エレベーターへと向かった。
フロントは止める勇気もなく、社内匿名のゴシップ掲示板にすぐさまメッセージを流した。
【警報!早乙女遥が来た!藤原さんが彼女に会いに行かなかったから、直接会社に乗り込んできた!お姉さん危険!】
グループチャットは一気に騒然となる。
【仕事中断、お姉さんを守りに!】
【サボり中断、お姉さんを守りに!】
【会議中断、お姉さんを守りに!】
【余計なこと言ってないで!前線速報、早乙女は今どこ?】
【もう社長専用エレベーターに乗った!】
【終わった!俺たち一般社員は社長フロアに上がれないよ!】
【早く竹内さんに連絡!あの人しか止められない!】
【さっき竹内さんが車で出ていくの見たぞ!】
【早く彼女にメッセージ送れ!大変なことが起きたって、すぐ戻れ!】
フロントはあわてて竹内にメッセージを送った。
【竹内さん、早乙女遥が来ました、もう社長室に向かいました!】
竹内はちょうど美香のためにアクセサリーを選びにショッピングモールへ向かっていたが、メッセージを見るやいなや即座にUターンした。
会社中がはらはらしていた——早乙女遥がもし社長に甘えて泣きつけば、彼は理性を保てるだろうか?昔から英雄は美女の涙に弱い、枕元での囁きの力は侮れない。
竹内も同じく心配していた。絶対に美香を少しも傷つけさせてはいけない。
そう思うと、ハンドルを握る手に力が入り、アクセルを踏み込む。
社長専用エレベーターは三十階までノンストップで上がる。
早乙女遥は記憶を頼りにあのオフィスを探し出し、勢いよくドアを開けた。
広々としたオフィスには、美香が一人、社長の椅子にのんびりと腰かけていた。
早乙女遥は怒り心頭で詰め寄る。
「あなたが直樹くんを引き止めて、私のもとに来させなかったんでしょ?」
美香は姿勢を正し、早乙女遥だと気づき、あっさりとうなずいた。
「そうよ。」
早乙女遥は怒りで震えながら、さらに一歩近づいて美香をまじまじと見つめた。
相手は完璧な美貌で、すっぴんなのに若々しく、どう見ても十七、十八歳くらい。
直樹がこれを姉だと言うなんて、誰が信じるか!
早乙女遥は深く息を吸い、目を細めて問い詰める。
「どうして直樹くんを私に会わせないの?自分が第三者だって分かってる?」
美香は驚いた顔をして、呆れ笑った。
「今、私のことをなんだって?」
早乙女遥は眉をひそめて言う。
「とぼけないで!自分から身を引いたほうが賢明よ。さもないと、容赦しないから!」
美香は首をかしげて、面白そうに言った。
「へえ?どう容赦しないつもり?」
早乙女遥はサングラスを外し、椅子のそばまで来て美香を引き起こそうとしたが、持ち上げられなかった。
一瞬、バツの悪い表情を浮かべ、椅子の横に立ち、上から見下ろして言う。
「私が誰だかわかるでしょ?ファンがどれだけいるかも。私があなたのことを暴露したら、どうなるか分かってる?」
美香は見上げて目をぱちぱちさせた。
「へえ、ファンを使ってネットリンチでもするつもり?」
早乙女遥は腕を組んで言い放つ。
「分かってるならいいのよ!本気で怒る前に、さっさと消えなさい!」
美香は椅子の背にもたれて、わざとらしく言った。
「あら、怖いわ~。」
早乙女遥:「……」
これは、全然怖くないって態度じゃん!
早乙女遥は呼吸を荒げて言う。
「本気で私と争う気?直樹と知り合ってどれだけ経つっていうの?私は彼ともう一年の付き合いよ!」
美香はもともとダラダラと椅子に座っていたが、このときまた姿勢を正して言った。
「ちょっと気になるんだけど、あなた瀬戸達也が好きなんじゃなかった?直樹とはどういうこと?」
早乙女遥の顔色が一変した。
「どうしてそれを……」
彼女はデスクに手をつき、美香を睨んだ。
「そんなの関係ないでしょ!あなたは直樹のそばから消えればいいのよ!」
「直樹くんの私への想いは、あなたなんかじゃ及ばない!彼は私のために映画に出資して、何でもしてくれる!たとえあなたが彼と寝たって、彼は……」
「パシッ!」
美香は立ち上がり、ためらいなく早乙女遥の頬を平手打ちした。
早乙女遥は完全に呆然とし、頬がひりひりと痛み、生理的な涙があふれ出した。
「あなた……私を殴ったの?」
その時、オフィスのドアがもう一度開く音がした。
早乙女遥が振り向くと、そこには直樹がいた。
彼女は一気に涙腺が決壊し、顔を押さえて泣きじゃくる。
「直樹くん!彼女に殴られたの、うううう……」