背筋の伸びた男は、黒いスーツに身を包み、手首には数珠をかけ直していた。
彼の表情は少し険しく、ゆっくりと入口から中へと歩みを進める。
早乙女遥の瞳には得意げな光がよぎり、足を引きずりながら彼に近づいていく。泣きそうな声で言った。
「直樹くん、たくさんメッセージ送ったのに返事くれなかったから、心配で会社に来ちゃったんだよ……」
彼女は手を伸ばして直樹の腕を掴み、彼の胸元へ身を寄せようとした。
傍にいたアシスタントも同調する。
「そうなんですよ、藤原さん。遥、足をこんなに怪我してるのに病院にも行かず、急いであなたを探しに来たんです!」
早乙女遥は涙を溜めてさらに訴える。
「私はただ、あなたがどこにいるかを聞いただけなのに、彼女がいきなり私を叩いたの……今は足も顔も痛くて、ううう……」
彼女は白いワンピース姿で、儚げで可哀想に見える。頬には赤い手形がくっきり残っていた。
「でたらめを言うな!」
入口で力強い男の声が響いた。
早乙女遥とアシスタントは声の方を見やると、年配の男女二人ずつ、計四人が入ってきて、じっと早乙女遥を見据えていた。彼らは会社の重役たちだった。
会議が終わった後、彼らは美香の正体を確かめたくて直樹の後を追ってきたのだ。
まさかこんな場面に出くわすとは思わなかった。
年長の重役、佐藤が厳しく叱った。
早乙女遥はその威圧感に怯えて、さらに直樹のそばに身を寄せる。
「私は嘘なんか言ってない!」
佐藤の目は鋭かった。
「まだ言うのか? お前の膝の傷はどう見ても化粧品で描いたものだ! そんなものに騙されるか!」
早乙女遥「……」
直樹の目に驚きの色が浮かび、早乙女遥の膝を見た。
もう一人の重役、中村が続けた。
「美香ちゃんが理由もなく人を叩くわけがない! 彼女を陥れようなんて思うな!」
三人目の重役、高橋は一歩前に出て言い切った。
「藤原、お前が美香ちゃんを責めるなら、まず俺たち四人を突破しなきゃならんぞ!」
四人目の重役、鈴木は何も言わなかったが、その眼差しは揺るぎなかった。
早乙女遥の瞳に怨みが宿る。なぜこの女がこんなに多くの人を味方につけたのかわからない。
だが、構わない。直樹さえ自分の味方なら、それでいいのだ。
彼女は直樹の腕をしっかりと抱きしめ、さらに大きな声で泣く。
「直樹くん……みんなが私のせいだって言うなら、私が悪かった……」
「元々お前が悪いんだ!」
直樹は冷たく言い放ち、同時に力強く腕を早乙女遥の手から引き抜いた。
早乙女遥は完全に呆然とした。
「…………」
直樹は部屋に入った時、自分が約束を破り連絡もしなかったので、まず自分に非があると思っていた。だから早乙女遥が腕を掴んできた時も、すぐには払いのけなかった。
だが、彼女は話を大げさにし、怪我まで偽っていた。目的は何なのか?
そして、四人の重役がまるで美香を守るかのように構えているのを見て、直樹は呆れ半分、少し胸が痛くなった。
彼は左手で数珠を弄びながら言った。
「皆さん、これは一体何だ?俺は善悪の区別もつかないような人間だと思われているのか?」
四人の重役は一斉に頷いた。
直樹「……」自分の評判はもう地に落ちた。
「美香!大丈夫だった?」
竹内が息を切らして駆け込んできた。重役たちを通って美香の前に立つと、上から下までじっくり見て、
「早乙女遥に何かされなかった? 社長もあなたを困らせてない?」
早乙女遥「……」被害者は私のはずなのに?
直樹の顔はさらに暗くなった。
美香は目をぱちぱちさせ、少し戸惑いながらも言った。
「私は大丈夫。彼女を叩いたんだ。」
竹内はほっと胸をなでおろした。
「それならよかった。」
早乙女遥は怒りでくらくらした。
「竹内!それならよかったって何よ? 私が叩かれてよかったわけ?」
彼女は前からこの補佐が気に入らなかった。
竹内は冷ややかに彼女を一瞥した。
「美香があなたを叩いたなら、あなた自身を反省すべきね。」
早乙女遥は歯ぎしりして言った。
「あなたたち全員、被害者有罪と思ってるの?」
美香は四人の重役の前に歩み寄り、にこやかに笑った。
「佐藤さん、鈴木さん、中村さん、高橋さん!」
四人の目は一瞬で輝き、鼻の奥がつんとした。
中村は声を詰まらせて言った。
「美香ちゃん!まだ私たちのこと覚えてくれていたのかい!この数年、どこに行ってたんだ? 皆、ずっと君を待っていたんだぞ!」
美香はにっこり笑った。
「もちろん覚えてるよ! 中村さん、前よりもっとかっこよくなったね!」
中村は泣き笑いになり、思わずスーツの上着を引っ張って少し出たお腹を隠そうとした。
「はは、やっぱり美香ちゃんは見る目がある!」
佐藤は感激して美香を抱きしめた。
「さあ、このおじさんに顔を見せてくれ!君、やせたみたいだな。ちゃんとご飯食べているか?」
そう言いながら、目には涙が浮かんでいた。十一年ぶり、もう亡くなったと思っていた子が目の前に生きている。涙をこらえられる者はいない。
この四人は美香の父、藤原慎治とともに会社を創業した最初の仲間で、藤原家の子供たちを見守ってきた。特に長女の美香を可愛がっていた。
当時、藤原慎治は時々娘を会社に連れてきていたが、賢くて可愛く、愛想もよい美香は、娘好きの叔父たちの羨望の的だった。
最初に藤原慎治についてきたのは彼ら四人だけではなかったが、時が経つにつれて、それぞれ道を選び、会社を去る者もいた。
藤原慎治が突然亡くなった時、会社は大きな混乱に見舞われ、多くの者が慎治の弟である藤原義幸に寝返った。
藤原慎治はもともと社長であり、弟の藤原義幸は兄が会社を繁栄させたことに不満を持ちながらも、副社長のままに甘んじていた。
彼は陰で仲間を集めて権力を奪おうとしたが、兄がいる間は全くチャンスがなかった。藤原慎治の死は、藤原義幸が社長の座に最も近づいた瞬間だった。
だが、十四歳の美香が立ち上がった。
彼女は父の努力が無駄になるのを見かねて、全ての取締役を召集して会議を開いた。
皆が面白半分で見つめる中、彼女は藤原義幸の誤った経営判断による損失を冷静に列挙し、彼の私生活の乱れを暴露し、彼が会社を率いる資格がないことを力説した。
最後に彼女は毅然と宣言した。
「皆さんには、本当に能力のある人を社長に選んでほしい!私はまだ子供だけど、これからの行動で私の判断と私自身の実力を証明します!」
彼女は幼い頃からの優れた成績や数々の受賞歴を示した。
その整然とした、自信に満ちたスピーチは全員を驚かせた。
最終的に、多くの取締役が彼女の知恵と勇気に心を動かされ、彼女を支持することを選んだ。
藤原義幸はどんな策を弄しても、兄の十四歳の娘に敗れ、ただ怒りに震えるしかなかった。