「次回! 『宇宙戦機・ブツカリオン』第11話! 『ジョージ、死す』! 放送をお楽しみに!」
ワンルームマンションに置くには少し手狭な長ソファへと仰向けで寝転がり、スマホを持ち上げて画面を下から覗き込んでいる私。
見ていたアニメはエンディングテーマまで終わり、次回予告映像をヒロイン役の女性声優がナレーションを読み上げているところであった。
「あー、今週の放送も終わっちゃったー。なんであんないいところで切るかなー……。来週まで待ちきれないよー」
枕にしていたクッションへと、今度は顔をうずめるようにしてうつ伏せになり、足をバタつかせて興奮の発散を試みる。
主人公のジョージが操縦する機体・ブツカリオンが、全宇宙を消し炭へと変える最終兵器「エターナル・フデオリ・キャノン・INFINITY」を止めるため、いよいよ最終決戦へと挑むという直前のシーンで終わってしまった今週の放送。
生殺しにされているかのようないけず過ぎる終わり方のせいで、来週の放送がもう待ちきれない。
「って、もうこんな時間!? ヤバッ、もう寝ないと! なんでよりによって、水曜が1限からなのさー」
ふと視界に入ってきた時計が指していた時刻は午前2時。あと4時間後には起きていないと、明日・・・・・・もとい今日の1限に間に合わないような時刻だ。
慌てて布団へと潜りこみ、とりあえず目を閉じてみる。
しかし、なまじ目を閉じたせいか、今週の名場面の数々ばかりが脳裏にエンドレス再生され、安眠どころか余計にアドレナリンが分泌される有様だった。
「ああ、この興奮を誰かに語りたい・・・・・・!」
案の定寝付けずに、布団の上でゴロゴロと寝返りを打つ私。
無意識に口をついて出た言葉は、誰に聞こえるわけでもなく、静かな夜の部屋にわずかに響いた。
***
「・・・・・・ねむ」
あの後結局、寝つけたのは何時くらいだったのだろう・・・・・・? 少なくとも、まともに寝たような感覚はまるでなく、全身、特にまぶたが鉛のように重い。
行きの電車では座った瞬間意識を失い、何度後頭部を窓ガラスにぶつけたかも覚えていないほどに船を漕いでいた。そのせいで頭は少し痛いが、おかげで寝過ごさずに大学の最寄り駅で降りることができた。
道中のコンビニで、とりあえず新作のエナジードリンクを買っておいたけど、果たしてこんな調子で果たしてフランス語の授業中起きていられるのだろうか・・・・・・?
講義室の入口をくぐり、先に着いているという友人の姿を探す。見渡すと、教室の後ろの方にその姿を見つけた。彼女のオレンジがかった明るい茶髪は、比較的地味めな子が多いうちの大学ではよく目立つ。
「おはよー。飛鳥ちゃん」
「あ、由依。おは~・・・・・・って、目ぇヤバッ! ちょっとアンタ、大丈夫なの・・・・・・?」
驚いたような呆れたような顔の飛鳥ちゃん。彼女は席取り用に置いていたトートバッグをどかし、私の分の席を空けてくれた。
「ちょっと、昨日寝るの遅くなっちゃってさー・・・・・・あはは」
「どうせ、また『ブツカリオン』リアタイしたんでしょ? 水曜1限あんの分かってるんだから、配信サブスクででも見ればいいのに」
「分かってないなぁ飛鳥ちゃん。推し作品はリアタイしてこそ、だよ」
「ふーん。・・・・・・しっかし、まさか由依が『ブツカリオン』にハマるとはねぇ。「今世紀最狂のクソアニメ」って言われてるヤツでしょ? それ?」
飛鳥ちゃんの言う通り、『ブツカリオン』に対する世間の評価は芳しくない。というより、完全にネットのおもちゃ状態というのが正確なところだ。
「確かに1話の展開は強引で意味分かんなかったかもしれないけどさぁ・・・・・・。でも、今でもやいやい言ってるのは、放送も見ないでネットのおもちゃにしてる層だけだよー」
「ゴメンゴメン。別に由依の趣味をバカにしたいわけじゃなくてさ」
「ホントに~?」
「ホントホント。これあげるから許して」
唇を尖らせ膨れていると、飛鳥ちゃんがわざとらしく顔の前で手を合わせた後、封の空いた緑色の菓子箱を渡してきた。
「あ、『ダーツ・チョコレート』だ。ありがとー。・・・・・・緑色の箱って珍しいね? 新作?」
いったい何味なんだろう? 緑ってことはチョコミントとかかな?
そう思って箱を覗き込むと、そこに書かれていた文字は・・・・・・パクチー味・・・・・・?
「いやー、アタシパクチー好きだから試しに買ってみたんだけどさー・・・・・・やっぱチョコレートにするもんじゃないわ」
「いや、残りもの処理させたいだけじゃん! 謝る気無いでしょ!? もう!」
「あはは、ゴメンゴメンって」
わざとらしくウインクして謝る飛鳥ちゃん。まったくもう。
「でも、ホントに由依なら食べれるんじゃないかなーって思ってさ。ほら、由依って結構ゲテモノ好きじゃん?」
「・・・・・・どうせ私はアニメも食べものもゲテモノ趣味ですよーだ」
「アニメのことまで言ったつもりはなかったんだけどなー・・・・・・。まあ、これでも食べて元気だしなよ」
「それ、さっきのパクチー味のダーツじゃん・・・・・・。まあいいや。さっき買ったエナドリも飲んどかないとだし」
カバンに手を突っ込み、道中のコンビニで買ったエナジードリンクの缶を取り出し、栓を開けた。プシュウとなかなかいい音がしたが、授業前の騒がしい教室ではあまり気にする者もいなかった。
「・・・・・・それ、なんかヤバい匂いしない? いったい何味なの・・・・・・?」
鼻を摘まみながら飛鳥ちゃんが尋ねてくる。・・・・・・そんなに臭いかな? コレ?
「え? 『クリーチャー』の新作・豚骨ラーメン味だよ? なんかおいしそうだから買っちゃった」
「・・・・・・由依。やっぱアンタ、ゲテモノ趣味だわ」
「ええ!? なんでよ!? おいしいじゃん、豚骨ラーメン!」
「いや、そういう問題じゃなくてだな・・・・・・」
不服に思い飛鳥ちゃんへと抗議する。しかし、開栓音には何の反応も示さなかった騒いでいた子たちすらも、いっせいにこちらを振り向いてくるのが、答え合わせのようでなんだか恥ずかしかった。