「ん~・・・・・・終わった~!」
席に座ったまま大きく伸びをし、90分の講義によって凝り固まった背中をほぐす。
「結局ほとんど寝てたじゃん、由依。アタシのノート写すか?」
「うん、お願い~。ありがと、飛鳥ちゃん」
直前にキメたエナドリ効果も虚しく、結局睡魔には勝てなかった。
・・・・・・今にして思えば、パクチーチョコレートとの相乗効果で血糖値を爆上げさせ、むしろ眠気を加速させる要因になっただけのような気がする。
「あいよ~。で、由依? この後の予定は?」
「私、水曜はフランス語だけだよ~」
1限だけのために大学来るのすごく面倒臭いんだけどね・・・・・・。2限の候補にロクな授業が無かったので、そこはもう諦めることにした。
・・・・・・いくら時間的にちょうどいいからって「レスバ学入門」とか受けたってねぇ。
「なんだ、アタシと同じじゃん。水曜2限ってマジろくな授業ないよねー。じゃあさ、この後スタダでも行く?」
「うん! 行く行く! ・・・・・・でも、飛鳥ちゃん? この時間って、いつもサークル行ってなかった? 確か・・・・・・「槍部」・・・・・・だっけ?」
4月の終わり頃に、飛鳥ちゃんから「アタシ槍部に入ることにしたんだー」なんて聞いて、「へぇ~、変わったサークルもあるんだなぁ~」なんて風に思ったような覚えがある。
そんなことを思い返しながら、ふと飛鳥ちゃんの方に目をやると・・・・・・なにやら悟りきったような遠い目で虚空を見据えていた。
「アア、ヤリブネ・・・・・・。ヤメタンダー」
すっごい棒読み・・・・・・。いったい「槍部」で何があったんだろう・・・・・・?
「ああ・・・・・・そうなんだ・・・・・・?」
そのあまりの虚無顔ぶりに、なんて返していいのかも分からなかった。
「ま、まあ槍部のことは置いといてさ。由依って何かサークル入らないの?」
「え? 私? うーん・・・・・・飛鳥ちゃんくらいしか友達もいないし、いいかなぁって」
「逆じゃない? 友達作るためにサークル入るんじゃないの?」
「そう・・・・・・かもね? あはは・・・・・・」
私は元来人見知りの激しいタイプで、初対面の人や、あまり親しくない間柄の人と話そうとすると、すぐに緊張でおかしくなってしまう。
高校1年生くらいまでは、この人見知りを何とか克服したいと思って、その結果盛大に空回ったことも多々あった。しかし、もう大学生ともなると、自分はそういう人間なんだと、諦めの境地に入っている。
幸い、高校時代から仲の良かった飛鳥ちゃんが、こうして同じ大学にいるわけだしね。無理な背伸びをしてまで友達を作ろうとしなくとも、今のところは別に苦労もしていない。
「それに、別に面白そうだと思ったサークルもなかったしね」
入学直後に、学内のサークル一覧が載った冊子を飛鳥ちゃんに見せてもらったこともあったけど、特別コレがやりたいってものも見つからなかったような記憶がある。
「ふーん。でも、なんか部室棟で見たような気がすんだよねー。『これなんか由依が好きそうじゃね?』ってサークル」
「え~? そんなサークル、一覧に載ってたっけなぁ・・・・・・? なんてサークルなの?」
「うーん、何だったっけなー・・・・・・? あ! そうだ、思い出した! 『アニメ研究会』!」
「・・・・・・え、アニ研なんて載ってたっけ?」
アニ研なら、まあ確かに興味はある。でも、あの時の一覧表にアニ研なんて載ってたかなぁ・・・・・・?
もしアニ研があるんだったら、いくらこの歳まで人見知りを拗らせた私でも、見学くらいは行ったんじゃないかと思うような・・・・・・やっぱり、そうでもないような・・・・・・?
「もしかして、新しくできたとか?」
「うーん、分かんない。・・・・・・でもさー、由依。せっかくだし、今度見学くらい行ってくれば?」
「え? 私一人で・・・・・・?」
「当たり前じゃん。別にアタシは、そこまで興味ないし」
「え~! 一人だけでサークル見学とか無理だよぉ~!」
「大丈夫、大丈夫! 別に取って食われたりはしないって・・・・・・タブンネ」
「タブンネって何!? タブンネって!」
なんかまた虚無顔になってるし! いったい「槍部」では何があったの!?
「・・・・・・まあ、とにかくさ。せっかくの大学生活なんだし、一度見学くらい行ってきなよ」
「まあ、飛鳥ちゃんがそこまで言うなら・・・・・・。でも、やっぱり私一人は無理だよぉ~!」
オフショルの服から露出されている飛鳥ちゃんの両肩を掴み、前後へゆすりながら泣きつく。
「えー」
頭ごとゆらゆら揺らされながらも、渋る飛鳥ちゃん。
「飛鳥ちゃんも一緒に来てよぉ~!」
「・・・・・・ちょっと、由依・・・・・・ストップ・・・・・・」
さらにゆらゆら揺れる飛鳥ちゃん。
「ほら! 飛鳥ちゃんだって『テニスの国会議員』好きでしょ!? アニ研になら同志がいるかもだよ!?」
「・・・・・・ギブギブ・・・・・・わかったから、もう勘弁して・・・・・・マジで吐く・・・・・・」
・・・・・・あっ。ついヒートアップして、飛鳥ちゃんを限界スイングしてしまった。すっかり目を回してしまっている飛鳥ちゃん。
「あ、ごめん飛鳥ちゃん。大丈夫? ・・・・・・って、痛ったぁ!」
慌てて飛鳥ちゃんの肩から手を離したものの、平衡感覚を失った飛鳥ちゃんによる慣性ヘッドバットが私のおでこへとクリーンヒットし、二人して額を押さえて講義室の床へとうずくまる羽目になったのだった・・・・・・。