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第3話

 家に帰ってみると、家族が全員集合してなにやら深刻な顔をしていた。会議というほどでもないが、何か相談しているらしい。


 晩御飯まではまだ間がある。このままだと飯時までこの話し合いが持ち越される気配だ。


 その時にでもどんな話をしていたのか聞けばいいか、と思って僕は黙って自分の部屋に向かった。


「あら夏雄、帰ってたの」


 婆ちゃんが僕に向かってちょいちょいっと手を振った。こっちに来なさい、という合図である。うちは今時珍しい三世代同居家族なのである。


「やめようや。夏雄に言ってもしょうがねえし……」

「そうですよ」


 父さんと母さんは止めたが、

「いいじゃないの。うちのことなんだし。夏雄も知っておいたほうがいいでしょう? 町の事情みたいなものもそろそろわかっておいたほうがいい」

 婆ちゃんは意に介さなかった。


 言い争いになる前に、僕はさっさと話し合いをしている居間に入る。こういう成り行きになったらもう話を聞いたほうが速い。


「町の事情って?」

「実はねえ……燐光寺ってあるでしょう? 今はないんだけど」

「えっ?」


「ほら、あのお前の学校の近くに廃寺があるだろ? あれのことだよ。あそこが潰れたのももう結構前のことだからな。こいつぁ知らないだろう」


 父さんの言だ。後半は母さんに向けている。


「もうそんななるかねえ……」

「ああ、うん。僕が物心ついた時にはもうあそこ誰もいなかったよ」


 婆ちゃんに説明しながら、だんだん僕の記憶もはっきりしてきた。


 たしか〝燐光寺〟は僕の通っている中学校の少し先にかつて存在した寺である。


 学校が終わればだいだいは帰るだけなので先にはあまり行かないし、商店街だとか各務さんの古本屋も全然違う方向なので馴染みが薄い場所だった。


「あのお寺をねえ、今再興しようとしてる人がいるんですって」

「へえ……まあいいんじゃないの。すれば」

「それがねえ、なんか大々的に寄付を募ってるんだけど」

「えっ?」


 だんだんこの話し合いの意味がわかってきた気がした。


「結構な金額なんだよなあ、これが……」


 聞いてみると、まあまあ驚くような金額だった。少なくとも普通の中学生がどうこう出来るような金額ではない。


「でもあのお寺ウチから結構遠いでしょ? 関係あるの?」

「いやね、それが別にウチは昔からあのお寺のお檀家だったことはないのよ」


 婆ちゃんが嘆息しながら言った。ウチは代々この町に住んでいる家である。


「ただその再興しようとしてるお坊さん? がね。他所の土地の人なんだけど、市役所の人と仲が良いみたいで。半分市の事業みたいになってるんですって」


「市の事業なら税金でやるんじゃ……」

「税金だって俺らから取ってるんだぞ、結局」


 父さんが渋い顔で言った。


「私たちも最近まで知らなかったんだけど、飴子市全体で燐光寺再興を盛り上げよう! って今運動してるんですって。税金まで投入されるかどうかはわからないけど、市民も協力しようっ! って空気が凄くなってて……なんか断りづらいのよねえ」


「ええ……でもそれ、問題になるんじゃないの?」


 飴子市は例によって市町村合併を経験している。うちはまだ比較的燐光寺から近いほうだと思うが、元々違う町の遠い地域から大きな反発が起きるのではないだろうか。


「それがなってないんだよ。なんかあの寺、昔はそこそこ有名ででかい寺だったらしくてな。再興したいんなら喜んで寄付したい、って連中が多いんだと」


 それならそれで良い事なのかもしれない、という考えがちらりと頭をかすめたが相変わらず苦虫を嚙み潰したような顔の父さんを見て口を噤んだ。


「燐光寺は元々どこかの宗派の中本山でねえ。そういえば昔は巡礼さんやお参りに来る人もいっぱいいたわ」


 婆ちゃんは複雑な気分らしく、その言葉には繁華だった昔を懐かしむような空気も含まれている。


「だからねえ、その、地域おこしみたいな意味もあるんなら協力してあげてもいいんだけど先立つものがねえ……」

「あれが続いてりゃあなあ」


 婆ちゃんが小さく〝こらっ〟と言うと父さんはそっぽを向いて黙ってしまった。


 僕に事情を隠したいのはわかるのだが、生憎僕はこの中で一番その事情に詳しい。


 三カ月前、父さんは加羅森稲荷の裏手にある地区の集会所で、博打場を開催し小金を稼いでいた。


 色々紆余曲折あって、僕とハルがその賭場を潰したのである。


 あの賭場が続いていれば寄付くらいすぐ出せるのに、と言いたかったのかもしれないけどそれでも父さんが寄付するかどうかは怪しいと思う。


「あのお寺、無住寺になってから草もぼうぼうに生えちゃって、建物も老朽化してるし復興してくれること自体は良いことだと思うのよねえ。近くの人の話だと猫のたまり場にもなっててそれも困ってる人がいるらしくて」


「なんで困るの? 魚盗んだりとか?」


「いや、そういう悪さはしないらしいんだけど、時々すごくうるさいらしいね。集会でも開いてるんだろう」


 最近はあまり寺のある町の方へは行かない婆ちゃんでも噂を聞いているみたいだ。よほどうるさいのかもしれない。


「猫ぐらいで目くじら立てるなって言うんだよなあ……で、お前どう思う?」


 突然父さんに話を振られた。


「どうって言われても……。お金を寄付するかってこと? 別にしなくていいんじゃないの? よくわかんないけど」


「学校で何か言われたりしない?」


「え? うちが寄付しないからって? まさか。そんなことで……っていうか、この話自体今初めて聞いたよ」


 そこまで深刻な話だったのか?


「ほら見ろ。大丈夫だよ。今更村八分になんかなんねえよ」


「そこまでは言ってないけど……出せるものなら出したほうがいいのかなって」

「まあしばらくは様子見でええわな」


 婆ちゃんがまとめらしきことを言ったが、話はまだ終わりそうにない。


 これ以上こっちに話が振られることもなさそうなので、僕は自室へ向かった。



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