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第4話

 僕の通っている中学校は、家からはちょっと遠い。でも自転車を使うほどではないので歩いて通学している。


 校舎は鉄筋で立派なものだ。いや、立派は言い過ぎかもしれないが、頑丈そうではある。


 ただ、生徒数の多い時に立てた建物らしく中はガラガラだ。


 僕が中学に上がる前に、子供の少ない地域にあった学校を無くしてバス通学でここに通うように取り計らったのだが、それでも教室の半分くらいしか埋まっていない。


 夏の放課後など妙な雰囲気で、廊下がそのまま都市伝説の『異次元』になったような感覚になる。


 物寂しい校舎に、赤銅色の落日が色を落とす。


 その短い、世界が夕暮れに染まる時間は気を付けて足に力を入れ、しっかり踏みしめていないと遠慮なくどこか遠くへ連れていかれそうになる。


 今ちょうど季節は夏だ。僕は霧の濃い朝の空気の中で、ひそかにそんな妄想を楽しんでいた。


 朝のホームルーム。


 僕があくびを噛み殺しながら半分うつらうつらしていると、急に教室内の雰囲気が一変した。瞬間、静かになったのち何かが転回するように再びどよめきが起こる。


「おはようございます」


 澄んだ声音が教室に響いた。思わず顔を上げる。先生の声ではなかったからだ。


『うわっ……』


 なんとなく予想はついていたが加羅森神社で会った、いや会ってはいないが、見かけた女の子だった。少なくとも僕の幻ではなかったわけだ。


「ああ、いや、転校生なんだが……」


 勝手にさっさと入って来て、勝手に挨拶して喋り始めた女の子に対し、先生は困惑している。


「転校生?」


 教室がざわめきだした。時期がハンパでおかしいし、恰好も普通ではない。


 もちろんウチの学校の制服ではないのだが、うん、おそらくどこの制服でもないだろう。


 なんといえばよいのか。昔風の、というか異国情緒溢れる、というか。


 僕の知っているイメージの中でいうと『若草物語』みたいな服を着ている。昨日ものとも違う。


 このクソ暑いのに『ケープ』でいいのだろうか、肩掛けを着用していた。もちろん向こう側が透けて見えるような薄絹なので飾りだろうが、まあ普通学校に着て来るようなものではない。


「うん。転校生だ。ああー、彼女、白樫さんは帰国子女なんだが……」


 調子を取り戻した先生が話し始めた。


 ようやっと、この奇妙な時間が終わる。よくはわからないが、通常の段取りが始まった。


少し名残惜しいが、みながほっと安堵の吐息をついた時、

「あ、そういうのはいいです。ええと、先生? 今日もすぐに帰りますので」

 白樫と呼ばれた女の子は教師の語りを片手で制した。


「か、帰る?」


「はい。ちょっと色々事情があって、一カ月ほど飴子に来ることになりました。よろしくお願いします。調査の過程でこの学校にも入らなければならないかもしれないので、一応転校というカタチを取りました。が、おそらくほとんど来ることはないと思います。よろしくお願いします」


 〝よろしくお願いします〟を二回言って、彼女は申し訳程度に会釈した。


 一カ月? 夏休みまでもう一カ月もない。それでも学校に来るなんて真面目……いや、なんだ、調査とか言ってたか? そういや神社で見かけた時もなんかそんな感じのことを猫と……。


 僕の頭の中をぐるぐると思考が回っていた時、ようやく気を取り直した先生が白樫さんに声をかけようとした。


「い、いきなり何を言い出すんだ? 聞いてた話と全然違う……」

「よろしくお願いします」


 三回目の〝よろしくお願いします〟と共に彼女は用意していたようにパチン、と指を鳴らした。


 その一瞬で、頭の中が煙に巻かれたように曖昧になる。同時に何か香しい爽やかな匂いと強烈な眠気が襲ってきた。


 いや、眠気なのかどうかもわからない。兎に角頭が重い。ちらり周囲を盗み見てみる。みな僕と同じ状態のようだ。教壇の先生すら、首から上を支えるように額に手を当てて俯いていた。


 みんなこんな感じなら、自分も衝動に身を任せてしまっていいかな……。


 誘惑に引き摺られるように机に突っ伏してしまいそうになった時、


 ニャーッ! 


 と、ケンカしているような厳めしい猫の鳴き声が響く。


 ハッとして、再び教室中を見てみるが、聞こえたのは僕だけだったようだ。みなぼんやりと眼を伏せたり、うつらうつらしている。



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