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第5話


 気づいたら一時限目が始まっていた。


 時間が飛んだような感覚だ。なんだか狐につままれたような……。


 いけない。こういう表現は良くない。


 まるであいつらが関わっているようではないか。猫にも狐にもうんざりだ。


 いや、動物は別に好きなのだが、あいつらの事情に関わるのは勘弁してほしいというか

……。


「どしたのお前? 何考えこんでんだよ」


 休み時間になって、後ろの席の野宮に声をかけられた。


「いや、朝からちょっと考えてることが……」

「ああー、お前もあの子気になってたの? まあそりゃそうだよなあ、結構可愛かったし。でもかわいそうだよな。生まれつき病弱って。今日もすぐ帰っちゃって……」


「えっ? なに?」


 途中から急に話がおかしくなった。


「でも真面目だよなあ。一カ月もいないのにわざわざ手続きして学校来るなんて。しかし、なんつうの? ああいう繊細で儚げ? みたいな子って実際にいるんだなあ。俺もなんか目覚めそうになっちゃったよ。父性っていうか保護欲というか。いや性癖みたいなあれじゃないよ? そういうんじゃなくてね?」


 野宮の話はどんどん気色悪くなっていったが、僕はもう聞いていなかった。


 こいつは何か妙な記憶を上書きされている。


 ……いや、おかしいのは自分の方かもしれない。冷静にも僕はその可能性に思い至り、複数人の証言を集めてみた。


 先生にまで確認してみたが、言うことはみな同じであった。


 うん。そうだな。おかしいのは自分の方だった。


 アレは本当は病弱儚げ美少女で、体調が急変し帰ったのだ。自分は居眠りして夢を見ていたのである。


 僕は終鈴のチャイムを聞きながらそう結論づけた。


 色々おかしい気もするが、もう気にしない。僕はさっさと片付けをして学校を出た。身体の調子も悪い。なんだか少し頭痛もする。


 そういえば今日は一日中具合の悪そうな奴が多かったな……。


 僕は寄り道せず、わき目もふらず焼けたアスファルトの上を家路に急ぐ。


 なんだか落ち着かない。これ以上おかしな目に会いたくない。


 僕の住んでいる集落は陣池というちょっと大きな池の周りにある。町から離れており、近づくと段々緑が多くなってくる。


 そうすると気のせいかもしれないが、心なしか涼しくなってきたようにも感じるのだ。


 気のせいでも勘違いでもかまいはしない。あー涼しい、気持ちが良い、とヤケクソのように呟きながら歩いていると、


「危のうございましたにゃあ。夏雄どの」


 山畔の道沿いに造られている、ちょっとした石塀の上から声をかけられた。最近あまり

聞かなかった声だ。


 確かここは元々墓のあった場所だと聞いているが、今はもう草ぼうぼうである。


 出来ればまだ聞かなかったことにしたい声なので、僕は素知らぬふりをして先を急ぐ。


「危のうございましたにゃ、夏雄どの。危うく〝うぃっか〟どもの毒牙にかかるところで」

「うぃっか?」


 立ち止まってしまった。塀の上から猫がこちらを見下ろしている。ハルだ。


 白地に尻尾と胴体の真ん中くらいまでの茶色い部分がトレードマークの僕らの地区の地

域猫である。模様はちょっと臓器の〝胃〟のような形に見えなくもない。


 元々いなくなったこの猫を探していて、僕は猫言葉がわかるという奇妙な能力に目覚め

てしまったのだ。


「最近見なかったけど、また旅に出てたの?」

「いえ、最近はずっとこの近辺でウロウロしておりました。立場が変わると色々忙しゅう

ございましてにゃあ」


 ハルは自分で耳の辺りを掻いて、一つ大きな欠伸をした。


 三カ月ほど前、僕も関わったある事件でハルは陣池(僕が住んでいる地区だ。池のほと

りにかたまっている)の動物界隈のボスになった。僕も良くはわからないのだが、どうも

狐との競争みたいなものだったらしい。


「で、うぃっかってなに?」

「それそれ」


 ハルは我が意を得たり、と言いたげににゃあと天に向かって鳴く。


 他人から見ると僕は、猫に話しかけている不審者だろう。周囲を見て人影のないことを

確認した。


「うぃっかと申すのは……なんでも舶来の妖術師のようにゃものだそうで。今度の我らの

闘争の相手ですにゃ」


 〝我ら〟に僕が入ってないことを祈るのみだ。


「妖術師ねえ……」


 なんとなく最近の物事が繋がってきた気がする。


「調べによりますと、我らの同族で向こうに肩入れしとる者もおるというはにゃしで……

全くにゃげかわしいですわ」


 ハルは話の途中で大口を開けて欠伸をした。僕みたいに猫と会話出来る人間からすると、

呆れているような顔に見える。言葉が分かるようになると表情のニュアンスも細かく感じ

るようになるのが何となく不思議だった。



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