「成功したぞ……!」
「やった、成功だ!」
「これで国は救われる!」
ステンドグラスに囲まれた教会のような場所に、いつの間に移動してきたのだろう。ぼんやりしながら辺りを見回すと、涙を流している男性や笑顔で抱擁している変な衣装を着た人たちの姿が深侑の目に入る。
そしてハッと慌てて自分の周りを見てみると、深侑の足元で莉音が倒れていた。
「や、矢永さん! 大丈夫か!?」
「んん……みーたん……?」
深侑が口を開くと、今までわぁわぁ騒いでいた人たちが一斉に静かになり、深侑と莉音にその視線が注がれた。西洋風の建物に、深侑たち以外に居合わせている人たちの服装はファンタジー漫画や映画で見るような不思議な格好。
あまりにも意味不明な状況に深侑は莉音の体を自分に手繰り寄せ、深侑たちを観察している集団をキッと睨みつけた。
「あなたたちの目的は何ですか? こんな誘拐まがいなことをして、タダで済むと思っているんですか!」
「これは……」
「召喚はやはり失敗なのか……?」
「しかし、倒れている女性が聖女なのは間違いありません」
――召喚?聖女?
聞き慣れない言葉を羅列し、深侑たちと同じように戸惑っている集団。全く状況は飲み込めていないけれど、莉音を狙った犯行であることは理解できた。
「どうやらあなたは間違って召喚されてしまったようですが……私共が召喚したのはそちらの聖女様でして……」
「いやいやいや! 召喚とか意味不明なことを言って誤魔化しても無駄です。これは立派な誘拐、犯罪行為ですよ」
「そうではなく、これはれっきとした正式なる聖女召喚の儀式でして……!」
「だから! 聖女召喚とか意味分からないことを言って誘拐を正当化させるつもりでしょう!」
男たちの狙いが完全に莉音だと分かり、教え子を守るために深侑は声を荒げて噛み付いた。莉音に近づけさせまいという圧を放つ深侑に変な格好をした男たちはたじろいで、その後ろから「一度落ち着きましょう。私から話をさせていただいても?」と言いながら、小綺麗な服に身を包んだ男性が歩み寄ってきた。
「……あんたがボスか?」
「ボス? いえ、私はエヴァルト・レイモンドと申します。この聖女召喚の儀式に手を貸した一人ではありますが」
明らかに胡散臭い笑みを浮かべて深侑に話しかけてきた男・レイモンドは、莉音を庇うように守っている深侑と視線を合わせるように屈み込んだ。
「聖女様の意思を確認せず、こちらの世界に召喚してしまったことは深くお詫びします」
「……」
「ですが、この国は危機に陥っておりまして、どうしても早急に聖女様のお力を貸していただく必要があったのです」
「危機とは?」
「我が国・アルテン王国の結界が破れ、魔物たちの封印も解かれて国に甚大な影響を及ぼしています。結界を張り直せるのは聖女様のみ……そして国を荒らす魔物を封印できるのも、聖女様にしかできないのです」
「大の大人がこれだけ集まってもできない危険なことを、たった16歳の女の子に任せようって言うんですか」
「もちろん、屈強な騎士団や医療班を連れて万全の体制を整えております。聖女様のお力は特別でして……情けない話ですがあなたの言うように、“大の大人が何人集まっても”どうにもできないのです」
エヴァルトの話はまるで映画の脚本やファンタジー小説を読み聞かせているようだった。あまりにも信じ難い話だけれど、学校にいた二人が壁の光に吸い込まれ辿り着いたのがこの異国。服装も深侑たちとは全く違うし、顔つきや目や髪の毛の色なども中々あり得ない見た目をしている。
百歩譲ってこの話を信じるとしても、その先にも問題があるのだ。
「……聖女の役目を終えた後、元の世界に帰れる保証は? 最悪、俺のことはどうでもいい。この子だけでも帰してください」
深侑がエヴァルトにそう言うと、彼は困ったような顔をした。その反応を見るだけでエヴァルドから答えをもらわずとも何を言いたいのか分かった。
「今までの聖女は役目を終えたあとはどうなったんでしょうか……?」
「前回の聖女様の召喚は200年前で、召喚された聖女様は功績を讃えられ王族と結婚をして幸せな余生を過ごしたと言われています。召喚をする方法は記されていますが、元の世界に戻す方法は見つかっていません」
「見つかっていないのではなく、探していないだけでは?」
「……ふ、とても鋭いお人だなぁ……」
「聖女が必要な状況については理解するつもりです。でも俺はこの子の教師で、絶対に守らなくちゃいけない存在なんです。今のところ元の世界に戻れないのであれば、無事に役目を終えられる保証がない限り俺はこの子を渡せません」
教職者として教え子を守るのは人間として当たり前だ。こんな得体の知れない国や集団にそのまま莉音を渡すわけにはいかない。大人としての責務を果たすためにエヴァルトと対峙していると、深侑の腕の中で莉音が目を覚ました。
「みーたん……」
「矢永さん!」
「ごめん……話は聞いてたんだけど、目が開かなくってさぁ……」
「大丈夫だよ、突然の出来事だったから……」
「で、なんか困ってるんだってぇ……?」
莉音が額に手を当てながら起き上がり、周りを見渡して呟いた。
「元の世界には戻れないし、あたしにできることがあるなら手伝うよ」
「ちょ、もっとよく考えなさい!」
「でもさぁ……あたし、誰かに必要とされたことないから、あたしの力が必要だって言われるの、ちょっと嬉しかったんだよね」
「矢永さん……」
「あたしが帰れないってことは、みーたんも帰れないんだよね? なら何とななるっしょ!」
「はぁ!?」
――本当に話を聞いていたのか、この子は!?
ギャルのポジティブ精神を舐めていたかもしれない。彼女の『何となかるっしょ!』という能天気な発言に呆れていると周りがすかさず「さすが聖女様!」「我々には聖女様のお力が必要なんです!」と援護射撃してきた。
「困ってる人を放っておくわけにはいかないじゃん? みーたんもそういうタイプだとあたしは思ってたんだけど」
「俺たちの言う“困ってる人を放っておけない”と、今の状況は別ですよ!」
「そうかなぁ? でも、少なくともあたしは見捨てられない」
莉音のあまりにも純粋で真っ直ぐな瞳に、深侑は返す言葉がなかった。