それから莉音は召喚の儀式を行った神官や魔導士に連れられていき、聖女の『おまけ』として連れてこられた深侑は召喚の間にぽつんと一人取り残される。
莉音が自ら『この世界を聖女として救いたい』と申し出た以上、深侑があれこれ指図したり話を断ることもできない。聖女の役割や力については機密事項だと言われ深侑は一人残ったものの、莉音が一人でちゃんと話を聞いて判断できるのか不安で難しい顔をしながら唸っていた。
「聖女様のお付きの方。この度は私共の不手際で一緒に召喚されてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「ああ……いえ。むしろ一緒に来てよかったとは思います」
「200年ぶりの儀式でしたので、不慣れな点が多くあり……」
「そうですか」
「聖女様と同じ待遇をお約束致します。国の保護対象になりますので、衣食住についてはご心配なさらず」
「それは……助かります。ご面倒をおかけしてこちらもすみません」
「いえ。お付きの方はのんびりこの国でお過ごしいただけたらと……」
――のんびりと言っても、この国は危機に面してるんだろ?普通に怖いが?
なんて思ったけれど、国の保護対象として衣食住を提供すると言ってくれている人にそんな文句は言えない。喉まで出かかった言葉を深侑は飲み込んだ。
取り急ぎ使用可能な部屋に案内すると言われたので、召喚の儀に立ち会った一人である大臣について行こうとしたら、後ろからくいっと腕を引かれた。
「お引き止めして申し訳ありません。あなたの名前をお伺いしても?」
深侑の腕を引いたのはエヴァルトだった。彼は名乗ってくれたが、深侑自身は確かに名乗っていないことに気がついた。
「柊深侑です。何とでも呼んでください」
「では……ミユ。あなたに折り入ってご相談があるのですが」
にこっと笑う顔が本当に胡散臭い。できるだけ関わるのを避けたほうがいいタイプだろうなと思ったけれど、彼に掴まれている腕を自力で引き剥がすのは無理そうだ。腕を掴まれているだけなのに引き剥がせないと感じるほどのエヴァルトの力に、ただの現代人でしかない深侑が勝てるわけもない。
「ご相談ですか?」
「はい。先ほどのお話の中で、ミユは教師だとおっしゃっていましたよね?」
「それが何か?」
「もしよければ、あなたに受け持っていただきたい生徒がいらっしゃるのですが」
「生徒……?」
「エヴァルト様、それはもしや……」
「この国の第二王子、レアエル・カリストラヴァ殿下の教師としてお力添え願いたいのです」
「王子様の!?」
一体なんの相談かと思えば、第二王子の教師として仕事をしてほしいのだとエヴァルトは言う。教員になってこのかた、王子様の担当はもちろんしたことがない。そもそもここが普通の世界とは違う、いわゆる異世界だと気がついたけれど、言葉が通じているのが不思議なくらいなのだ。
現代人としての一般常識は身についているとしても、王子の教育をできるほどの知識は深侑には全く備わっていない。絶対に無理だと頭をブンブン振ってみたけれど「教科書を読むだけで大丈夫ですから」とエヴァルトは笑みを浮かべた。
「こんな異世界から来た素性の知れない男よりも、適任者がいらっしゃいますって!」
「残念ながら、もうこの国に王子の教育をできる人は残っていなんですよ」
「はい!?」
「全員辞めました、私以外は」
「ならあなたがやったらいいじゃないですか!」
「私は剣術や武術担当なのです。机上の勉学はどうも苦手で」
「というか、全員辞めたって何でですか? 俺だって同じことになるかもしれませんよ」
「いえ、あなたは何となく……やってのけそうな気がしています」
「はぁ……?」
先ほど莉音が言っていたように『困っている人を放っておけない』のは深侑も同じだ。教え子がこの国のためにと働く裏で、聖女のおまけでついてきた深侑が何の仕事もせずニート生活を満喫するわけにはいかない。
詳細は全く分かっていないけれど、深侑は教員という仕事が好きだったのだ。こちらの世界に来てしまってもう二度と教壇に立つこともないのかと思ったら悲しかったのだけれど、エヴァルトの提案に心が揺れたのは間違いない。深侑にできる仕事があるのなら一度受けてみてもいいかなという考えが頭をよぎった。
「……本当に俺に務まる仕事ですか?」
「もちろんです。先ほど聖女様を庇うあなたを見て、レアエル殿下とも向き合ってみていただきたいと思ったんです」
「そうですか……」
「レアエル殿下は少し、今は反抗期でして。ただ、珍しいことや新しいことには興味がある12歳です。異世界から来た先生だと言えば興味も湧くかなと」
「なるほど、反抗期ですか」
深侑は高校教師だったが、子供はいつの年代も大体反抗期だと思っている。こちらの世界の12歳も同じ感覚かは分からないけれど、まさしく多感な時期なので教師に対しての当たりも強いのだろう。第二王子というから尚更、子供でも偉そうな態度をしていそうな王子を頭の中で想像した。
「もしよろしければあなたの生活は私が保証をしても?」
「え?」
「レアエル殿下は王宮の離れに住んでいまして。私が住む公爵家からほど近い場所にありますから」
「それはつまり……」
「公爵家で生活していただくのはどうでしょう? 不自由はさせませんよ」
――安全に生活できるなら、場所はどこでもいい。
そう思ったのが、まさしく運の尽きだったのだけれど。