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 エヴァルトと移動しながら彼の話を聞いたのだが、どうやらレイモンド公爵家の長男で跡取りの22歳らしい。深侑のほうが4歳年上だと言うと「年上……には見えませんでした」と苦笑された。


 エヴァルトはレイモンド公爵家が所有している騎士団の指導者であり、アルテン王国ではごく少数しかいない剣術と魔術に長けた貴重な人材なのだという。周りからは次期公爵という立場から、小公爵と呼ばれているのだとか。


「実は何百年も前の話ですがレイモンド公爵家の家系図を辿っていくと、聖女様が嫁いで来られた記載がありましてね。王宮には“聖女塔”という聖女様とその従者しか入れない場所があるのですが、何か協力要請があればレイモンド公爵家も力を貸すことにしているんです。今回、私が手を貸せてよかったです」

「……残念ながら俺は“聖女様”ではないですが」

「聖女様に関わることは何でも、という意味です。なので先生の保護も含まれていますよ」


 深侑が教師だと分かったからか、エヴァルトは深侑のことを『先生』と呼ぶようになった。正直、敬称とは無縁の世界に住んでいたので深侑はエヴァルトのことを何て呼んだらいいのか分からなかったが、周りと同じように『小公爵様』と呼んでみることにした。


「公爵家には私と両親しかいませんので、あまり気を遣わず過ごしてくださいね。何か困ったことがあれば使用人たちを頼ってください。もちろん、私でも」

「分かりました。ご丁寧にありがとうございます」


 馬車に揺られて辿り着いたレイモンド公爵家は、それはそれは広い土地に建つ大きな屋敷が存在感を放っていた。深侑は生まれて26年、こんなに大きな屋敷を見たことはない。異世界の貴族というのはどれだけ稼げばこんな家を建てられるのか――ごくごく平凡な一般人の感想しか出てこない深侑は、口をぽかんと開けてレイモンド公爵家を見つめた。


「おかえりなさいませ、エヴァルト様。ご連絡いただいた通り、お部屋の準備は整えております」

「ああ、ありがとう。先生、紹介します。執事長のベイジルと、侍女長のジェーン……それから、先生の専属につけたミルフォードとイヴです」


 屋敷の扉が開かれると、漫画やアニメで見たことがあるような使用人たちが一斉に出迎えるシーンがリアルに再現された。執事長と侍女長を紹介されたあとに若い男女を紹介されたのだが『先生専属』と言われ、その意味が分かった深侑は手と首をぶんぶん振りたくった。


「まままま待ってください! お、俺に専属の侍女さんとかは必要ありません!」

「み、ミユ様……! わわわ私では何かご不満でしょうか……!?」

「そうではなくて……! 俺は誰かにお世話をしてもらうほどの身分ではないですし、むしろ俺が執事として雇っていただきたいくらいです!」

「先生。間違いで召喚されたと言っても、あなたは国の保護対象であり客人です。これからレアエル殿下の先生になる方を執事として雇うことはできません」


 聖女のおまけだとしても、あくまでも聖女と同じ階級の客人扱いらしい。深侑の実家はサラリーマンの父親と看護師の母親がいるような至って普通の家に生まれたので、身の回りの世話を他の人にしてもらうような経験は一度もない。


 そもそも『ミユ様』と呼ばれることですらくすぐったいのに、貴族のような扱いをされるのはもっとむず痒い。ただ、深侑が何を言ってもこの状況がひっくり返ることはなさそうなので、諦めて溜め息をついた。


「では、あの……過度なお世話はしなくて大丈夫ですので……よろしくお願いします」

「先生はこの世界に来たばかりで慣れていないから、しばらくは先生の要望通りにしてあげてほしい。それでいいですか、先生?」

「はい。小公爵様も、ありがとうございます」

「いえ。元はと言えばこちら側の責任ですので……あなたの身の安全と生活をレイモンド家が保証いたします」


 最初は笑顔が胡散臭いと思っていたけれど、話してみると案外悪い人ではないのかもしれない。他の大臣や魔導士たちは明らかに聖女のおまけである深侑の扱いに困っていたけれど、エヴァルトが深侑に居場所を与えてくれたといっても過言ではないのだ。


 莉音のことはすごく心配だが、エヴァルトが言っていた『聖女の塔』で安全に過ごしていることを願うしかない。深侑が莉音のことを考えて難しい顔をしていると「さぁ、部屋に案内しますよ」とエヴァルトが肩を抱いた。


「エヴァルト、戻ったのね」

「聖女召喚の儀ではイレギュラーが起こったとか」

「父上、母上、ただいま戻りました。事前に連絡した通り、聖女様の召喚に巻き込まれてしまったヒイラギミユ先生です。教職者ということで、レアエル殿下の教育係をお任せしたいと思いまして」

「ミユ先生、此度は我が国のためとはいえ、大変なことになり……レイモンド公爵家一同、あなた様の身の安全をお約束いたしましょう」


 エヴァルトと似ている男性は彼の父親で、メルヴィン・レイモンド公爵。その隣にいる背の高い美人な女性はオーレリア・レイモンド公爵夫人で、エヴァルトの母親だと紹介された。二人とも災難な目にあった深侑のことを快く迎えてくれて、エヴァルトの報せを受けて部屋の用意をしてくれたのだと言う。


「一応、何かあった時のために私の隣の部屋を用意させました。困り事があれば遠慮なく隣に来てください」

「う、わ……」


 ――教員の低賃金で住んでいた社宅の部屋、何個分だ?


 そう思うほどには与えられた部屋が広すぎて恐縮した。下手したら深侑の実家のリビングが二つほど収まってしまうかも知れない。


「も、もう少し狭い部屋はありませんか……?」

「これより? それだともう使用人たちの部屋か、物置とかしかないですね」

「ソウデスカ……」


 ――異世界の貴族、規格外。


 本当にこれが現実で起こっていることなのか疑わしく、深侑はくらりと目眩がした。




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