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「一旦、一旦全員待ってください……!」


 状況を冷静に判断しよう。まず見た目が大人になったレアエルから迫られはしたけれどあまり害はないので置いておくとして、結婚させられそうだと号泣している莉音を優先するか、見知らぬ騎士の腕の中にいるポメラニアンを優先するか迷った深侑は頭を抱えた。


 どちらがより深刻かと問われれば莉音のほうだろう。つまり、ポメラニアンになっているエヴァルトを先に人間に戻して一緒に話を聞いてもらうのが最善策かもしれないが――ただ、さすがに大人化したレアエルと泣いている莉音を二人きりにしてエヴァルトを別室に連れて行くわけにはいかないし、不自然に見える。


 見知らぬ騎士の腕の中にいるエヴァルト、もといアルトをちらりと見やった深侑は申し訳なさそうに眉を下げた。


「あの、見知らぬ騎士さん」

「ガラドア・イキュリスと申します、ミユセンセー」

「えっと、ガラドアさん。その……アルトのことをしばらくお願いしても?」

「まあ、この状況では仕方ないですねぇ」

「(す・こ・し・お・ま・ち・く・だ・さ・い)」


 深侑が口パクでそう伝えると、アルトになっているエヴァルトはしゅんと耳を垂れさせた。彼を連れてきたガラドアという騎士はきっとエヴァルトがアルトになることを知っているのだろうし、深侑がマスターだと分かった上で連れてきたのだろう。


 エヴァルトもエヴァルトでアルトの姿では仕事が進まないかもしれないけれど、それよりもまずハッキリさせておきたいことが別にあるのだ。


「矢永さん、落ち着いて。とりあえず順を追って説明してくれる?」

「はぁ、せっかくミユと二人きりだったというのに……」

「だって、だってぇ! あのオジサンたちほんっと話つーじないのぉ!」

「どのオジサンたち?」

「分かんない、名前覚えてない……」

「とりあえず置いといて……誰と結婚させされそうなの?」

「レインくん……」

「……王太子殿下ッ!?」


 くらり、目眩がした。


 アルテン王国の第一王子である王太子のレインは、レアエルが憎んでいる兄でもある。こんかいの遠征に彼も参加していると聞いていたが、何がどうなって莉音と結婚する話になったのだろうか。


 莉音はバッチリと決めたメイクがどろどろになってしまうくらい泣いていて詳しい話は聞けそうにない。こんなことならやはりアルトをエヴァルトに戻しておくべきだったと深侑は再び頭を抱えた。


「どうせ、大臣たちが言い始めたんだろう。歴代の聖女は王家やそれに近い家柄の者と結婚することが多かったから。あいつは婚約者がいないしな」

「だからって、異世界から召喚されたばかりの女の子を婚約者の対象にしますか?」

「こちらの世界では幼い頃から婚約者が決まっているのも普通だ。あいつは遅すぎるくらいだと思うぞ。確か今18歳だし、聖女とはちょうどいい年齢差じゃないか?」

「18歳!? 高校生と高校生が結婚するようなものじゃないですか!」

「あたしそんな、よく知らない人と結婚なんてヤダーっ!」

「なかなかに複雑な話になってきましたねぇ。それはそうと、こちらの方は?」


 自然と会話に参加していたガラドアが『こちらの方』と言いながらレアエルを指差す。すっかり忘れていたけれど、彼は今16歳の姿になっていたのだ。正体を明かしていいのか分からず深侑が言い淀んでいると「ラヴァだ。レアエル殿下のお母上の遠縁になる」とレアエルが自己紹介をした。


「へぇ、遠縁……それでは殿下はどちらに?」

「今日は誰にも会いたくないからと部屋に引きこもっている。部屋に立ち入ったら殺すと脅されてな」

「なるほど」


 ガラドアと、いつの間にかミユの足元に移動して座っているアルトが不審そうにレアエルを見つめていたが、それ以上追求されることはなかった。


「……とりあえず、矢永さんに結婚はまだ早い。そもそも、本当に元の世界に戻る方法が見つからないとは限らないし、君の将来は君が決めるべきだ」

「みーたん……でも、あたしどうしたらいいの……?」

「この世界で矢永さんの保護者は俺だから、その大臣とやらに直談判しに行く。そもそも今回の遠征のことだって知らなかったし……これからは君のスケジュールは俺に逐一報告してもらうようにしなくちゃ」

「みーたん、まじであたしのパパじゃん」

「……せめて兄にして」


 まだ父親の年齢じゃないからとため息をつくと、レアエルが隣で「ふは」と苦笑した。


「ミユは忙しいな。レアエル殿下のことも心配して、聖女とエヴァルトの心配もしなくちゃいけないんだから」

「そういえば、エヴァルトさんが途中からいなくなったって大騒ぎだったんだよぉ」

「……まさしく、心配していた通りですね」


 足元に座って深侑を見上げているアルトに向かってそう言うと、彼は「くぅん……」と切なそうな声を出す。その声はいかにも『私は悪くありません』と言っているようだった。


「てゆーか、このワンちゃんなに? みーたんが飼ってるの?」

「いや、この子は小公爵様の愛犬で……時々、一人で出歩いちゃうんだよ。ガラドアさんが見つけて連れてきてくれたんですよね」

「センセーの言う通りです。エヴァ……アルト?がセンセーのことを探してたみたいで」

「へぇ、エヴァルトが犬を飼ってたのか。知らなかったな」


 レアエルと莉音は物珍しそうにアルトを眺めている。アルトが実はエヴァルトだとはバレていないようで、深侑とガラドアは安堵のため息をついた。




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