目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第4章:兄と弟



「聖女様はまだ16歳です。右も左も分からない異世界に召喚され、危険も伴う天命のために毎日奔走していると聞いています。それだけではなく、やれ養女にするだのやれ結婚だの、本人の意思も確認しないまま物事を進めるのが大人のやり方でしょうか? 大人は子供を守り、教え導くものです。そして、この世界で聖女様の保護者はこの俺です。その俺に断りもなく話を勝手に進めないでください」


 聖女隊(深侑は知らなかったけれど、そういう部隊名らしい)が遠征から帰ってきて数日後、深侑は王宮の大臣やハートレイ侯爵に物申していた。深侑に断りもなく話を進めるなと釘を刺しに来たのだが、大臣たちが『深侑の言い分も理解できるし仕方ないよな……』という空気感の中、ハートレイ侯爵だけは自分の意見を譲ろうとはしなかった。


「あなたは保護者だと言いますが、今後このアルテン王国でどうやって生きていくつもりです? 聖女様とて結婚となれば、それ相応の身分があったほうが事が運びやすいですよ」

「ですから、それを決めるのは部外者ではなく本人です。矢永さんがそうしたいと思ったとき、それをサポートするのが大人の役目です。無理やり決めて事を進めるやり方は、どの世界で生きてきた者でも間違っていることだと分かりそうなものですが」


 深侑の言い分にハートレイ侯爵はギリっと奥歯を噛んで言葉を飲み込む様子が見てとれた。バチバチっと二人の間には火花が散り、周りのほうが肝を冷やしているほど。エヴァルトも後方で見守っていたのだが、深侑の毅然とした態度に改めて逞しい人だなと密かにほくそ笑んでいた。


「そ、それならば聖女様のご意見を聞いてみましょう! 聖女様の意思が必要なんですよね!?」


 莉音がイエスと言うはずもないけれど、ハートレイ侯爵は一縷望みにかけたのだろう。当事者である莉音に注目が集まると、彼女は髪の毛をくるくると指に巻き付けながら「あたしは絶対イヤ」と言い放った。


「せ、聖女様……!」

「だって、あたしまだぴっちぴちの16歳だよ? これから恋愛だって楽しみたいし、結婚したいほど好きな人は自分で選びたいのが普通じゃない?」


 莉音の言うことはもっともだと深侑も頷く。貴族階級などがあるこの世界では幼い頃からの婚約制度や若いうちに結婚するのも普通かもしれないが、違う世界からやってきた深侑たちにとってはそれを普通と言われても簡単には受け入れられない。


 郷に入っては郷に従えと言うけれど、これはまた別の話。一人の少女の人生を全て決めてしまうといっても過言ではない話なので、深侑も声を荒げているのだ。


「聖女様のお言葉を無視するほど、失礼な方はこの場にはいらっしゃいませんよね?」


 深侑が念押しでそう聞けば、ハートレイ侯爵は悔しそうに「異論はありません……」と呟いた。


「では、今後聖女様の件で決まったことは“どんなことであれ”まずは俺に報告をお願いします」

「なっ、そこまでする必要が? ただの聖女様のおまけに!」

「はー!? おまけって何!?」

「何、と申されましても……」

「みーたんにそんなこと言わないで! あたしの超超超大事な人なんだから! もしかしてレイモンド公爵家の人しかみーたんに優しくしてないの!? そんな扱いありえない!」


 深侑が実は『聖女のおまけ』だと周りからコソコソ言われているのを莉音は初めて聞いたのだろう。彼女は眉を吊り上げて怒っていて、ハートレイ侯爵や大臣たちに噛み付くように喚いた。


「こら、矢永さん。落ち着きなさい」

「だってだってだって! みーたんが雑な扱いされてんの意味不明だもん!」

「レイモンド公爵家の皆さんやレアエル殿下によくしてもらっているから、大丈夫。君は自分のことを考えてなさい」

「でもぉ……」

「ほら、話は終わったから帰ろう。君は遠征終わりで疲れてるんだから、ゆっくり休まないと」


 なんとか莉音を説得して会議室のような広間を出ると「ミユ先生!」と声をかけられた。


「えっと……?」

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。レイン・カリストラトヴァと申します」

「お、王太子殿下……!」


 声をかけてきたのは第一王子のレインで、深侑は初めて彼と対面した。レアエルと同じように金色の髪の毛だが、レインのほうが白色が混ざっているホワイトブロンドに近い色かもしれない。瞳の色はレアエルとは全く違う、琥珀色に赤が混ざったような宝石にも思える瞳の色をしていた。


「呼び止めてすみません。あの……聖女様とのこと、ご助言いただき感謝します」

「ちょっとぉ、レインくん! その言い方、レインくんも嫌だったみたいに聞こえるんだけど?」

「い、嫌と言うわけではなく……! 俺は結婚や世継ぎより、次期国王としての勉強や国民のために何ができるか……そういうことを考え、良き国王になるほうが先だと思っているので……」


 ――驚いた。


 レアエルから聞く印象は最悪だが、エヴァルトからは弟思いの優しい人だと聞いていた。レインは真剣な眼差しで『良き国王になるのが先』だと自分の中でやるべきことをはっきりとさせていて、まさしく王の器だと深侑でさえ感じた。


「レインくんって超真面目だよねぇ。あたしとは絶対合わないと思わない? みーたん」

「……君は逆に、こういうしっかりした方に任せるほうが先生は安心なんだけど」

「えー!」

「そうじゃなくて……王太子殿下が俺に何か……?」

「レアの様子をお聞きしたくて……なかなか先生とお会いする機会がなく、話を聞けなかったんです」

「そうそう、レインくんって事あるごとにレアくんの話するよねぇ」


 ――またまた驚いた。


「先生。ここでは何ですから、応接間でレアエル殿下の様子を教えてあげていただけませんか」

「応接間は王妃の部屋に近いので、ちょっと……」

「あ、じゃあ聖女塔に来たら? 男子きんせーとか聞いてないし!」

「聖女塔の護衛は知り合いなので話を通してみましょうか」


 後ろからエヴァルトが現れてそう促すものだから、その場に居合わせた四人は王宮内の聖女塔に移動することになった。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?