移動した深侑たちは、聖女塔にある応接間へと通された。
「あたしあんまり事情分かってないんだけど、もしかしてレインくんとレアくんって仲悪いの?」
デリケートな問題をズバッと聞くところが莉音の良いところであり、時には少しマイナスになる点だと深侑は苦笑した。エヴァルトも深侑と同じ気持ちだったのか、目が合うと肩をすくめて小さく笑う。レインだけは難しい顔をしたまま深いため息をついた。
「レアから嫌われているのは分かっているんです。その原因も」
「なになに、なんで嫌われてんの?」
「こら、矢永さん」
「いいんです、ミユ先生」
レインは深侑と莉音に向けて、王妃であるレインの母親とレアエルの母親の確執の話をしてくれた。ただ、レインとの話の中で再び驚くべき事実を知ったのだ。
「レアは王妃がお母上をいじめて精神的に追い込んだ、と思っています。はたから見ると確かにそう見えたかもしれません……幼かったレアは特に」
「と、言いますと……?」
「レアのお母上は、もともと病弱だったそうです。王妃の専属侍女として働いていましたが、王妃はいつも体調を案じていたのだとか……専属侍女としての責任感とプレッシャーもあったのか、倒れるほど働いていたと聞きました」
「もしかして、王妃様がキツく当たっていたと言うのは……」
「レアを出産してからのお母上は変わらず王妃を支えようとしていたようですが出産で体力を失い、元々患っていた持病も悪化してきたそうです。王妃は彼女の身を案じ、わざと厳しい口調で休むように叱責して離れへ住まわせたのですが……レアが見れば、王妃がお母上をいじめていたと思うのも無理はありません」
レアエルの話だけを聞いていたら知らないことだった。エヴァルトがレインは弟を心配していると言っていたが、深侑の目の前にいるレインは眉を下げ本当に心配そうな、申し訳なさそうな顔をして額に手を当てて項垂れている。この様子がもしも演技であれば、深侑はいっそのことレインに殺されるなら本望かもしれないとさえ思えた。なんせ、それほどまでにレインの態度は『弟を思う兄』の姿だったからだ。
「定期的に必要なものはないか、離れにいる使用人たちに聞いて贈り物をしたりしていますが……つき返されるのがほとんどで」
「絶賛ハンコーキ中じゃん!」
「俺がもっと側にいてあげられたらよかったと、悔やんでいます……せめてもと思い教師を雇ったりしていたのですが、先生も知っているように最終的にはエヴァルトしか残らずという結果になりまして……」
「私はたまたま相性がよかっただけですよ。それに、今は私より先生に心を開いているように見えますし」
深侑の正面に座っているエヴァルトが、ふっと柔らかい笑みを向けた。たったそれだけの表情にドキッとしてしまうのはなぜなのか、この場に似つかわしくない感情を深侑は必死に押さえ込んだ。
「レアエル殿下は……最初こそ警戒されました。感情の起伏が激しく、不安定の時のほうが多かったように思います」
「そうですか……」
「でも最近はよく勉学に取り組まれていて、言語や他国の歴史に興味を持たれているようです」
「歴史ってみーたんの得意教科じゃん!」
「うん。俺もこの世界の歴史を学べるのが楽しいから、ついレアエル殿下と一緒になって楽しく学ばせてもらってるんだよね」
「そうか、歴史に興味を……では、魔法地図の贈り物とかはいかがでしょうか」
「魔法地図?」
「はい。この大陸の地図なんですが、地図上には雲が広がっていたりその土地の動物や鳥が動いている様子が見れたり、人々がどういう生活をしているのか見ることができます。もちろん、今現在の情報ではなく少し前のものになりますが」
「そんな面白そうなものが……!? レアエル殿下も喜ぶと思います」
「では、今度離れに持って行かせます!」
レアエルへの贈り物を思いついたレインは顔を輝かせて喜んでいた。そんな様子を見ると、本当にレアエルのことを心配していて何か力になりたいと考えているのだなと深侑は感じ、王太子としてではなく兄としてレアエルと向き合いたいと思っているレインの姿勢は好印象だった。
今は心を閉ざしているかもしれないけれど、レアエルも本音でぶつかり合ってみたらきっと二人は仲のいい兄弟になれるはずなのに。ただ、大人から見たらそう思えても、子供の心や傷は大人よりも複雑なものだ。割り切れない感情もあるし、そうなってしまうのも分かる。
この件に関しても深侑やエヴァルトがきちんと導いてあげなければいけないなと、心に誓った。
「僭越ながら、殿下。贈り物の地図は包みがない状態でお渡ししたほうがよろしいかと」
「なぜ?」
「レアエル殿下は警戒心がお強いので、中身が分からないものは受け取らないかもしれません。魔法地図だと分かればきっと飛びつきます」
「確かに、小公爵様の言う通りかもしれません。レアエル殿下は興味があることには見て見ぬフリができない性格のようですから」
「なるほど……」
「あたしは可愛いラッピングされたたほうがテンション上がるけどなぁ。ま、親戚の人でも近づくなーって言われるくらいだから難しいお年頃なんだねぇ」
「親戚? 親族、という意味ですか?」
「そーそー! やたらイケメンなおにーさんだったよ!」
「ちょ、矢永さん……!」
レアエルが大人化した『ラヴァ』の口止めを忘れていたことに深侑は焦った。あまり関わりがなかったとは言え、レインはレアエルの家族なので親族関係のことも把握しているかもしれない。どう言い訳したらいいのかぐるぐる考え込んでいたら、エヴァルトが「レアエル殿下のお母上の遠い親族だそうです」と助け舟を出してくれた。
「そんな親族がいたのは初耳だな」
「私も驚きました。遠い親族だと言っても殿下と似ていたので本物かと」
「そうか……俺はレアについて知らないことばかりだな……」
どうやら、自分が知らなかっただけだと納得したらしい。深侑がほっと胸を撫で下ろすと、エヴァエルが口パクで「落ち着いてください」と言いながら苦笑している。眉を下げて笑う彼の顔に、ずきゅんっと胸を打たれてしまったのは言うまでもない。