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 エヴァルトの魔法で眠りについた深侑が目覚めると、見慣れた部屋でエヴァルトに抱きしめられていた。何があったのか忘れている都合のいい展開ではなく、深侑は自分自身がパニックに陥ったことを思い出して落ち込んだ。


「ん……せんせい……?」

「すみません、起こしてしまいましたか?」

「いえ……体調はいかがですか」

「今のところは……あの、レアエル殿下は……」

「ひどく落ち込んでいますが、聖女様が元気づけてくれているようです。レイン殿下も」

「そうですか……」


 実はあの日、エヴァルトの魔法で眠りについてから三日間深侑は目を覚さなかったのだ。さすがに魔法をかけたエヴァルトも心配していたし、三日間も眠ったままの深侑の身を案じたレアエルは魂が抜けてしまいそうなほど放心状態で、莉音とレインが必死に慰めている。


 そんな話をエヴァルトから聞いた深侑はレアエルのことが心配になり離れへ行こうとベッドから降りようとしたが、へろへろと床に座り込んでしまった。


「あれ、え?」

「三日間飲まず食わずでしたから、体力も落ちているんですよ。今は夜中ですし、殿下も眠ってらっしゃる時間です……朝になるまで辛抱してください」


 床に座り込んでしまった深侑の体をエヴァルトは抱き上げ、もう一度ベッドへ連れ戻す。ベッドの脇に置いていた水差しの中身をグラスに移し替え、エヴァルトの腕の中にいる深侑に差し出した。


「ご迷惑をおかけしてすみません、小公爵様……」

「迷惑ではないですよ。心配はしましたけど」


 水を飲む深侑の頭を撫でながら額にキスをしてくれるエヴァルトの優しい熱にじわりと視界が滲む。彼から触れられるのはこんなにも気持ちよくて安心するのに、いまだにあの時のことを思い出してしまう自分に嫌気がさす。


 こんなことではエヴァルトから嫌われてしまうと深侑がぐるぐる考え込んでいると指先で顎を掬われ、エヴァルトの甘い唇が降ってきた。


「あまり一人で思い詰めないでください、先生。私が側にいますから」


 ――本当は、小公爵様からそんなことを言ってもらえるほど、綺麗な人間ではないのだ。


 上手く言葉にできなくて唇を噛み締める深侑を優しく包み込んでくれるエヴァルトの胸を、深侑はぐぐぐっと腕で押した。


「俺は、小公爵様からこんなに優しくしてもらえる人間ではないんです……っ」

「先生……」

「合意したわけではないですが、複数の男性と“そういう”経験があります……」

「ミユ」

「小公爵様に触っていただけるほど綺麗な体ではなく、て……!」

「落ち着いてください、ミユ」


 また過去のことを思い出して荒い呼吸を繰り返している深侑の背中をエヴァルトは撫で、その心の内側では怒りの炎が燃えていた。この世界では到底生きていけないような細い体をした深侑が、複数の男に合意ではない性行為をしたというのは、いくらなんでも深侑のほうが被害者だと一目で分かる。


 エヴァルトはレアエルから何があったのかを聞いていたので、過去のそういう出来事がフラッシュバックして深侑がパニックに陥ったと理解した。エヴァルトの腕の中で青ざめている深侑を見れば見るほど『複数の男』への殺意がふつふつと湧き上がってきた。


 深侑はエヴァルトがそんな殺意を抱いているとはつゆ知らず『エヴァルトに嫌われたくない』のだと泣いていると、ぎゅうっと強く抱きしめられた。


「……まず、私は先生の体が目的なわけではありません」

「え……?」

「体が目的ならとっくに手を出してます。それこそ、既成事実を作ったほうが早いので、マスターの話を持ちかけた時に襲ってたでしょうね。でもそれをしていないのは、あなたのことを本当に大切に思っているからです」


 とくんとくん、服越しでもエヴァルトの心臓の音が伝わってくる。早くもなく遅くもない鼓動を感じて、まるで子守唄のように深侑は安心した。


「もちろん、したくないと言えば嘘になります。先生は魅力的で、そそられるので……性行為は愛情表現の一種ですし、想いが通じ合っている人同士のコミュニケーションでありスキンシップですから。でもこういうのは片方がそう思っていても駄目なんです。……二人が、したいと思う時にするものです」

「小公爵様……」

「どんな過去があれど、私は先生を愛してます。先生だってこんな私を……愛してくれているから」


 こつんっとエヴァルトの額がまた押し付けられ、深侑は上目遣いに彼を見つめた。このダークグリーンの瞳に見つめられると心臓が溶けてしまいそうだし、触れてくれる指を愛おしいと思う。この人のことは怖くないのだと深侑は分かっているから、エヴァルトの側が心地いいのだろう。


「あなたに愛されていると思うのは、自惚れですか?」

「いえ……自惚れなんかじゃなく、事実です」

「それはよかった。ちゃんと両想いなんですね」


 安心したように笑うエヴァルトの唇に、深侑は小さく口付けた。深侑からされると思っていなかったのかエヴァルトは驚いていて、そんな顔が可愛かったのでもう一度口付けると、今度はエヴァルトの大きな舌が侵入してくる。


 彼から与えられる熱はこんなにも愛おしく、深侑の中で溶けて愛になっていくのが分かり、またじわりと涙が溜まった。




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