「こりゃ、どうにもならないですねぇ。早めに元に戻ることを祈るしかないか」
「聖女様が結界を張り直すと聞いたんですが、そのための遠征などは近々予定されているんですか?」
「まぁ、いつ出てもおかしくはないかと……ただ、まぁ、最悪エヴァルトがいなくても何とかなるとは思いますが……」
「くぅん……」
ガラドアに公爵邸へ来てもらい話を聞くと、今のところいつ出動するかは分からないらしい。エヴァルトにしかできない仕事もあるようだが、それはガラドアが代わりに進めてくれると言ってくれたのでひとまずは安心した。
「とりあえず、いつ戻るか分からないので今日はミユセンセーとべったりくっついててくださいな」
「べ、べったりって……」
「多分こっちは若干下心あると思いますよ。スケべな顔してますから」
「キャンッ!!」
「ちょ、噛みつくの禁止!」
エヴァルトとガラドアは幼馴染らしく、兄弟のようなやり取りに深侑は少しだけ和んだ。エヴァルトに触れても元に戻らないことや、メリルの言葉は考えないようにしても多少なりともダメージになっている。
メリルには強気なことを言ったが、深侑の内心は不安でいっぱいだった。
「わう……?」
ガラドアが帰ったあと、難しい顔をしている深侑の顔をエヴァルトがぺろりと舐める。その顔は言葉が話せなくても心配しているのが伝わって、深侑はぎゅっとエヴァルトを抱きしめた。
「なんでもありません。レアエル殿下のところに一緒に行ってくれますか?」
「わん!」
深侑とエヴァルトが離れに行くと、レアエルの部屋から賑やかな声が聞こえていた。
「おい、リオン! なんでこいつも一緒に連れてきたんだ!」
「だって、行きたいって言われたんだもん。人数は多いほうが楽しいでしょ?」
「レアがえらく勉強を頑張っているから、俺もミユ先生の授業を受けてみたくなったんだ」
「だからって! はぁぁ、もう……」
今日は莉音の声だけではなく、レインもいるらしい。レインの側近や護衛が部屋の前に待機していたので、深侑はぺこりと頭を下げてレアエルの部屋に入った。
「今日は人数が多くて賑やかですね、レアエル殿下。レイン殿下、矢永さん、ごきげんよう」
「急に押しかけてすまってすまない、先生。飛び込みでも大丈夫だろうか?」
「俺は大丈夫ですよ。人数が多いほうがレアエル殿下も楽しそうですし」
「楽しくない! 悩みの種が増えるだけだ……って、その犬、エヴァルトの愛犬だったか? どうしたんだ」
「そうでした、すみません。皆さんにご紹介しますね……小公爵様の愛犬のアルトです。諸事情があって今日は俺が預かりました。一緒にいさせてもらってもよろしいでしょうか」
「まぁ……喋らないだけこいつらよりはマシか……」
渋々と言ったようにため息をつくレアエルと、アルトを見てはしゃいでいる莉音とレイン。出会った頃のレアエルなら「お前たちなんて顔も見たくない、出ていけ!」と一喝していただろうが、今はこの賑やかさが彼にとっても良い影響をもたらしている。
レインとの会話はまだぎこちなさを感じるが、それでも同じ空間に長い時間一緒にいられるようになったのは大きな進歩だろう。
「それで、今日はなんの授業を?」
「先日、レアエル殿下と矢永さんと“女神様”の話をして気になったので、今日はアルテン王国や他国の女神や神様について授業をしていけたらと思います」
なぜかエヴァルトまでレアエルたちと同じようにピンッと姿勢を正して深侑を見つめている。元に戻れない状況だというのに、意外と適応能力が高いエヴァルトにくすりと笑みが溢れた。
「間違っていたら訂正をお願いしたいのですが、この大陸には大きく分けて4つの神様がそれぞれの国にいらっしゃるようですね。アルテン王国には愛と想像の女神、リエーネ様がいらっしゃると」
「先生。実は面白い諸説がありまして……」
「なんですか? レイン殿下」
「リエーネ様はその昔、女神ではなかったと言われています」
「レイモンド公爵家に保管されていた文献にも同じようなことが書かれていました。女神と名乗るようになったのはここ数百年での出来事だと」
「それってどういうコト? 本当は女神じゃないってコト??」
「女神という言葉はその名の通り、女性として表象された神様のことを表す言葉です」
「つまり、元々は女性の姿をした神様ではなかった、という説があるんだ」
「なにそれ、おもしろーい!」
「では、男性の姿をしていた可能性もあると?」
「神様に正確な性別の概念があるのかは分かりませんが、そういう可能性も考えられますね」
文献にもきちんと明記されているわけではないが、ある年を境に表記が『女神』に変わっていたのだ。何かをきっかけに『女神』という概念がこの国に言葉として存在し始めたのか、はたまた研究をしていった末にリエーネが『女神』だと分かったのかは定かではない。だから諸説だと言われているのだ。
「……で、その女神様がどこにいるか、ここに集まってる人なら誰か一人くらい知ってるよね?」
深侑の後ろから聞こえてきた第三者の声が誰のものか確認する前に、深侑の首筋に冷たい切先が突きつけられた。