その日の夜、深侑はエヴァルトの部屋を訪ねていた。
「今日はお疲れ様でした、先生」
「いえ……小公爵様もお疲れ様でした。レイン殿下とレアエル殿下が和解してくださって安心しましたね」
「ですね。本当に……これでやっと肩の荷が降りましたよ」
ベッドに腰掛けて肩に手を当て、へらりと笑うエヴァルト。彼の首元には金色に輝くネックレスが存在感を放っていて、深侑は無意識に自分のブレスレットを撫でた。
「……そういえば、アルトになってしまう呪いはどうなったんですか?」
「ああ、実は……私が呪いを解く方法を忘れていただけだったようです」
「え? 忘れてた?」
「いやぁ……犬になったのがあまりにも衝撃的すぎて、リエーネ様の話をちゃんと聞いていなかったらしくて。どうやら、性別も見た目も関係なく愛してくれる者が現れたら解ける呪いだったそうです。それで、アルトの姿から戻れなくなっていたのはメリルの力のせいだと」
「そうだったんですか……!」
「リエーネ様があの部屋に現れる前、私の意識下の中で話をしました。本当の愛を見つけたのならと言って、あの時呪いを解除してくださったんです」
アルトの姿のまま戻らなくなり、一時はどうなることかと肝を冷やしたものだ。あの絶体絶命の状況の中でリエーネが呪いを解いてくれたから、いつの間にかエヴァルトの姿に戻っていたらしい。
「本来は、呪いはほとんど消えかけていたそうです」
「それって……」
「先生が私を愛してくれたから……だと思っているんですが、どうでしょう?」
深侑の体はいとも簡単にエヴァルトの膝にひょいっと乗せられ、こつんっと額を押し付けられる。ダークグリーンの瞳には期待の色が浮かんでいて、素直になるのは癪だが言い返せもせず深侑は言葉を詰まらせた。
「俺が愛してると言ったら、本当にずっと一緒にいてくれますか?」
「もちろんです。先生が望むなら、ずっと……一生、側にいたいです」
ぎゅっと抱きしめるエヴァルトは深侑の胸元に顔を埋め、そんな彼を愛おしいと感じた深侑はゆっくりと頭を撫でる。エヴァルトに触れると暖かい気持ちになって、エヴァルトから触れられると心地よい。
この感情を、人はきっと『愛』と呼ぶのだろう。
「俺は男です。公爵家の存続に必要な世継ぎは産めません」
「分かっています。それを承知でも、私は先生がいいんです」
「それで、本当に後悔しないですか?」
「あなたを手放したほうが、後悔する」
ぼふり、柔らかいベッドに深侑の体は押し倒される。深侑の顔の横に手をついているエヴァルトに向かって腕を伸ばし、彼の滑らかな頬を撫でた。
「最初は、笑顔が胡散臭い人だなぁと思っていました」
「……ふふ。私は先生を威勢の良い子猫だなと思いましたよ。こんなに細いのに、必死で聖女様を守る姿がとても健気で」
「んっ」
ガウンの上から胸元を撫でられ、下腹部をぐっと押されると甘い声が深侑の口から漏れる。エヴァルトとの行為には嫌悪感を抱くことなく、むしろもっと触って欲しいとさえ深侑は思うようになった。
「いつの間に、俺は小公爵様のことを、こんなに愛おしく思うようになったんですかね」
深侑の言葉にエヴァルトの瞳が煌めく。瞬間、深侑の体は太い腕に力強く抱きしめられていて、呼吸が苦しくなるほどだった。
深侑も負けじと抱きしめ返し「愛してるんです、エヴァルト様……あなたのための体をめちゃくちゃにして、エヴァルト様のものだって印を残してください」と耳元で囁く。するとエヴァルトの体が離れていって、深侑の体を押し倒したままの彼の瞳が違う意味でギラリと輝いていた。
「……煽ったのは先生のほうですよ」
「はい、分かってます」
「怖いと言って泣いても、やめてやれる自信がありません」
「泣いてもやめないで」
「……嫌いにならないと約束を」
「怖がりさんですね、エヴァルト様」
エヴァルトの首に腕を回して引き寄せた深侑は唇を重ね、ぺろりと舐める。エヴァルトが驚きに目を丸くしている顔を見た深侑は満足そうに微笑んだ。
「嫌いになりませんから、早く……」
深侑が呟くと、ぎしりとベッドが軋んだ。