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第4話 ちょっとしゃべりすぎた?

メッセージを送った瞬間、藤原理奈はすぐに後悔した。

これ、ちょっとしつこすぎたかな?


藤原司が「まあまあ」と返してくれたけど、その「まあまあ」にどれだけの余裕があるのか、正直よく分からない。

せっかく仲良くしようと決めたばかりなのに、いきなりおしゃべり全開で引かれたりしないだろうか?

冷たい態度もつらいけど、逆に押し付けがましいのも、相手を疲れさせてしまう。


スマホの画面を見つめながら、理奈は珍しく自分を反省した。


一方、街の反対側――

藤原財閥の冷えきった会議室では、空気が重く張り詰めていた。

不動産部の責任者が報告を終え、静かに手を下ろして指示を待っている。


主役の席に座る司は、鋭い目元でスマホ画面を見つめ、珍しく沈黙していた。

変な顔文字がついた緑色の吹き出しが、まるで精密機械に紛れ込んだ異物のようで、どう返していいのか一瞬迷ってしまう。


しばらくして、彼は画面に短く打ち込んだ。


【藤原:今日、残業。】


その通知が表示された瞬間、理奈の目から一瞬光が消える。

やっぱり断られたか。

でも、そんな落ち込みもすぐに吹き飛んだ。肩をすくめて、すぐに気持ちを切り替える。


まあ、司なんだから、簡単に誘いに乗るわけないよね。

そもそも、ご飯に誘うのが目的じゃなくて、「藤原理奈は明るくて付き合いやすい人」という印象を司に持ってもらうことが大事だったのだ。


それができれば十分。

食事なんて、どうせなら同僚と行く方が楽しいし、食後に買い物だってできる。完璧!


さっきの自分の「押しの強さ」を反省した理奈は、ここでやりとりを終わらせることにした。

もう返信はしない。


自分って、なんて気が利くんだろう――「氷の人」こと司に、これ以上気を遣わせるわけにはいかない。


……


司は静まり返ったLINEのトーク画面をしばらく見つめていたが、何も返ってこない。

目を伏せて、スマホの画面をスライドし、電源を切る。


そして、隣に控えていた社長秘書の伊藤に軽く顎で合図を送った。


伊藤は長年司に仕えてきたため、ささいな表情の変化もすぐに読み取れる。

今の合図は「会議は終わり」の意味だ。


社員たちは安堵の空気をまとい、静かに退室していった。

伊藤も司の後について専用エレベーターへ。


狭い空間の中で、伊藤は司が再びスマホのロックを外し、画面に目をやるのを見逃さなかった。

司はすぐに無表情でスマホをポケットに戻すが、ほんの一瞬だけ眉間に小さな皺が寄った。


この極めて稀な表情は、完璧に見える男が意外な展開に戸惑った時にだけ見せる、わずかな苛立ちだった。


伊藤はすぐに気を引き締め、エレベーターの外に広がる明るい廊下に目を走らせた。

何か異変でもあったのか?


その時、ふいに甘ったるい香水の匂いが鼻をつく。


司は強い香りを嫌うため、社長室や車内では一切のフレグランスが禁止されている。誰がこんな非常識なことを?


伊藤は匂いの元を探し、厳しい表情で目を向ける。

秘書課の入り口には、化粧の濃い女性社員が司の背中を見つめていたが、伊藤の冷たい視線に気づいて慌てて目を伏せた。


香取美姫だった。


――


夕方、伊藤は秘書課に足を踏み入れる。

一通り見回してから、落ち着いたが圧のある声で言った。


「社長室がこのフロアにあるのは、業務効率化のためです。無駄な詮索は控えてください。各自、与えられた仕事に集中するように。」


少し間を置き、さらに視線を角の席に流しながら続ける。


「それから、改めて言いますが、オフィス内で強い香水の使用は禁止です。司は苦手なので。」


社員たちの視線が自然と香取美姫に集まる。

香取は顔を真っ赤にして、うつむいた。


――


一方、放送局では、理奈が同僚たちに声をかけてみたが、週末の夜はみんな予定があるらしい。

がっかりすることもなく、仕事終わりに一人でずっと気になっていた焼肉店へ向かう。


賑やかな雰囲気も好きだけど、一人の時間も悪くない。

ADの仕事柄、一人で食事を済ませるのも慣れっこだ。


店は活気にあふれ、煙と笑い声でいっぱい。理奈は隅のテーブルに腰を下ろした。

その時、隣の席から少し甲高い女性の声が響く。


「えっ、藤原理奈じゃない?一人で焼肉なんて珍しいわね!」


理奈は思わず肩をすくめた。

顔を上げると、やっぱり白鳥杏樹だった。


彼女は中年男性の腕にしなだれかかり、満面の笑みで近づいてくる。

男性は頭頂部が薄く、いわゆる「バーコード」の気配。


やばい――

理奈が一番面倒に思っている遠縁の従姉だ。


家も近く、杏樹はよく理奈の実家にご飯を食べに来ては「家族の交流よ」と言い訳している。

理奈は両親に、杏樹の前では自分の結婚話を絶対に出さないよう念を押してあるが、当の本人はそんなこと知らず。


「まあ、偶然!さあ、こっちに座りなさいよ!」


杏樹は理奈の返事も待たず、彼氏と一緒に向かいにどっかりと座る。

理奈は思わずため息を飲み込み、我慢して席についた。


二人はすっかり自分たちの世界でメニューを選び、理奈の存在など気にも留めていない。

杏樹のしつこさはよく知っているので、理奈はさっさと食事を済ませて帰るつもりだった。


店員が炭火と食材を運んでくる。

杏樹は注文を終えると、理奈の横に置かれた古いキャンバス地のショルダーバッグを見て、わざと大きな声で言う。


「えっ、それ大学の時のバッグじゃない?まだ新しいの買ってないの?」


そして、自慢げに自分の真新しいチェーンバッグを見せびらかす。


「これ、見て!イッセイミヤケの新作よ。彼がイタリア旅行で買ってくれたの。最初は断ったんだけど、年収一千万円もあるから、どうしてもって!」


杏樹は彼氏にウインクし、今度は理奈に向き直る。


「そういえば、理奈はまだ海外行ったことなかったよね?一度は行ってみなきゃ、世界が広がるわよ。」


理奈は無表情で、焼き上がった肉を口に運ぶ。


杏樹の自慢話は止まらない。

彼氏に甘えて、「もう食べられないわ、最近あなたに甘やかされて太っちゃったんだから!ちょっとずつ食べるね」と可愛く言う。


そして、また理奈の方に目を向けて、わざとらしく羨ましそうに言った。


「やっぱり理奈っていいわよね。ずっと食べても太らないし、独り身だから体型も気にしなくていいし。」


理奈は内心うんざりしながら、あやうく肉を喉につまらせそうになる。

慌てて咀嚼し、「私は太らない体質だから」とだけ曖昧に返す。


食事中、杏樹の話題は「年収一千万円のダーリン」の仕事ぶりと自分への愛情ばかり。

理奈は黙々と食べながら、心の中ではツッコミが止まらない。


よくその顔で「ダーリン」なんて呼べるな、とか、

一口食べるごとに手や指輪を見せびらかすその「上品」な仕草に呆れるばかり。


ようやく最後の野菜を焼き終えた頃、杏樹は彼氏を軽くつついた。


「ねえ、会計お願い。理奈は放送局でADやってて、残業続きで給料も安いし、今日は私たちがご馳走するわ。」


「結構です。」


理奈は即座にきっぱりと言った。

杏樹に借りを作るなんて、後々まで親戚中に言われるのがオチだ。


理奈は頭の中でざっと計算し、LINE Payで会計の三分の一を送金。コメントには「割り勘」とだけ添えた。


その間、焼肉店の通路の向こう側で、一人の若い男性がずっと理奈を見つめていた。


支払いを済ませ、理奈は振り返ることもなく焼肉店を出た。

扉が閉まる。


若い男性はようやく視線を外す。


「藤原逸、何見てんだ?」


連れが声をかける。


逸はめんどくさそうに眉を上げて答えた。


「別に。知り合いを見かけただけ。」


「誰?」


「兄貴の嫁だよ。あんまり親しくないけど。」

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