「-…ふう」
「…いや、本当に凄かったです」
「どういたしまして。
…さて、肝心ね『テスト』の結果ですが十分合格ラインは越えていますわ」
「ありがとうございます」
「…ときに、若様は将来の進路をどの程度考えておいでですか?」
「…はい?」
魔法のテストも無事に合格出来ると、何故か女史はそんな事を聞いてきた。…正直、考えた事もなかった。
何せ、第二王女のお眼鏡にかなわなければ破滅の未来が訪れるのだ。だから、鍛練中はただ強くなる事しか考えていなかった。
「…私は-」
「-待たれよっ!」
「…っ」
すると、テラスから隊長殿が叫びドカドカとこちらにやって来る。…それを見た女史は、少し面倒そうな顔をした。
「…ロエイド魔導士。『抜け駆け』とは感心しませんな?」
「はて、何の事やら?」
そして、隊長殿は目を細めて女史を見るが女史は涼しい顔で首を傾げた。…ああ、要するに二人は『勧誘』をしたいのか。
「…全く、油断も隙もないな。
-では、ブルーノよ。これを受け取るのだ」
「っ!」
隊長殿はやれやれといった様子から真剣な顔になり、持っていたケースを渡して来た。…そのケースは、明らかに練習用の物より高級感が溢れていた。
「…人の事を、言えないではないですか」
「おや?女史は、『勧誘』はしていないのではなかったかな?」
「…っ。…ああ、もうっ!」
そう言われて、女史は珍しく優雅さを乱しつつ後ろに控えていた部下の方を向いた。すると直ぐに部下は駆け寄り、女史に箱を渡す。
「…ありがとう。…見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ありません
-そのお詫びとして、是非こちらをお受け取り下さい」
「やはり、女史もその気があったのですな」
「…本当に、貴方はやりづらいですわね」
「…えっと、こちらは?」
こちらの質問に、女史は箱を開け中身を見せてくれる。…中には、洗練されたデザインの指輪が入っていた。
「…っ!これは、『エレメントリング』ではないですか」
-『エレメントリング』。
これは、原作において『ぶっ壊れ』と呼ばれるアイテムの一つだ。その効果は二つあり、一つは聖霊を召還しやすくなる事で早く魔法が撃てるようになる事。
だが、それだけなら他のエレメント系のアイテムにもある。…このアイテムの真価は、二つ目の効果だ。
それは、あしらわれた魔石の中に召還した聖霊をチャージしておける事。…これにより、次の魔法も早く撃てるのだ。
つまり、この指輪は高速かつ連続で魔法を撃てるようになるアイテムなのだ。…実際、これを手に入れてからほとんどの戦闘で苦戦する事はなくなった。
「流石、伯爵家の方ですね」
「…なにせ、第二王女殿下も愛用なされていますからね」
「…なるほど。…ちなみに、あれもワタクシがプレゼントさせていただきましたの」
「…やっぱり」
「…いやはや、とんでもない代物が出て来ましたな。
ですが、私の贈呈品も負けてはいませんぞ」
そう言って、隊長殿はケースを開ける。…当然中には、一本の槍が入っていた。
-しかし、その槍には『見覚え』があった。
「…マジックスピア」
「その通りっ!しかも、ただのマジックスピアでないっ!」
「…え?…ま、まさか-」
隊長殿の言葉を聞いて、俺は槍の柄を良く見てみた。…すると、予想通り槍の部分の近くに二つの魔石があった。
「…そうだ。これは、貴殿の父や兄が振るう槍と同じ、『ダブルストーン』タイプになる」
そして、隊長殿はダメ押しとばかりにこの槍の正体を告げる。…要するに、この槍はかなりレアな武器なのだ。
「…魔石の効果は、『貫通』と『自然修復』ですか?」
「ああっ!
-もし、兄と肩を並べて戦いと望むのならその槍で精進するのだっ!」
「あら、私の部隊にだって若様のお姉様が居るのですよ?
若様は、お姉様を守りたいですよね?」
「……」
すると、隊長殿は最後に勧誘してきた。当然女史も、違うアプローチをしてくる。…それを見て、俺は少し『不安』が消えた。
-もしかしたら、『計画』が上手くいくかもしれない。…だって、王国においてその名を知らない者はいないとされるこの二人が、まだ騎士学校に通っていない俺を本気で勧誘してくれているのだから。
「-…その、お二人の気持ちは本当に嬉しいです。…ですが、まだ未熟な身ゆえこの場での返事は控えさせていただきます。
ああ、勿論『無事に卒業』の認定が降りる頃までには返事をしますので」
「…っ!」
「…どうやら、少し急いてしまいましたわ」
しかし、俺は浮かれずに返事を先送りにして貰う。無論、『期限』も出しておく。…そう。もし無事に計画が成功すれば、次は将来の事を考えなくてはならない。
『-……っ』
そんな事を考えていると、いつの間にかテラスに来ていた両親や使用人達は、凄くほっとしていた。…そりゃ、この二人がモメてたら誰もがあたふたするだろう。
「…いかんな。私とした事が、周りの目を忘れるとは。
-伯爵家の方々、失礼した」
「…私も、大変失礼致しました」
「…あはは。…まあ、それだけ我が息子の将来に期待してくれているのでしょう」
「…親としては、嬉しい限りです」
指導役達が家の人達に謝ると、両親は少し苦笑いを浮かべながらフォローした。…そして父上も、こちらにやって来て封筒を渡して来る。
「…ブルーノ。お前宛に手紙が来ている」
「…っ!とうとう、来たのですね」
その封筒には、赤い封蝋が押されおり印は剣の形をしていた。…つまりこの手紙は、騎士学園から来た物だ。
「おおっ!」
「相変わらずの早さですね」
それを見た指導役は、懐かしいといった感じの反応をする。まあ、この二人も学園の出身だから当然だろう。
「それでは、早速書類を書いて参りますので一旦失礼致します」
「うむ」
「ブルーノ。終わったら、私が確認してあげますね」
「はい、母上-」
そして、俺は大人達に一礼してから早足で屋敷に入り自室を目指した。すると、部屋の方からお付きのメイドがやって来る。
「-あ、若様。『準備』は終わっておりますので直ぐにお持ち致しますね」
「ありがとう」
「いえ」
短いやり取りの後、メイドは深いお辞儀をしてペンの保管場所に向かう。なので、再び歩き出した。
「-…良し」
それからほどなくして、自室に入った俺は封筒を開き中の書類を出す。…いやはや、まさか俺自身が『これ』を書く日が来るとはな。
俺は空欄だらけの書類を見ながら、指導役達のように懐かしさを感じた。…実は、原作でもこの書類は登場するのだ。
まあ、当然殆どの欄ら原作主人公である第三王女のデータなのだが、なんと誕生日だけは自分で設定出来るようになっている。
-…そう。誕生日を設定しておくと、ルート確定した攻略対象がお祝いしてくれるのだ。
本当、ユーザーのツボをつくのが上手い。
『-若様。失礼致します』
「…っと。
-はい、どうぞ」
「失礼致します」
そんな事を思い出している内に、ドアからメイドの声が聞こえた。なので直ぐにそちらに向かい、ゆっくりとドアを開ける。
すると、ペン一式を持ったメイドが一礼の後部屋に入って来て、机の上にそっと一式を置いてくれた。
「ありがとう」
「恐縮です。
それでは、私は外で待機しておりますので何かあればお申し付け下さい」
「ああ」
そして、メイドは一礼をして素早く部屋を出て音を立てずにドアを閉めた。…さて、やりますか。
俺は直ぐに机の前に座り、書類へ必要な事を記入し始めるのだった-。