日が落ちて、いつの間にか月の輝く夜の空。私はベランダの窓を少しだけ開けて、プランターを眺めていた。当然視線の先にはアヤカがいるのだけれど、果たしてこの光景を外から見た時、他の人はどう思うだろうか?
「あっ!ドラゴンが居る!」
とはならないだろう。確かに私の世界にドラゴンはいない。アヤカの写真を撮ってSNSに載せたら話題になると思う。けれど、なんというか私としては「だからなんなの」が勝ってしまってそういう行動には移れなかった。
それに、アヤカ自身どうやら私に会いに来たらしいわけで。誰でもいいわけではない、キチンと選んでこのプランターへ舞い降りた。
で、私に見つかって、今こうして彼を知ろうとしているわけで。
今夜は少し風の冷たい静かな夜。私が住んでいる場所は閑静な住宅街という表現が適切なのだろうか。目の前に畑が有ったりする風景は都会の人からしたら田舎かもしれないけれど。
アヤカはというとじっとしたまま動かない。
それからしばらく黙って見ていたのであるが、なんというか飽きてきた。何も変化がおきない。そりゃ飽きる。それでもあくびをしながらアヤカを見つめていると、彼は話しかけてきた。
「今、取り込んでるんだけど・・・」
私が暇そうにしていて、気が付かないことに気を使ったのか、彼は若干申し訳なさそうにそう言った。というよりも私が思ったのは「こいつ、気を使うなんてことが出来たのか」ということの方が大きかったのだけれど。
「取り込んでんの?・・・食べてるってこと?」
「そうそう。美香の言うところの食べてるってやつ」
全然わからない。口も動かしていないし、さっきからじっとしているだけだし。それでも何かを食べているって言うことなのだろうか?
「何を取り込んでんの?それは」
私は分からなさ過ぎてついに直接彼に聞くことにした。
「というよりも美香も今ここに居るってことは取り込んでるはずだよ、僕と同じものを」
はい?同じものを取り込んでる?でも、食べている感じはしない。何かが満たされていくという感じも無い。それでも彼は私に「取り込んでる」と言うわけで。
さっきから感じているのは月の光とか少し冷たい風とか、静かな夜とかそういうのだけれど。・・・もしかして自然を取り込んでいるってことなのか?
それをアヤカに伝えると答えてくれた。
「そうだね、そういうのかもしれない。上手く言語化は出来ないけど」
「なるほどねぇ」
彼がそう言うのならば、そうなのだろう。私とは同じ世界に住んでいるけれど、違う世界に居るということはそう言うことなのかもしれない。
「僕は美香の部屋で本を読んだ。絵を見た時、例えば美しいっていう感情が生まれる。物語を読んだとき、面白いとか泣けるっていう感情が生まれる。その感情は確かに自分が生み出しているものだけれど、その絵や物語は見る直前まで自分の中には無かった」
「ということは何かを受け取ったってこと」
「まあ、それはそうだけども」
言語化できない感情ってやつ。それが溢れた時、笑うとか泣くとか別の表現方法が出てくるわけで。「この映画泣けるんだよね!」って紹介されるよりも、大げさに言えば映画のことを思い出して急に泣き始める人がいたら「ああ、本当なんだ」って思うし。
まあ、アヤカが取り込んでいる物は分からないけど、分かった気がしたので私としてはそれで満足。
すると私は次に思いついた。
「彼は大きくなるのだろうか?」
何かを取り込むということは生長?この場合は成長でいいのかな。そうなると体が大きくなるわけで。そうすると私の住んでいるアパートで大きさは足りるのだろうか?と思ってきた。
けれど、体が大きくなるわけでもない。消費する分だけ取り込んでいるのだろうか?
「僕は本来ならこのアパートを越えるまでに大きくなる」
私の心の中を読んだのか急にアヤカは言ってきた。
「そうなの?」
「うん。なにせほら、取り込む対象は沢山あるし」
「じゃあ、いずれかはこの部屋に居られなくなるってこと?」
「いや、そうはならない」
「どして?」
アヤカは私の方を向いた。
「僕が取り込んだもの。そのほとんどは美香に渡しているから」
また、冷たい風が吹いて来た。