二人は隅の席に腰を下ろした。
和樹の視線はテーブルクロスに向けたまま、向こう側の相手が口を開くのを待っていた。
凛子は彼の一挙手一投足を目に焼き付けるように見つめ、まるで彼がまた姿を消してしまうのではと恐れているかのようだった。
店員がコーヒーを運んできたあと、和樹は一口すすり、目を上げて彼女を見やると、平静とした口調で話した。
「今から何を話すんだ?」
凛子は、テーブルの下で無意識に手を握りしめ、必死に感情を抑えた。
「どうして別れたの?私、何か間違ったことをした?」
その問いに、和樹の目に一瞬だけ諦めの色がよぎる。
「好きじゃなくなったら別れる、普通じゃないか」
その答えに、凛子は胸を締め付けられ、動揺した。
「嘘よ!」
彼女の慌てぶりに、和樹は最初こそ驚いたが、すぐに以前、彼女がホラーハウス前で自信たっぷりに話していた様子を思い出し、可笑しくなった。
「俺は嘘なんてつかない。好きなら好き、嫌いなら嫌い。俺は自分の心に正直なんだ。君とは違ってな」
前半は彼女をさらに慌てさせ、後半の言葉には戸惑いが浮かんだ。
「私と違う……?」
今になっても、彼女は自分自身が見えていないのか。
その迷いの表情を見て、和樹はふと彼女が哀れに思えた。
彼はまっすぐに彼女を見つめ、淡々と語った。
「君は臆病者だよ。自分の気持ちに向き合えない。
拓真のことが好きなのに、告白する勇気もない。
俺を道具のように使って気持ちを断ち切ろうとして、
でも過去にしがみついて離れようとしない」
和樹の言葉が一つ一つ、凛子の胸を突き刺し、その顔から血の気が引いていった。
痛いところばかりを突かれた彼女は、彼の目を見ることすらできなかった。
だが和樹は、彼女が今何を思っているかなど気にもとめず、心の中に溜まっていた想いを吐き出した。
「君が俺のことを好きじゃないって、ずっと分かってた。
努力すれば、いつか君の心を動かせると思ってた。
でも、拓真が戻ってきたとき、悟ったんだ。
恋って、努力じゃどうにもならない。
好きじゃないものは、どう頑張っても変わらない。
一年だろうと三年だろうと、十年だって無駄なんだ。
もう疲れたんだ。
希望のない恋にしがみついて生きていくなんて、もう無理だよ。
だから別れた」
「俺があまりにも一生懸命だったから、君は俺が君を手放せないと思い込んでたんだろ。
でも、実際に捨てられたことが受け入れられないだけじゃないのか? そうやって熱烈に想ってくれてた相手に別れを告げられるのが、ただ悔しいだけ」
「君が追いかけてきたのも、衝動だよ。
冷静になれば分かるはずだ。
別れた方が、俺にも君にも、拓真にも、一番いい。
元彼に時間を割くくらいなら、一か八かで拓真に想いを伝えた方がいい。
人は前を向いて生きなきゃ、そうだろ?」
その告白を聞いた凛子は、その場に呆然と立ち尽くした。
この恋愛の中で、彼女は一度も和樹の気持ちを気にかけたことはなかった。
ましてや、未来のことなど考えたこともなかった。
彼女の世界は、すべてが成り行き任せで、現実に流されるまま、何も自らの意志で選び取ろうとしなかった。
拓真に対しても、友達のままでいることを当然のように受け入れていた。
ただ一つだけ、彼女は和樹との別れだけは、どうしても受け入れられなかった。
彼がこれほどまでに明確にすべてを言葉にした今も、彼女はなお、手放したくなかった。
それは未練なのか、それとも愛なのか――彼女には、分からなかった。